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第十二話 【沈黙】愛は盲目。

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「ちょっ、ちょっと浩二。なんで、アンタが部屋の中に入ってるのよ!?」

 伊藤君に連絡を取ろうとしないばかりか、いけしゃあしゃあと、家族だけが入れる部屋の中に入っているとは、なんて図々しいヤツ!

 佐々木家の、面汚しめっ。恥を知れ、恥をっ!

 そういう気持ちを込めて、思いっきり睨み付けてやる。

 しばらくの沈黙の後。

「……家族予備軍だから」とバツが悪そうに、否、もの凄くバツが悪そうに、ボソリと浩二は呟いた。

「はぁ?」

 カゾクヨビグン?

 何じゃ、そりゃあ。

 学生時代、自称・文学少女だった私も、そんな単語知らないぞ?

 怪しげな単語を作るんじゃない!

 思いっきり疑惑の眼で尚も睨め付けていたら、隣でこのやり取りを見ていた直也が、助け船を出してくれた。

「亜弓。彼が言っているのはたぶん、家族になる予定の人間、つまり、婚約者だって言う意味じゃないのかな?」

 ……家族になる予定の人間?

 コンヤクシャ?

 婚約者って、

 婚約者ーっ!?

「はああああっ!?」

 言葉と言葉の意味が、脳内で合致した瞬間。私の口からは、超特大級大音量の「はあ!?」が飛び出し、病院の中を長く尾を引いて響き渡った。

 何それ?
 何それ!?
 何それっ!?

 浩二は、直也の助け船に、「まあ……、そう言うこと」と、ウンウン頷いた。

 なるほど。そうだったのかー。アハハハ。

 なんて、納得できるかっ!

「どう……いうことよ? 分かるように、説明してくれるんでしょうね」

 なんだか。脳裏を、とてつもなく嫌な予感が走って、私は低い声で呻くように呟いた。

「説明する」という浩二に連れられて、私と直也は、広いフロアの一角にある喫茶コーナーに足を運んだ。

 時間的にティータイムには中途半端なためか、利用者は一人もいない。大きめの窓から一望できる中庭には、強くなり始めた夏の日差しの下、常緑樹が風に吹かれて緑の枝を揺らしている。

 壁際に立ち並んだ、ジュース類の自動販売機の前に置かれている四人掛けの小振りの白いテーブルセット。その一番奥に私たち、私と直也は、浩二と向かい合うように二人並んで腰をかけた。

「席を外そうか?」

 いとこどうしの、家族会議的なニュアンスを感じたのか、直也が伺うように申し出た。

「いえ。篠原さん。あなたに、聞いて頂きたい話なんです」

 そう言って、直也を見つめる浩二の瞳には、決意の色が見える。

 直也に、聞いて欲しい話……?

 胸の中の、嫌な予感が大きく膨らんでいく。

「篠原さん。単刀直入に、言います」

 いつもより少し低いトーンの声音でそう言うと、浩二は、まっすぐ直也を見据えた。


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