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第四章 記 憶 《Memory-2》
52 あたたかな部屋
しおりを挟む「実は、鈴木博士に頼んで、コピーしてもらっちゃった」
「おまっ……博士にコピー取らせたのか?」
『人の尊敬する上司に雑用コピーを言いつける十五歳』に絶句する晃一郎を楽しげに見上げ、優花は、『えへへん!』と、胸を張る。
「今も大事に取ってあるんだ。それで、たまに眺めて、笑かしてもらってまーす」
「あっそ。お好きにどうぞー」
自分に絵のセンスなど皆無だ、と自覚しないでもない晃一郎は、あきらめたように肩をすくめた。
口ではついつい憎まれ口をきいてしまうが、そんな些細なことで優花の心が和むのなら、別にそれでいい。素直にそう言ってやれば、優花はもっと喜ぶのだろうが、晃一郎にはそんな器用な真似は、ぜったいできない。
『アンタも、たいがい不器用だねー。好きでもない女には、ヘラヘラ如才なく振舞えるのに、何やってんだか』
玲子には、そう言って呆れられるが、いまさら自分の性格を変えることなどできない。優花の世界の晃一郎を不器用だ、などと言えた義理ではないのは、自分が一番よく知っていた。
――我ながら、よく、あいつが愛想をつかすでもなく一緒にいてくれたのが不思議だな……。
『晃一郎』
目の前の少女によく似た、でも少し澄んだトーンの懐かしい呼び声が、そのけぶるような笑顔が、脳裏に鮮やかに蘇る。
優花と接するとき、ふとした瞬間に、こうして思い出してしまう恋人の記憶。甘く、そして苦い思い出が、晃一郎の胸の奥に、まだ癒えぬ鋭い痛みを走らせる。
忘れたくて、でも、忘れたくなくて。どうしようもない気持ちをもてあまして、仕事に逃げている。ろくに休むこともせずに、睡眠もそこそこに。まるで、自分を追い込むかのように、考えることから逃げている。
――女々しいことこの上ないな。
こんな自分の弱い側面を見たら、きっと、目の前のこの少女は幻滅するだろう。
「狭い部屋だけど、ようこそ、ウエルカム!」
「あ、ああ……」
満面の笑みに迎え入れられて、晃一郎は、優花の小さな城に足を踏み入れた。
「へぇ……」
部屋に一歩足を踏み入れた晃一郎は、目の前に広がる光景に、素直な驚きの声を上げた。そこにあるはずの、リハビリ室や廊下と同じ機能的だが無機質な白い空間は、まるっきり別のものに様変わりしていた。
もともとは、研究員用の仮眠施設として作られたその部屋を、晃一郎も何度か使用したことがあるが、住む人間によって部屋の雰囲気はこんなに変わるものなのかと感心してしまう。
部屋は十畳ほどのワンルーム形式の、バス・トイレが付いている、シンプルな洋間だ。
入ってすぐ右側には、ダイニングテーブルと食卓を兼ねた、カウンター式の簡易キッチン。部屋の中央部分に、ソファー・セット。一番奥に、デスクとベッドスペース。
カーテン、クッション、ベッドとソファーカバー。ファブリックは、パステルピンクと赤白のチェック柄の組み合わせで統一されていて、なんとなくキャンディーの包み紙を連想させた。
左側の壁面はすべて作りつけの収納になっていて、衣類やTVなどのAV機器も収められている。
キッチン・カウンターの上には、ミニチュアサイズの観葉植物の寄せ植えが置かれていて、鉢の縁には、陶器製の二匹のシャムネコのカップルが、互いの尻尾でハートマークを形作りながら、頬を染めて寄り添うように座っていた。
白いツードアの冷蔵庫の扉には、てんとう虫の形のキッチン・タイマーを中心に、向日葵・チューリップ・薔薇といった花の形のマグネットが、にぎやかに貼り付いている。
――まるで、季節感を無視した花畑みたいだな。
自然と、晃一郎の頬の筋肉は緩んだ。
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