上 下
82 / 119

雀通り4

しおりを挟む

 イチヤが不思議そうに質問をする。

「なんすか、四原則って」
「私がお答えしましょう」

 名乗り出たのは、いましがた、自力で現場に着いた宮使い、ヌー・シャテルだ。
 脇に抱えた灰色の上着を着ると、イチヤを睨む。イチヤはからからと笑い「お疲れっす」と非難の視線を払った。

 「四原則はイトムシの掟です。行動基盤となるそれらは、ひとつ、楽園を尊び追放者を送る。ひとつ、『淡い』人間世界にある楽園の恩恵を守る。ひとつ、夜が続く限り、イトムシもまた続けていく。ひとつ、イトムシ同士の殺し合いをしないこと。の四柱です。この下に細かな決まり事がございますが、何より重んじるべきは、この四原則なのです。キイト様は育ちの良い方、食事中の追放者に攻撃を仕掛けるのは、このひとつ『楽園を尊び』に、反するとお考えなのでしょう。立派な方です」

 さらさらと答え強く頷くヌーに、菊が呻いた。

「何を悠長なことを言ってんだよ。あの牛がぼんやりした奴で助かったぜ。本当、どうすっか」
「送るには手順がございます。キイト様は、前回飛び入りでしたので、それをご存じではない。教育も、小石丸様が失念されているご様子。しかしご安心を、私がきちんとお伝えします。この宮所蔵図書、イトムシの飼育書で」

 そう言うとヌーは、小ぶりな総革の本を取り出し、注連縄の傍へと寄った。

「キイト様、申し訳ありません。遅ればせながら、只今はせ参上致しました!」

 ヌーの声に、しゃがみ込み、人面牛の食事を眺めていた、キイトが立ち上がった。

「ヌゥ、来てくれたんだ」
「もちろんです。私は、キイト様専従の宮使いですから。さぁ、まずは追放者に、ご自身がイトムシであることを認めさせてください」

 菊もヌーの隣へと立ち、大声を掛けた。

「大抵目が合えばおっぱじめる。目見せて、自分がイトムシだって知らせろ」

 キイトはそう言う二人の助言通り、人面牛の目を覗き込んでみた。しかし、視線が定まらない人面牛は、目をぐるぐると回している。じっと見つめていたキイトも、足元がふらつくのを感じた。
 慌てて頭を振り、体勢を持ち直す。その様子に、館士兵たちから忍び笑いが漏れた。

「食事中にごめん、僕はイトムシなんだ」
「……」
「こっち見て、僕をイトムシだと認めて」 
「……」
「聞いている? それ美味しい? ねぇ」
「……」
「あーもぅっ! ギィだ」

 キイトが苛立たしげに言う。牛の舌が、あかんべぇをするように苔を探る。
 誰の目から見ても、小さなイトムシは、追放者にまったく相手にされていない。
 たまらずイチヤが吹き出した。彼が知る、いままでのイトムシとは随分と要領が違う。

「キイト君、シカトされちゃってますけど。大丈夫っすか? ってか、ギィって何」
「キイト様がギィと言えばギィなんです。それと、牛と苔では札になりませんから。無効です」

 揶揄うイチヤを、深山がたしなめる。その隣でヌーは、目鏡を抑え飼育書をめくった。

「ギィ、ですか。恐らくイトムシの言葉でしょう。お仲間同士で使うものですので、私も初めて聞きました。よほど」

 そう言い、ヌーが見やる先には、腕を組み、苛々と牛に頼み込むキイトの姿。

「ギィなんでしょうね!」
「ほう。載ってないのか」

 菊が飼育書を投げ捨てる仕草をし、ヌーをからかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

チートスキルを持って転生したのに、人見知りで本領発揮出来ないよ~!

アクア
ファンタジー
高1という若さで病気で死んでしまった上野優香。それを可哀想に思った神様が、思い浮かべた物を念じるとどんな物でも出てくるというチートなスキルを持たせて自分が管理する世界に貴族として転生させた。だが、優香は赤ちゃんの時から病気で入院していたせいで、家族と病院の人ばかりとしか話したことが無かったため極度の人見知りとなっていた!そのせいでせっかくもらったスキルもあまり使えず親とも上手く話せないまま学校に行く年齢となってしまった・・・ (途中から無双していく感じとなります。題名の感じはすぐに終わります。) 不定期更新です。初めて小説を書くので、不十分な所も多いと思いますが、温かい目で見てくださると幸いです。 趣味なので、もしかしたら突然しばらく更新が止まることもあるかもしれません。恐らくまた更新されると思うので、その時まで待ってくださるととても嬉しいです!

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

処理中です...