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日常2
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国の中心機関であり、王宮でもある『宮』。宮から延びる本通りには、要人達が住居としての館を構え、両側から本通りを見守っていた。
その宮から見て右側四番目の館が、イトムシが住むイトムシ館だ。
現在は、キイトとその母親、そして使用人夫婦が住んでいる。
この通りにも水路は存在し、宮の水源から延びた水が、両側を気持ちよく走っている。
人々は、通りと水路の間に橋を設け、自身の館へと渡る。水路の幅は約六十センチ程度。水中では、浄化作用を持つ白い小花が咲き、水草の中を時折、影が躍る。
実体を持たない影は、淡いに生まれた楽園の取りこぼしのようなものだ。
人々はその影を水中の友人と呼び、悪さをするでもないそれを、楽園の加護の一つとして迎え入れていた。
館の中庭は、初夏を迎えた木々が葉を茂らせ、爽やかな緑の影を編み出していた。
「シロさん、ただいま。中庭にいます」
キイトは、庭に面した食堂の大窓から、玉ねぎの皮をむく家政婦のシロへと声をかけた。
シロがふくよかな頬を緩ませ、窓から身を乗り出し、キイトとナナフシを見た。
「お帰りなさいまし、坊ちゃん。ナナフシ。悪さはしなかったでしょうね?」
「悪さ……」
キイトが考えている間に、ナナフシが人懐っこい笑顔を作り、それに答える。
「シロさん、イトムシは悪さなんてしない、もちろん真面目な俺も。教育館を追い出されちまうからね」
「ふふ、そしたらこの館へとおいでなさいな。坊ちゃんの良い遊び相手になるわ」
シロはふくふくと笑うと、二人に美味しい昼食を約束してくれた。
中庭に入り、木陰へと置かれた木製のテーブルに着くと、キイトはナナフシに聞いた。
「拝観料は悪くないけれど、人のお財布を道に置いて来たのは、悪いことなんじゃないかな」
ナナフシは、キイトの真剣な目を見て笑った。
「そうだな。次は財布だけは、届けてやるかな。間抜けな大人に」
キイトはそれがいい、と、瞬きをすることで同意を示した。
ナナフシは上着から、紙やら鉛筆やらを取り出し、幼いイトムシを促した。
「さぁ、キイト頼りにしてるぜ」
(頼りにしている)
キイトは胸の内でその言葉を繰り返すと、深く頷いた。
ナナフシに一目置かれる子供は少ない。もし、キイトが普通の子供ならば、間違えなく彼の悪戯の標的にされていただろう。しかし、キイトはイトムシだ。
イトムシは糸を紡ぐことが出来る。
体内で糸を生成し、喉にある、吐糸管と言う器官を伝わせ、特別な糸を紡ぐ。そして、人より少し長い指で、その糸を器用に操る。楽園の生き物。
そんな珍しいイトムシだからこそ、彼に気に入られている。
キイトは、充分それを承知していた。
その宮から見て右側四番目の館が、イトムシが住むイトムシ館だ。
現在は、キイトとその母親、そして使用人夫婦が住んでいる。
この通りにも水路は存在し、宮の水源から延びた水が、両側を気持ちよく走っている。
人々は、通りと水路の間に橋を設け、自身の館へと渡る。水路の幅は約六十センチ程度。水中では、浄化作用を持つ白い小花が咲き、水草の中を時折、影が躍る。
実体を持たない影は、淡いに生まれた楽園の取りこぼしのようなものだ。
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「シロさん、ただいま。中庭にいます」
キイトは、庭に面した食堂の大窓から、玉ねぎの皮をむく家政婦のシロへと声をかけた。
シロがふくよかな頬を緩ませ、窓から身を乗り出し、キイトとナナフシを見た。
「お帰りなさいまし、坊ちゃん。ナナフシ。悪さはしなかったでしょうね?」
「悪さ……」
キイトが考えている間に、ナナフシが人懐っこい笑顔を作り、それに答える。
「シロさん、イトムシは悪さなんてしない、もちろん真面目な俺も。教育館を追い出されちまうからね」
「ふふ、そしたらこの館へとおいでなさいな。坊ちゃんの良い遊び相手になるわ」
シロはふくふくと笑うと、二人に美味しい昼食を約束してくれた。
中庭に入り、木陰へと置かれた木製のテーブルに着くと、キイトはナナフシに聞いた。
「拝観料は悪くないけれど、人のお財布を道に置いて来たのは、悪いことなんじゃないかな」
ナナフシは、キイトの真剣な目を見て笑った。
「そうだな。次は財布だけは、届けてやるかな。間抜けな大人に」
キイトはそれがいい、と、瞬きをすることで同意を示した。
ナナフシは上着から、紙やら鉛筆やらを取り出し、幼いイトムシを促した。
「さぁ、キイト頼りにしてるぜ」
(頼りにしている)
キイトは胸の内でその言葉を繰り返すと、深く頷いた。
ナナフシに一目置かれる子供は少ない。もし、キイトが普通の子供ならば、間違えなく彼の悪戯の標的にされていただろう。しかし、キイトはイトムシだ。
イトムシは糸を紡ぐことが出来る。
体内で糸を生成し、喉にある、吐糸管と言う器官を伝わせ、特別な糸を紡ぐ。そして、人より少し長い指で、その糸を器用に操る。楽園の生き物。
そんな珍しいイトムシだからこそ、彼に気に入られている。
キイトは、充分それを承知していた。
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