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第八章 覚 醒 《Awakening》
125 異形の敵
しおりを挟む十数メートル先の、ちょうど林と広場の境界線上。そこに、まるで空間を引き裂いて出てきたかのように、複数の人間が不意に姿を現した。
声もなく、表情すら消して整然と近づいてくる異様なその人の群れを、晃一郎と二人、言葉もなく息を飲んで見つめる。
濃紺のブレザーと、グレーのスラックス。そしてエンジのネクタイ。見覚えのある制服姿の男子が五人。そして、その少し後ろを遅れて歩み寄ってくる、見覚えのありすぎるスレンダーな女子が一人。
柔らかな秋の日差しに照らされた健康そうな小麦色の肌と、風にそよぐ少し癖のあるセミロングの黒髪。彼女が歩くたびに、ひらひらと広がるグレーのプリーツスカートが、芝の上に陰影を刻む。
「玲子……ちゃん」
優花が呻くように名を呼ぶ声と、晃一郎が低く舌打ちする音が重なった。
あと十メートルと言うところでピタリと足を止めた玲子の赤みを帯びた口の端が、きゅっと笑みの形に弧を描くのを、優花はただ呆然と見つめた。
あれは玲子だが、玲子ではない。肉体は確かに玲子のものだが、その体を操っているのは、グリードだ。憑依能力を持つグリードとの戦いは、三年前の、凄惨な記憶を鮮やかに甦らせた。
今の状況は、あまりにも『あの時』と似ている。
優花の真の力が覚醒した、『あの時』と。
優花が『ゴッド・ハンド』と言う能力を受け入れる決断を欠いたために、あの時、パラレルワールドの玲子は、命を落とした――。
泣いても、叫んでも、喚いても、もう二度とは帰ってはこない、大切な人の命。
――また、繰り返すの?
あんな悲劇を。
あんな苦しみを、また味わうの?――
握りしめた手のひらに、冷たい汗が滲み出す。
逃げ出したい。
けれど、それだけは、絶対できない。
せめぎ合う葛藤を胸に抱き、ただ唇を噛みしめて、玲子から顔を背けないでいるのがせいいっぱいだ。
「クソったれがっ!」
晃一郎がが低く言い捨て、優花を背に庇うようにスッと一歩、足を進める。
「生徒の中に紛れているとは思ったが、よりにもよって村瀬を使うとはな……。グリードの専売特許が、悪辣と卑怯と愚劣だってのを、忘れてたぜ」
「あら、何のことかしら? アタシは、御堂に拉致られた優花が心配で、追いかけてきただけよ? だめじゃない、ちゃんと家の送り届けなくちゃ。仁王様にチクっちゃうわよ?」
クスクスと笑うその声も口調も、玲子のものには違いないのに、その瞳は暗黒に染まっている。黒い瞳の中央に、スッと弓なりの猫のような赤い虹彩が、禍々しい光を放つ。
異形だった。
その非現実感が、優花の背筋に薄氷を落とす。
「地道に電車とバスを乗り継いで追いかけてきたってか? 白々しい嘘は時間の無駄だ、さっさと大人しくその体から出る方が身のためだぞ」
低い声で唸るように言う晃一郎に、玲子は、外人めいた仕草で肩をすくめただけで、無視することにしたらしい。
そして、あくまで優花に鋭い視線を投げつけて、それでも口元は笑んだまま、ことさら丁寧な言葉で語りかける。
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