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第四章 記 憶 《Memory-2》

54 失言

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 優花は、黙々と箸を進める晃一郎の様子を、隣の席から固唾かたずをのんで見守っていた。普段なら、からかうような言葉が弾丸のように飛んでくるのに、ひたすら無言なのだから、心配になってしまう。

――ま、不味いのかな?

 料理を教わった祖母の味は少し濃いめだから、自然と優花の味付けも濃いめになる。そう自覚しているが、やはり自分が美味しいと感じる味に仕上がってしまう。

 もしかしたら、口に合わないのかもしれない。

「あの、晃ちゃん、味はどう……かな?」

 心配げな優花の表情に、晃一郎は、ふっと、目元を緩ませる。

「美味いよ」
「――え?」

 拍子抜けするほど素直な言葉が返ってきて、優花は信じられないというように、目を瞬かせた。

「すっげぇ、美味い、って言ったんだ。たいしたもんだな、お前」

 なんだか、こうも素直に正面きって褒められると、かなり照れくさい。けれど、とてもうれしかった。

「えへへへ。よかったー。おかわり、たくさんあるから、いっぱい食べてね!」

 思ってもみなかった高評価に、優花は、ほっと胸をなでおろして自分も朝食を口に運ぶ。ぽくぽくと口の中でほぐれるジャガイモには味がよく染みていて、思わず頬の筋肉がニマニマと緩んでしまう。

――うん。美味しいー。

 元の世界にいたころ、朝食は、必ず家族全員で食べていた。

 共働きで勤め人の両親は残業で夕飯を一緒に取れないことも多かったが、それでも、祖父母が必ず一緒に食卓を囲んでくれていた。

 誰かと一緒に、おしゃべりをしながら食事をする。それが、どんなに心を満たしてくれるものなのか。こうして一人になってみて初めて、優花は、そのありがたみを肌で感じていた。

「見直したよ。料理の腕前だけなら、すぐにでも嫁にいけるぞー」
「あははは……。もらい手がいないからだめだよ」

――なにせ、彼氏いない歴イコール、年齢イコール、十五年だもん。

「そうなのか? んじゃ、売れ残ったら、俺がもらってやるよ」

 愉快そうに放たれた言葉に、優花の鼓動は、ドキンと大きく跳ね上がった。

 冗談だとわかっている。きっと、いつも取り巻いている女性たちにも言っている、挨拶がわりの、冗談。そうに違いない。でも、胸のドキドキがとまらない。

――うわーっ。顔が、熱いっ。

 これ、ぜったい、赤くなってるよ、顔!
 
 嬉しさと恥ずかしさで、いっぱいいっぱいになってしまった優花は、何か他の話題を振ろうと、せわしなく考えを巡らせた。

「彼女さんも、お料理上手だったの?」

 そして何も考えずに、世間話の延長の気軽さで思わず口をついて出た自分自身の言葉に、優花は、全身に冷水を浴びせかけられたかのように、凍りついた。

 恋人を目の前で亡くしたという人間に、それも、まだ一年しか経っていない人間に、気軽に質問していいような言葉ではない。

 後悔は先に立たず。いったん口から零れだしてしまった言葉は、元には戻せない。案の定。優花の質問に、晃一郎の箸がピタリと止まってしまう。

「……」

 落ちた沈黙が、痛かった。

――ばか、ばか、ばかっ!

 如月優花の、考えなしの、おっちょこちょいっ!

 人の傷口に塩を塗りこむような真似をしてしまった自分を、心の中で罵倒したおしながら、優花は、かすれるような声を絞り出した。

「ごめんなさい……」

 ぺこりと頭を下げたまま、顔が上げられない。

 怖かった。

 今、晃一郎が、どんな表情をしているのか、見る勇気がなかった。

 無神経な質問をするなと、怒っているのだろうか?

 それとも。帰っては来ない人を思い出して、悲しんでいるのだろうか?

 まんじりともできずに、顔を上げられないでいる優花の耳に届いたのは、そのどちらでもないような、穏やかな声音だった。

 
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