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親方4
しおりを挟む舟から上がれぬカワセミの頭に、ふと、みつが言った『軽率』が一瞬浮かんだが、川の泡のようにすぐさま消えた。
後悔する前に、助け舟が見えたのだ。
自分の運の良さに、思わずにやりと笑ってしまう。
(軽率でも仕方がない。動きながら考えれば、こうなる時もある)
緩やかすぎる川の流れでも、上がり舟はゆったりと遅い。
対面から向かって来るその舟には、菓子屋と植木屋の弟分が見えた。
カワセミはすっと立ち上がると、上がり舟へと移る頃合いを図るように、縁へと足を掛けた。
菓子屋がカワセミに気づき、船頭へと舟を寄せるよう言っている声が聞こえる。
自身の脚力で跳べる頃合いで、カワセミは親方を振り返った。
「親方、話せてよかった。もう行くよ。ただ、私を何かに落とし込めるのはやめてくれ、わたしは、私だ。石燈籠ではない。ましてや縁起物の亀なんて、この身に余るよ。では、亀ほどには長生きしてくださいよ」
「……」
カワセミは穏やかな啖呵を切ったあとに、べっと舌を出し、すれ違いざまの舟へとひらりと、跳んでいってしまった。
親方が無言でその姿を追えば、カワセミを受け止めようと、手を伸ばした菓子屋の胸に、娘が右足から着地した所が見えた。踏みつけられた菓子屋が後ろへと倒れる。
「っはぁ……、カワセミ、初めて見ました。怖や、怖や」
「カワセミと言うか、あの娘」
やっと息をつけた、とばかりに肩を下す船頭へ親方が聞き返すと、船頭は解けた緊張から、つらつらと言った。
「そうです、カワセミ。気も強けりゃ、喧嘩も強い。どっから来たか、商町をねじろに決めた泣き黒子のいい女。ただ、最近ついに殺しをやっちまったらしいですよ」
「ほう」
尾ひれをつけた噂を信じる船頭は、櫓を握って、カワセミを乗せた上がりの舟を振り返った。
「何でも、犬猫をやっちまった男をドスリと一突き……」
恐ろし気に言った船頭が、そこで親方へと顔を戻し櫓を動かした。
「でも、まぁ。それは男が悪いですね。畜生でも命ですから、邪険にしちゃあいけない。俺が怖いのは、カワセミは気に入らない笹舟の櫓を、川に放り投げるって聞いたんです。怖くないですか?」
親方は、船頭がしっかりと握る、備え付けの櫓を見た。
大切な商売道具。普段は無口な船頭。
「……そうだな」
「でしょうっ? こわかったー」
優しい水面の上で、上がりの笹舟と下りの笹舟が緩やかに離れていく。
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