106 / 132
第七章 記 憶 《Memory-5》
106 誘拐犯
しおりを挟む研究所で晃一郎とリュウが、現状把握と対策に頭を悩ませているそのころ。まさか自分が玲子に誘拐されたと思いもしない優花は、久々の、というより初めてのお出かけに心を躍らせていた。
雨に滲んだ車の窓越しに流れていく街並みは、優花が知っているものと似てはいるが、やはりどこかが違っている。思い込みかもしれないが、デザインがなんとなく近未来的な気がした。
「うわー。なんかすごい新鮮! 街の中ってこんなふうになってたんだ」
優花は、まるで幼い子供のように、キラキラと好奇心に満ちた瞳で過ぎていく街並みを目で追う。
「研究所ではほとんど地下に缶詰めだったし、リュウ君の家に引っ越してからも外に出てないもんねぇ。そりゃあ、新鮮だよね」
ハンドルを握る玲子は、苦笑を浮かべてウンウンと相槌をうつ。
人間、やっぱりたまには息抜きが必要だ。どんなに恵まれた環境にいても、長い潜伏生活はストレスがたまって、つまらないことをウジウジ考えてしまう。外に連れ出してくれた玲子には感謝しかない。
「玲子ちゃん、誘ってくれてありがとう。せっかくのお休みにごめんね……」
「何言ってんの、水くさいなぁ。アタシも優花とお出かけしたかったんだから、気にしないの」
ポチも同じ意見なのか、尻尾をパタパタと振って『ワンワン!』と合いの手を入れる。
「ほら、ポチも気にするなって言ってるよ」
そう言って玲子はカラカラと陽気な声を上げて笑う。その飾らなさが、優花にはありがたかった。
しみじみと友達のありがたみをかみしめていたその時、ウエストポーチに入れておいた優花の携帯端末のコール音が鳴り響いた。
何かあったときのためにと、リュウに持たされていたが、実際に着信したのは初めてだった。この番号を知っているのは、リュウと晃一郎、森崎夫妻、そして玲子の五人しかいない。
優花が慌てて携帯端末を取り出して着信者の名前を確認すれば、画面には『御堂晃一郎』と表示されていた。
――こんな時間に、どうしたんだろう?
「……誰から?」
いぶかし気な様子の玲子の問いかけに、優花は「あ、うん晃ちゃんから。なんだろう?」と答えて通話ボタンをタップする。
電話を耳に当てれば、大音量の晃一郎の声が耳朶を叩いた。
「お、出た出た! おーい、聞こえるかー!」
「そりゃ、電話だから出るよ! ってか、晃ちゃん声がでかいんだけど!?」
大音量の声に、耳がキーンと痛くなる。
「あ、悪い、こっちの音量設定が不調だから、そっちで小さくしてくれるか?」
「え? あ、うん」
優花は言われた通り、音声のボリュームを落として再び耳に当てる。
「……今、村瀬の車か?」
「え? うん、そうだけど?」
ボリュームを絞ったせいもあるが、やたらと低いトーンの晃一郎の声に優花は目を瞬かせる。
「ポチの首輪を今すぐ外せ」
「……え?」
「いいから何も言わずにポチの首輪を外すんだ。テレパシーでポチに情報を送る」
低いトーンの声で畳みかけられた優花は、さすがに何かが変だと感じ始めた。
とにかく、言われた通りにしようと、ポチの首輪を外そうと手をかけたとき、運転席の玲子が『チッ!』と低い舌打ちをした。
今までの和やかな雰囲気は一変して、まるで能面のような感情のない硬質の眼差しが向けられる。
――え? 玲子ちゃん?
「うっ……!?」
「グルルルッ!」
途端に、優花の全身は金縛りにあったように身動きできなくなった。膝の上のポチが同じように身をこわばらせて低く唸り声をあげている。こわばった優花の手から玲子が携帯端末をスルリと抜き取り、自分の耳に当ててニッコリと口の端を上げた。
「グリフォン。如月優花とケルベロスは預かった」
「……お前、村瀬じゃないな?」
『グリフォン』とは、晃一郎が政府の下で超能力者として行動するときのコードネームだ。玲子は、晃一郎のことをけっして『グリフォン』とは呼ばない。
それに、玲子にあるのはテレパシー能力。言葉ではなく思念で会話をする能力のみだ。相手の体の動きを封じるようなサイコキネシス能力は持っていない。だとすれば――。
「私は正真正銘、村瀬玲子だ。少なくともこの体はね」
クスクスと愉快そうに笑う玲子の声を、身動きできない優花は信じられない思いで聞いていた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中
人形の館〜隠された真実〜
しらゆき
ライト文芸
椎名はフリーで働くライターだ。
女性向けの雑誌記事を手がけるシーナと事件の隠された真実を暴く藍堂秦の二つの顔を使い分け、今日もまた新たな真実を暴き出す。
パソニフィ・コンフュージョン
沼蛙 ぽッチ & デブニ
ライト文芸
沼蛙 ぽッチ作。
◇擬人化女子高生、謎と混乱と青春の日々◇
(アルファ内限定コラボ☆創作仲間の青春B介さんにより一般漫画投稿されています。)
"擬人化"という現象で動物たちが人と変わらない姿に変わる世界。
独り気ままに高校生活を送る主人公は、何の動物の擬人化なのか"謎"の女子高生。
主人公の正体を暴きたいクラスメート、
ネコの擬人化ミトさんに、熱烈なファンの林さん。
彼女らに関わる事がきっかけで、教職員や先輩に保護者など、様々な人たちと交流が広がっていく。
彼らの想いや想像が交差し、劇変した主人公の日常生活。
そんな彼女が直面する、青春と混乱の物語の結末とは─
可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス
竹比古
ライト文芸
先生、ぼくたちは幸福だったのに、異常だったのですか?
周りの身勝手な人たちは、不幸そうなのに正常だったのですか?
世の人々から、可ではなく、不可というレッテルを貼られ、まるで鴉(カフカ)を見るように厭な顔をされる精神病患者たち。
USA帰りの青年精神科医と、その秘書が、総合病院の一角たる精神科病棟で、或いは行く先々で、ボーダーラインの向こう側にいる人々と出会う。
可ではなく、不可をつけられた人たちとどう向き合い、接するのか。
何か事情がありそうな少年秘書と、青年精神科医の一話読みきりシリーズ。
大雑把な春名と、小舅のような仁の前に現れる、今日の患者は……。
※以前、他サイトで掲載していたものです。
※一部、性描写(必要描写です)があります。苦手な方はお気を付けください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。
【完結】天使がくれた259日の時間
野々 さくら
ライト文芸
「あなたがお腹にいてくれた259日間。私達夫婦は幸せでした……」
十年の不妊治療の末、待望の第一子を授かった夫婦は、来年は三人でこの美しい空と桜を見れるだろうと期待に胸に膨らませていた。
胎児はすくすくと育ち、安産祈願、母親学級、ベビー用品の購入と夫婦は子供を迎える準備をし、生まれてきてくれるその時を待っていた。
……しかし夫婦は知らなかった。子供は身籠れば必ず無事に生まれて来てくれる訳ではない事を……。
出産直前の妊婦検診で医師より告げられたのは「胎児の心拍が止まっている」という残酷な現実だった。
この物語は一組の夫婦が我が子の死を二人で乗り越え、次の新たな生命の誕生を迎えるまでの夫婦の物語。
食いつなぎ探索者〜隠れてた【捕食】スキルが悪さして気付いたらエロスキルを獲得していたけど、純愛主義主の俺は抗います。
四季 訪
ファンタジー
【第一章完結】十年前に突如として現れたダンジョン。
そしてそれを生業とする探索者。
しかしダンジョンの魔物も探索者もギルドも全てがろくでもない!
失職を機に探索者へと転職した主人公、本堂幸隆がそんな気に食わない奴らをぶん殴って分からせる!
こいつ新人の癖にやたらと強いぞ!?
美人な相棒、男装麗人、オタクに優しいギャルにロリっ娘に○○っ娘!?
色々とでたらめな幸隆が、勇名も悪名も掻き立てて、悪意蔓延るダンジョンへと殴り込む!
え?食ったものが悪すぎて生えてきたのがエロスキル!?
純愛主義を掲げる幸隆は自分のエロスキルに抗いながら仲間と共にダンジョン深層を目指していく!
本堂 幸隆26歳。
純愛主義を引っ提げて渡る世間を鬼と行く。
エロスキルは1章後半になります。
日間ランキング掲載
週刊ランキング掲載
なろう、カクヨムにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる