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夜の境内2
しおりを挟む阿形が、ちらりと旦那様を上目遣いで見る。「慰めるとはこうだ」と言わんばかりの、獅子の得意げな目に、旦那様はあくまで大人の対応をとった。
「……白うさぎ、帰ったら甘い物を食わせてやる。明日は好きなだけ芝居を見させてやる。そうだ、奥座敷に雪を降らせよう。次は何になるか、如来か菩薩か……。十通りの、真白い極楽色の衣装をしつらえよう、もちろん振袖にも背守りにも、銀糸で兎を入れる。それに合う髪飾りを造らせよう。どうだ、泣いている暇はないぞ」
金に物を言わせ、貢倒す旦那様へと、白うさぎがそっと申し出た。
「如来より、菩薩より、真白い花嫁衣裳の……お嫁様がいいです。旦那様……」
「そうか。それは出来ないな」
旦那様が少し厳しい目で言い、柔らかい声をだす。
「お前を余所に嫁に出す事なんざ、我慢ならん」
「……旦那様のお側が、いいです」
「それ以外は許さない。わかったな」
「はいっ」
白うさぎがようやく笑った。
純粋無垢な白無垢の笑顔。
阿形は白い少女の幸せの気配を感じ、ほっと安心した。そして、次の『人』の世話へと移る。
白うさぎの腕に囲われたまま、目の前にちょうどある、旦那様のだらりと落ちた腕。その動かぬ腕へと、獅子の鼻先を寄せ気配と具合を探る。
旦那様は、鼻を鳴らす獅子を面倒くさそうに睨んでいる。
「……ふん、償いとな」
「……一々生意気な子猫だな」
腕から嗅ぎ分けたのは、毒と穢れ、そして神罰の香り。阿形自身、一度受けた花の香りが旦那様の腕からした。
何者かが受けるべき神の罰を、一身に受け取った旦那様は、神の道理に裁かれ、世の言われに則り、七代先まで然るべき罰を受けるだろう。
鼻っ面を寄せる獅子へと、旦那様が低く警告した。
「言うなよ、野暮猫。全て私の責任だ。若造共に格好ぐらいつけさせろ」
「……」
あっと口を開け、息を吸う阿形。そして叫ぶ。
「吽形! 旦那様が二度も同じヘマをした! また毒傷だとさ、間抜けな怪我の一つ覚えじゃっ、出来る手当てだけしてやってくれ!」
「っ……なんで言うんだよ」
睨みを利かせる旦那様へと、阿形がつん、と鼻先を逸らす。
「ふん。なんでわしが、お前の願い『言うなよ』を叶えなければいけない」
獅子は旦那様の償いから目を逸らすと、にこにこと機嫌の良い白い少女へと、頭を擦り付け甘えた。
「獅子には獅子の道理がある。なぁ」
「ふふ、『なぁ』だね、赤い獅子っ」
白うさぎが幸せそうに、獅子と旦那様を両手で掴んだ。
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