上 下
117 / 132
第八章 覚 醒 《Awakening》

117 まったりなランチ・タイム

しおりを挟む


「突っ立ってないで、いくぞ」

 ツン、と晃一郎に手を引かれて、機械的に歩き出す。

 ここでは、晃一郎も足を速めることはなく、優花はようやく自分のペースで歩くことができた。

 澄んだ青空の下、だいぶ秋めいてカラフルに色付き始めた広葉樹林の間を、くねくねと伸びている赤茶のレンガ敷きの歩道を、晃一郎に手を引かれてゆっくりと歩いて行く。

 ユラユラと風にそよぐ、道際に咲いている色とりどりのコスモス。

 秋の午後の日差しはとても穏やかで、優しくて。

 たまに、楽しそうに歩く幼い子供連れの家族とすれ違ったりすると、『ああ、平和だなぁ』とか、なごんだりして。 

 こんな訳の分からない状況でなければ、どんなにか良いのにって思う。

――それにしても、晃ちゃんは、どうしてここに私を連れて来たの?

 優花の手を引き少し前を歩く横顔からは、晃一郎が何を考えているのか、全然読み取れない。

「……」

――うーっ、嫌だ。我慢の限界だ。

 どうせ、これ以上に訳の分からない状況にはなるはずないんだから、聞いちゃえっ。

 よしっ、行けっ! と自分に気合を入れて優花は口を開いた。

「晃ちゃん!」

 でも。

 重い優柔不断の鎧を脱ぎ捨てて、思い切って口を開いたのに。

 ちょうど林と林の間にぽっかりと空いた芝植えの広場の真ん中で、晃一郎は足を止めて無造作に腰を下ろした。

 手を繋がれたままの優花は、その不意打ちの動きに付いていけずに『きゃっ』っと、小さな悲鳴を上げてステン! と尻もちをついてしまった。

 ファサッと、スカートがめくれあがり、むき出しになった太腿に一瞬硬直。

 ぎゃーっ!? っと、心で叫び、思わず持っていたカバンを放り出し晃一郎の手を振りほどき、めくれ上がったスカートを必死に抑え込んだ。

――み、見えたっ?

 チラリと視線を送ると、晃一郎はそのことには触れずに、若干含みのあるニコニコスマイルを浮かべて言った。

「景色も空気も良いし、腹も空いたから、ここで弁当にしようや」
「はあっ?」
「弁当。今朝、お前んちのおばあさんが、俺の分も持たせてくれただろう?」

 自分のカバンから、大きめの弁当箱を取り出し、かいた胡坐の上でイソイソと広げ始めた晃一郎を、呆然と見つめる。

――そ、そりゃあ、もう二時過ぎなんだから、お腹すいたけど、確かに、おばあちゃんは晃ちゃんの分もお弁当を作ってくれたけど、もしかして。

「まさか、ここまでお弁当を食べに来たってこと……ないよね?」

「まあ、それもあるけど。とにかく、食べとけよ。腹が減っては戦はできないってね。先人たちも言ってるしな」

――それもあるのか!

 これだけ人を、不安のどん底に陥れておいて、呑気に弁当を食べようなんてっ!

 と何か文句を言おうとしたとき、『ぎゅるるるるっ』と、隠しようがない大音量のお腹の虫がお鳴きになった。

「ほら、優花の腹の虫も、おばあちゃんの愛情弁当を食べたいってさ。んじゃ、ありがたくいただきまーす!」

 晃一郎が弁当箱の蓋を、パカンと開けた瞬間。ふわっと広がった、『おばあちゃん特製の甘い卵焼き』の、何とも言えない良い匂いが、お腹の虫を更に刺激する。

「ううっ……」

――悔しいけど、言い返せない自分が悲しい。

 こういう状況で、疑惑の相手とのんびりランチタイムと言うのも我ながらどうかと思うが、やっぱり空きっ腹には勝てず、別にお弁当には何の罪もないわけで。優花も自分の弁当箱をカバンから取り出し、膝の上に広げて両手を合わせる。

「いただきます」

 結局、傍目には仲の良いカップルよろしく、二人並んでまったりなランチ・タイムが始まった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

