24 / 132
第二章 記 憶 《Memory-1》
24 命の恩人
しおりを挟む「丸わかりで悪かったわね。いいかげん、とっととベッドに戻してよっ」
「イヤだー」
「イヤだー、じゃないっ!」
語尾を伸ばすな、語尾を!
と、見た目は熱い抱擁を交わす恋人どうし、実際は只今絶賛決闘中な二人のあくなき戦いに終止符を打ってくれたのは、突然上がったノック音だった。
スライドドアの向こうからペタペタとサンダル履きで現れたのは、痩せぎすのメガネをかけた白衣姿の男性。
その人がニコニコ邪気のないエンジェル・スマイルで歩み寄ってくるのを呆然と見つめながら、まるでイタズラを見つかった子供みたいに、晃一郎と優花は同時にピキリと身を強張らせた。
年のころは、おそらく四十代そこそこ。
「ずいぶん楽しそうだね。お邪魔してすまないが、診察をさせてもらえるかな?」
穏やかなその声は、夢うつつの中で聞いた命の恩人、『鈴木博士』のものだった。
声だけを聞いていた時、きっと優しい人なんだろうと思っていた鈴木博士は、想像通りの人だった。
鈴木始。三十八歳。勤務医ではなく、研究をするのが仕事の、医学博士だそう。それで晃一郎が、『先生』ではなく『博士』と呼んでいたのだ。
ちなみに、優花が今いる場所も、病院ではなく研究施設なのだとか。
鈴木博士は、ひょろりと背が高くて、細身のキリンを思わせる穏やかな風貌の持ち主で、理知的で落ち着いた大人の雰囲気と、少年めいたメガネの奥の黒い瞳が印象的な、とても素敵な人だった。どこかの、本能丸出しの狼くんとは、雲泥の差だ。
その狼くんも、キリン博士には頭が上がらないらしい。
「じゃ御堂君、優花ちゃんを、ベッドに寝かせてあげてくれるかな」
ニッコリ笑顔で博士に指示されても文句を言うでもなく、素直に「はい」と真面目くさった顔で答えると、晃一郎は優花をベッドに横たえた。
「……やはり、四肢の運動能力の回復には、リハビリに時間がかかりそうかな?」
手足にうまく力が入らないのを見て取ったのか、博士が思案気にそう言うと、なぜか晃一郎が、「はい、特に右手足が弱いですね」と、又も真面目くさった表情で答える。
――右手足が弱い?
どうして晃ちゃんが、そんなことを知っているの?
浮かんできたのは、さっきのセクハラ行動。
もしかして、あれで気付いたのだろうかと考えたが、優花自身は、ただ手がうまく上がらないだけしか感じなかった。
チラリと、博士の傍らに立つ晃一郎へと首を動かして視線を走らせると、やはり至極真面目な表情を浮かべている。さっきまでのセクハラ大魔王と、今の晃一郎の、あまりのギャップの大きさに戸惑っていると、博士から声がかった。
「優花ちゃん、三十秒ほどですむから、体を楽にしてそのままでいて下さい」
「は、はい!」
視線を戻して、横たわったまま少し緊張気味で頷くと、博士はベッドヘッドに備え付けられた小型のキーボード状の端末を、軽やかに操作した。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
揺れる波紋
しらかわからし
ライト文芸
この小説は、高坂翔太が主人公で彼はバブル崩壊直後の1991年にレストランを開業し、20年の努力の末、ついに成功を手に入れます。しかし、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、経済環境が一変し、レストランの業績が悪化。2014年、創業から23年の55歳で法人解散を決断します。
店内がかつての賑わいを失い、従業員を一人ずつ減らす中、翔太は自身の夢と情熱が色褪せていくのを感じます。経営者としての苦悩が続き、最終的には建物と土地を手放す決断を下すまで追い込まれます。
さらに、同居の妻の母親の認知症での介護が重なり、心身共に限界に達した時、近所の若い弁護士夫婦との出会いが、レストランの終焉を迎えるきっかけとなります。翔太は自分の決断が正しかったのか悩みながらも、恩人であるホテルの社長の言葉に救われ、心の重荷が少しずつ軽くなります。
本作は、主人公の長年の夢と努力が崩壊する中でも、新たな道を模索し、問題山積な中を少しずつ幸福への道を歩んでいきたいという願望を元にほぼ自分史の物語です。
青い死神に似合う服
fig
ライト文芸
テーラー・ヨネに縫えないものはない。
どんな洋服も思いのまま。
だから、いつか必ず縫ってみせる。
愛しい、青い死神に似合う服を。
寺田ヨネは洋館を改装し仕立て屋を営んでいた。テーラー・ヨネの仕立てる服は特別製。どんな願いも叶える力を持つ。
少女のような外見ながら、その腕前は老舗のテーラーと比べても遜色ない。
アシスタントのマチとチャコ、客を紹介してくれるパイロット・ノアの協力を得ながら、ヨネは日々忙しく働いていた。
ある日、ノアの紹介でやってきたのは、若くして命を落としたバレエ・ダンサーの萌衣だった。
彼女の望みは婚約者への復讐。それを叶えるためのロマンチック・チュチュがご所望だった。
依頼の真意がわからずにいたが、次第に彼女が受けた傷、悲しみ、愛を理解していく。
そしてヨネ自身も、過去の愛と向き合うことになる。
ヨネにもかつて、愛した人がいた。遠い遠い昔のことだ。
いつか、その人のために服を縫いたいと夢を見ていた。
まだ、その夢は捨ててはいない。
泣けない、泣かない。
黒蝶
ライト文芸
毎日絶望に耐えている少女・詩音と、偶然教育実習生として彼女の高校に行くことになった恋人・優翔。
ある事情から不登校になった少女・久遠と、通信制高校に通う恋人・大翔。
兄である優翔に憧れる弟の大翔。
しかし、そんな兄は弟の言葉に何度も救われている。
これは、そんな4人から為る物語。
《主な登場人物》
如月 詩音(きらさぎ しおん):大人しめな少女。歌うことが大好きだが、人前ではなかなか歌わない。
小野 優翔(おの ゆうと):詩音の恋人。養護教諭になる為、教育実習に偶然詩音の学校にやってくる。
水無月 久遠(みなづき くおん):家からほとんど出ない少女。読書家で努力家。
小野 大翔(おの ひろと):久遠の恋人。優翔とは兄弟。天真爛漫な性格で、人に好かれやすい。
ファンタジーは突然に
皆木 亮
ライト文芸
飛び交う電波、萌え上がる劣情、
禁断のフェチ、そして日常の瓦解……
あなたも変人目指して、
この小説を読む事にチャレンジしてみませんか?
投稿小説「ファンタジーは突然に」、
・・・・・・通称「ファン突」は、
妹に性欲をもてあます
『お兄ちゃん』や『お姉ちゃん』を募集中です☆
該当する皆さんは、
どうか是非読んで行って下さいね☆
内容としては、ロリ物の、健全(?)、電波系、恋愛/ラブコメ物になってます!
「怖くないよ~! みんな、おいで! おいで!」
【3】Not equal romance【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
大学生の桂咲(かつら えみ)には異性の友人が一人だけいる。駿河総一郎(するが そういちろう)だ。同じ年齢、同じ学科、同じ趣味、そしてマンションの隣人ということもあり、いつも一緒にいる。ずっと友達だと思っていた咲は駿河とともに季節を重ねていくたび、感情の変化を感じるようになり……。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ三作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる