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白うさぎの極楽4

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 よくしつけられた少女人形のように、白うさぎは旦那様へと体の向きを変え、身を正した。
 夕日の中で向かい合った白うさぎを、旦那様は見飽きるまで眺め続けた。
 やがて硝子の盃から、白い金平糖を一粒摘まみ上げる。

 『表面で決め、狭い了見でいとう。世間の堕ちた目玉だけでものを見て、自身の審美眼を持とうとしない……。納得出来んな、そんな世の中。我慢できんな、そんな道理。既に出来上がり、とうとう腐り始めた古い外枠そとわくをどう外せるものか……、金を積んでも変えられぬ人の頭の中をどうしたものか……』

 白うさぎも一緒になって考えた。

(どうしたものか、どうしたものか)

 旦那様がぽんと手を叩く。

『世は造り直せずとも、国は造れずとも、土地は造れる。土地から造るか……美しい土地、極楽の地。このお店だけではもう狭いな、囲いきれなくなる。極楽の土地に、私の審美眼が招いた者達を住まわせるんだ……それがいい。白うさぎ、お前は私の土地の土地神になれ、私の極楽には、私の神が必要だ。お前は私だけの、美しくて可愛い真白い土地神に成るんだよ』

 賢い旦那様が考えついた。

(それがいい、それがいい)

 白うさぎは嬉々として旦那様を見上げる。
 旦那様はそんな白うさぎの目の前へと、白い金平糖を掲げてやる。そして、白い唇へと、白い金平糖をちくりと押し付けた。
 まるい刺が唇を押しさしたので、白うさぎは口を開けようと動かす、そこへと旦那様が歌った。


『まぁだだよ』


 白うさぎは口を開けずに待った。
 白い唇に、金平糖を押し付けられたまま、じっと待つ。
 それを旦那様が楽しそうに見ている。

 夕日が落ち、夜が訪れる。

 金平糖を押し当てられたままで、どのぐらいたっただろうか。それでも白うさぎはじっと待つ。
 目の前にいる、大好きな大好きな旦那様の、仄暗い炎を、ひたむきに見つめながら。

 唐突に許しの時は来た。

『もういいよ』

『っ』

 ぱっと口を開け、白い金平糖ごと、旦那様の指も一緒に口に入れ、そのまま噛み砕いた。
 甘い砂糖と大好きな旦那様の血が混じり、なんとも美味。

『こらっ、くすぐったいだろう』

『……』

 旦那様は腹を抱えて笑いながら、白うさぎの口から指を抜き逃がした。
 ぼたぼたと緋毛氈ひもうせんの上に血が落ちる。

『まったく、本物の白うさぎだな。力の加減を知らなくて面白い。いいか、私以外にやるなよ。世の道理は守らなくていいが、私の言う事は絶対だ。わかったか』

 白うさぎは、舌で甘味を味わいながら頷く。

『私はお前の神様だ。私の言う事は絶対だ。そしてお前は、私の極楽の土地の土地神だ。私がまつるから、私の願いだけを叶えるんだ、わかったな』

 旦那様の指が、白い頬を撫でる。
 紅い目に映える紅い血が、頬紅のようになすられる。

『お前は私のものだ。私が手に入れた、一等良いお品者だ』

(わっちは旦那様のもの。旦那様の、一等良いお品物)

 旦那様の仄暗い炎が、白うさぎを抱え込む。
 白うさぎは勢いよく頷き、金平糖と旦那様の血を飲み下した。

 金平糖の砕ける音でこまが止まる。
 走馬灯の終りに、紅い目が瞬かれた。



◇◇◇◇ーー

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