桜の華 ― *艶やかに舞う* ―

設樂理沙
ライト文芸
水野俊と滝谷桃は社内恋愛で結婚。順風満帆なふたりの結婚生活が 桃の学生時代の友人、淡井恵子の出現で脅かされることになる。 学生時代に恋人に手酷く振られるという経験をした恵子は、友だちの 幸せが妬ましく許せないのだった。恵子は分かっていなかった。 お天道様はちゃんと見てらっしゃる、ということを。人を不幸にして 自分だけが幸せになれるとでも? そう、そのような痛いことを 仕出かしていても、恵子は幸せになれると思っていたのだった。 異動でやってきた新井賢一に好意を持つ恵子……の気持ちは はたして―――彼に届くのだろうか? そしてそんな恵子の様子を密かに、見ている2つの目があった。 夫の俊の裏切りで激しく心を傷付けられた妻の桃が、 夫を許せる日は来るのだろうか? ――――――――――――――――――――――― 2024.6.1~2024.6.5 ぽわんとどんなstoryにしようか、イメージ(30000字くらい)。 執筆開始 2024.6.7~2024.10.5 78400字 番外編2つ ❦イラストは、AI生成画像自作

見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o)) 10万字未満の中編予定です。投稿数は、最初、多めですが次第に勢いを失っていくことでしょう…。

ファンタジーは突然に

皆木 亮
ライト文芸
飛び交う電波、萌え上がる劣情、 禁断のフェチ、そして日常の瓦解…… あなたも変人目指して、 この小説を読む事にチャレンジしてみませんか? 投稿小説「ファンタジーは突然に」、 ・・・・・・通称「ファン突」は、 妹に性欲をもてあます 『お兄ちゃん』や『お姉ちゃん』を募集中です☆ 該当する皆さんは、 どうか是非読んで行って下さいね☆ 内容としては、ロリ物の、健全(?)、電波系、恋愛/ラブコメ物になってます! 「怖くないよ~! みんな、おいで! おいで!」

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

妹は欲しがりさん!

よもぎ
ライト文芸
なんでも欲しがる妹は誰からでもなんでも欲しがって、しまいにはとうとう姉の婚約者さえも欲しがって横取りしてしまいましたとさ。から始まる姉目線でのお話。

舞葬のアラン

浅瀬あずき
ファンタジー
17歳の青年アランは死後冥界の神と契約し、千年後の世界に再生することとなる。それは、「やつ」とともに千年もの間封印されることになったルシアを救うためであった...。 目覚めた場所は森の中で、何と記憶を失っていた。アランは壮絶な過去によって冷酷で皮肉な性格が形成されるが、記憶を失ったことで本来の純粋さを取り戻すこととなる。しかし、心の奥底には記憶があった時の人格が眠っており…?! 自身の境遇や秘められた戦士としての力に戸惑いながらも、彼は様々な出会いを経験して成長し、記憶を探す旅に出ることを決意する。 謎に満ちた彼の素性は徐々に旅の中で明らかになっていく。彼は記憶を取り戻し、ルシアを救うことができるのだろうか。これは、1人の青年が運命に挑む物語ー。 伝統的な英雄譚や冒険活劇を現代の視点で”描く”、本格ダークファンタジー! ※只今書き直し中のため前後で繋がってないとこあります。 ※残酷描写もあるので、苦手な方はご注意を。

『Happiness 幸福というもの』 

設樂理沙
ライト文芸
息子の恋人との顔会わせをする段になった時「あんな~~~な女なんて 絶対家になんて上げないわよ!どこか他所の場所で充分でしょ!!」と言い放つ鬼畜母。 そんな親を持ってしまった息子に幸せは訪れるでしょうか? 最後のほうでほんのちょこっとですが、わたしの好きな仔猫や小さな子が出て来ます。 2つの小さな幸せを描いています。❀.(*´◡`*)❀. 追記: 一生懸命生きてる二人の女性が寂しさや悲しみを 抱えながらも、運命の男性との出会いで幸せに なってゆく・・物語です。  人の振れ合いや暖かさみたいなものを 感じていただければ幸いです。 注意 年の差婚、再婚されてる方、不快に思われる台詞が    ありますのでご注意ください。(ごめんなさい)    ちな、私も、こんな非道な発言をするような姑は    嫌いどす。 ・(旧) Puzzleの加筆修正版になります。(2016年4月上旬~掲載) 『Happiness 幸福というもの』  ❦ イラストはAI生成有償画像 OBAKERON様 ◇再掲載は2021.10.14~2021.12.22

処理中です...