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13【再会⑬】
しおりを挟む五月の空って、こんなに青かったっけ?
つい最近桜が咲いたと思ったら、もう綺麗に葉桜に衣替え済みだ。木々は鮮やかな緑の衣を纏って、すでに夏に備えている。心地よい風に吹かれながら、私はボンヤリとその景色に視線を巡らせた。
「うふふ。たまには、こういうのも良いでしょう、センパイ!」
「本当、二日酔いの頭には、ちょうどいいわね」
「でしょ、でしょ?」
美加ちゃんからの電話は、ピクニックのお誘いだった。
県内にある大きな自然公園は、土曜日ということもあって家族連れやカップルで賑わっていた。私たちが陣取っているのは、公園の高台にあるいわゆる『ランチ・スポット』の一角で、丸太作りのテーブルとベンチには、日よけの白いパラソルが付いていて、爽やかな風にはためいている。
テーブルの上には、所狭しと並べられている、美加ちゃんお手製のお弁当。二日酔いで、イマイチ食欲のない私でも、『美味しそう』と思える腕前だ。
「でも、私なんか誘って良かったの? 彼氏とデートだったんじゃなかったっけ?」
昨日、たんまりノロケられたんだけど、どうしたんだろう。
「良いんです、あんなヤツ!」
美加ちゃんはむうっと眉根を寄せて、綺麗にくるっと足が巻いたたこウインナーを、まるで親の敵を見るような表情で一睨みしてぱくっと頬張った。
これは、ドタキャンされたな……。
それで、私にお鉢が回ってきたのか。
「あ、これ、美味しい! 普通のゴマ和えとちょっと違うね? 何か隠し味が入っているの?」
ホウレンソウのゴマ和えを口に含んだ私は、微かに感じる不思議な風味に、首を傾げた。
「あ、分かりました? 実はこれ、ゴマとピーナッツペーストを混ぜてあるんですよ」
「へぇ……。今度、真似してやってみよう」
まあ、たまには女どうし、こうしてのんびり自然に囲まれてランチをするっていうのも良いかな。なんて、しみじみ思っている時だった。
「 真理、駆けだすと、また転ぶぞ!」
背後から響いてきた聞き覚えのある声に、私は、ビクリと身を強ばらせた。
悲しいほどに体に染みついた条件反射で、ドキドキと鼓動が跳ねた。
「あれ? 今の声、谷田部課長に似てませんでした?」
美加ちゃんも気付いたらしく、きょろきょろと周りに視線を巡らせている。
でも、私は動けない。
ある予感が胸を過ぎり、動けない。
金縛り状態で前方に固定された私の視線の先を、右から左へ、小さな人影がゆっくりと駆け抜けていく。
年の頃は、たぶん五、六歳くらい。パステルピンクのワンピースに赤いサイドポーチを肩から斜にかけた、とても可愛らしい女の子。
好奇心と希望に満ちあふれた黒目がちの大きな瞳と、ほんのりと上気したプクリと丸みを帯びた頬。彼女が動くたびに、ツインテールの髪がひょこひょこと上下して、その白い頬をサラサラと撫でる様は、まるで子ウサギのようだ。
その容姿に感じる、悲しいほどの既視感 。少女の面差しは『ある人』を思い起こさせ、私の鼓動はますます大きく跳ね回った。
まさか。そんな偶然、あるわけがない。
「あれぇ、谷田部課長じゃないですか? 課長、谷田部課長ーっ!」
素っ頓狂な美加ちゃんの声が、嫌な予感を現実に変えていく。
私は美加ちゃんがブンブンと手を振るその方向へ、ぎこちない動作で視線を向けた。距離にしてほんの七、八メートル。その人は、声の主を求めるように視線を巡らせ、私達を認めて足を止めた。
まるで吸い寄せられるように、真っ直ぐな黒い瞳と視線が交差した刹那。一瞬、その瞳に揺れたのは確かに『驚き』の色。
それを、私は見逃さなかった。
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