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日常11

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 キイトの一言が、種族の直面している問題を伝え、不安の糸が揺れた。
 
 現在のイトムシの数は、三体のみ。そのうち、追放者を送れるイトムシは、ヒノデと小石丸の二体のみだ。
 イトムシの数が少なすぎる。
 危険な現場でもある『送り』で、イトムシが命を落とすこともある。いつ自分がそれに見舞われるかはわからなかった。その時がきたならば、目の前の幼い息子が現場へと出て行くのだろうか? この子にはそれが出来るのだろうか? ヒノデの瞳に影が入る。

『イトムシが沢山いれば』――いまのイトムシの数では、人間の力を借り、追放者を送るだけで精一杯だった。


(いったいこの「いま」はいつまで続いていくのだろう。なぜ、イトムシは増えない? なぜ減った? なぜ? どうして)
「母さん?」

 思考の糸が途切れ、ぼんやりとした瞳に我が子が映る。
 黒く艶々とした髪、深く澄んだ瞳、自慢の息子。その指は、いつの間にかイトムシではなく、苦しむ追放者を指していた。
 静まりかけていた不安の糸がまた揺らぐ。

「イトムシは、追放者を苦しみから救うために戦わなくてはいけないの。恩恵を守り、共に生きる人間たちを守らなくてはいけないの。どんなに数を減らしても、どんなに寂しく思っても、夜が続く限り、奥方とこの国のために、送りを続けていくのよ」

 いずれは、国へと仕える我が子へ、そして自分へと言うと、息を吐いた。

「もしも、追放者を送れなかったら、私たちは罰を受ける。私たちだけじゃない、この国の水で育った者はすべて」

 頁を捲る。楽園から延びた水脈が輝き、この国を包んでいる。

「楽園の恩恵、御加水やそれを含んだ土地、この国に生きる全ての生き物が罰を受ける。送ることが出来なかった追放者の器は腐り、土を汚す。魂は穢れ、生き物を傷付けることに喜びを感じる。祝福された御加水は毒へと変わり、毒は国中の水脈を通り植物は枯れ、動物は石となり、人々は死に絶える」

 かさりとめくられた頁には、凄惨な光景が描かれていた。
 黒い大地に真赤な水脈が走り、青くなった人々が目を見開き、手を伸ばしながら横たわっている。橙の空を白い吹雪が舞う。
 キイトはぞっとして目を背けた。

「こわい。その絵嫌い、そんな世界嫌い」
「大丈夫よ、私たちイトムシがいれば、追放者を必ず楽園へと送れる」
「でも、もし送れなかったら? 戦って負けたら? イトムシは母さんと、小石丸様、それに僕の三人だけなのでしょ?」

 イトムシの発生方法は、人間から生まれた、黒髪黒目の子供の中から発生する。

 黒髪黒目の子供が、ある程度の年頃になると稀に、糸を紡ぎ、身体能力の変化と共にイトムシへと成長できるのだ。さらに上手く成長できれば、個体の能力に合った本糸を紡ぎ、歓迎の儀を受け、追放者と渡り合える、本物のイトムシへとなる。
 しかしこの数十年間、黒を持つ子供たちは、毛羽けばさえ紡げなかった。その間、送りはすべて長・小石丸が行っていた。
 長の名を預かるだけあり、小石丸は類まれない強さと技量を備えていたので、一体での送りが可能だったのだろう。これがただのイトムシでは、送りどころか追放者と対峙する事自体、不可能であっただろう。

 幸いなことにその後ただ一人、ヒノデが人間として生まれ、十三の時に糸を紡ぎ、イトムシへと成長できた。


 しかし、ヒノデが十七歳で国に仕えてはじめた時も、他にイトムシに成長できた者はいなかった。
 両親は普通の人間で町の住居に住んでいる。彼女にイトムシとしての生き方を教えたのは、追放者とただ一人で戦い、送りを行っていた、祖父の小石丸だ。
 強く厳しい祖父は、彼女を一人前のイトムシに育て上げた。それでもたったの二体。いつ、イトムシが絶滅してもおかしく無い、重苦しい数年が過ぎた。

 そんな時に生まれたのが、息子のキイトだった。

 キイトは生れながらにしてイトムシ。その言葉の通り、赤子の時分から糸を紡げたのだ。国の歴史上、そのような事態は一度も記録されていない。しかし、イトムシ不足の非常事態に、この出来事は希望となった。

 そして今に至る。

 ヒノデは不安そうな息子の瞳を捉え、優しい夜の瞳へと招き入れてやった。

「そうね、私たちだけね。だからこそ、三人で協力して戦い、送らなくては。負けちゃダメ。それには母さんはもっと強くなるわ、キイトも大きくなって強くなるのよ。うんと頑張らなくてはいけないわ」

 ヒノデの目に捉えられたキイトの目は、どこまでも澄み、湖のように広く深い。

「うん。がんばるよ、僕イトムシだもの」

 不安の糸を手放してはいけない、必ず糸には先があるのだから。
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