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第十三話 【最愛】特上の笑顔を。

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「もうすぐ、夏祭りだね」

 陽花が、病室の窓の外にゆっくりと視線を巡らせて、昔を懐かしむように言う。

 窓の外には、相変わらずの真夏の青空が広がり、もくもくとした入道雲は、お祭りの定番の綿菓子を連想させる。

 そう言えば、あの高三の夏以来、一度も見に行っていないな、神社のお祭り。

「そうだね。今年は、無理かもしれないけど、元気になったらまた一緒に行こうよ。伊藤君も誘って、私と、浩二とハルカと四人で。水風船を買って、リンゴ飴を買って……」

 あの甘酸っぱいリンゴ飴。今でも、昔と同じ味なんだろうか?

「リンゴ飴かぁ」

 陽花が、ポツリと呟く。

「うん?」
「ほら、高三の夏祭りのとき、あーちゃん、大きなリンゴ飴を食べてたでしょう?」
「うん……」

 そうだった。

 お店で、一番大きいリンゴ飴を買ったんだった。

 女の子達がみんな、ちっちゃサイズのリンゴ飴を可愛くなめているのに、私は特大サイズをハグハグ囓っていた。

 そんな可愛いアイテム、私には似合わないって。

 大きなサイズを豪快に囓るのがお似合いだって、そんな風に思ってた、あの頃は。

「あれ、とっても、美味しそうだったなぁ……」

 しみじみと。

 本当に食べたそうにハルカが言うので、思わず笑ってしまった。

「ふふふ。今度は、一緒に食べようよ。お店で一番大きいのを買ってさ。あれって、病み付きになるおいしさなのよねー」

 甘いリンゴ飴の世界へ、陽花を誘惑していたら、浩二が『うえぇ』という顔でチャチャを入れてきた。

「よく、あんな甘ったるいものが食べられるよな。俺には、ただのリンゴの砂糖漬けにしか思えないぞ」

「アンタはいいの浩二。付録なんだから!」

「へいへい。付録は、黙りますよ」

 口の中を真っ赤に染めて、二人でハグハグ、大きいリンゴ飴を囓ろう。

 陽花は笑う。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 これ以上ないってくらいの、特上の笑顔で笑う。

「リンゴ飴の話をしてたら、なんだかリンゴジュースが飲みたくなっちゃった」

 えへへと、陽花は浩二に上目使いの視線を送った。その視線を受けて、条件反射みたいに、浩二が、すうっと立ち上がる。

 その表情は、ニコニコ笑顔。

「自販機のでいいのか?」

「うん。缶ジュースじゃなくて、紙パックのストロー付きのがいいな」
「はいよ」

 おお。陽花はすでに、浩二の操縦法を会得している!

 これは、後学のために、こっそりご教授願わなくては。

「亜弓は飲み物、何にする?」

「あ、いいいい。私が行くよ」

 浩二に右手を小さく振って、立ち上がる。

 ずっと私が病室に入り浸っているから、少しは二人だけにしてあげないとね。

「ちょうど、お母さんに電話をしなくちゃいけないから。浩二は、缶コーヒーでいいの?」
「ああ。ブラックな」
「了解」
「あーちゃん」

 財布入りのショルダーバックを掴んで、病室を出ようとした私の背中越しに、陽花が声をかけてきた。

「うん?」

 振り返り、首をかしげる私に、陽花はいつものはにかむような微笑みを向ける。

 真っ直ぐなライトブラウンの瞳には、ただ穏やかな光がたゆたっていた。

 その傍らには、陽花を愛おしげに見守る浩二の姿。

 ――幸せなんだよね、陽花。

 陽花は、浩二と出会えて、きっと幸せなんだよね。

 浩二と陽花の間に、どんな恋物語があったのか、私は知らない。

 だけど、浩二のあのやつれ具合から、その道が平坦なものじゃなかったことぐらいは、想像がつく。

 きっと、色々な葛藤や障害を乗り越えて、今の二人があるのだろうって、そう思う。

「他にも何か必要なものある? 売店にあるものなら、一緒に買ってくるけど?」
「ううん、大丈夫。……あーちゃん」
「うん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 私に向けられた、零れるような笑顔。

 そして、『ありがとう』の言葉。

 それが。

 私が、陽花と交わした、最後の言葉になった――。

 陽花の心臓は、すでに動いているのが不思議なくらいに弱っていて。

 もう、手術に耐えられるだけの体力も残されてはおらず、再び大きな発作に見舞われれば、ほとんど助かる見込みはないと、そう、言われていた。

 それでも。

 私も、浩二も、信じていたかった。

 それがどんなに低い確率でも。

 たとえ、自然の摂理に反しているとしても。

 奇蹟は再び起こると、起こるはずだと。

 そう、信じていたかった――。



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