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職人地区2

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 娘はすぐに戻ってきた。

「はい、お待ちどうさま。これがうちの塩ですよ」

 娘は丁寧に、受け取った竹編の菓子箱の中に、塩を油紙に包んで持って来てくれた。
 菓子屋が申し訳なさそうに頭を下げ、次いで弟分の頭も押さえて下げ連ねた。

「やぁ、申しわけない。お嬢さん。背の子がいるのに慌てさせちまって」

「いいの、いいの。弟分ちゃん良く分かっているわぁ、私っていつもこうなの。とろっくってねぇ」

「あ……」

 弟分は、菓子屋に背の子と言われ、赤子を背負った娘をせかしてしまった事に今さら気付き、後悔した。
 酷く無作法な事をしてしまったとしょげる弟分。
 娘はその様子に気付いたのかどうか、言葉を続けた。

「ありがとね、弟分ちゃん。教えてくれて。そうよね、はじめに、『急ぎ』って言っていたのに、ごめんね。ふふ、ちゃきちゃきの商町っ子ね、頼もしいわぁ。この子もそうなるといいなぁ」

 そう言う娘の柔らかな笑顔に、弟分はますます逃げ道を無くし、ぐっと黙る。
 すぐにでもびればよかったのだが、頃合いを違えてしまったようで、何とも気詰りな心持ちだ。

 そんな弟分に構わず、菓子屋は受け取った塩を指で摘まみ、ざらざらとした感触を確かめてから、娘へとのんびりと聞いた。

「お嬢さんとこは、この塩どうやって盛ってます?」

「えっとねぇ、ちょっとお水を入れて固まる前ぐらいにするの。けど、四角、八角にはしないなぁ。親方が『かどがたつ』とか言っちゃってね。こう、ふんわりと小さいかき氷みたいにするわ」

「あぁ良いですね。商売ですもんね、店でも真似させてください」

「兄ぃそろそろ……」

 弟分がまたも焦れ始めた、と言うよりは、口で馴染めなかった場所に居づらいように、声を掛けて来た。しかし菓子屋は、塩が入った菓子箱を弟分に渡すと、さらに聞く。

「水は井水です? 上水です? しつこくてすみませんねぇ、職業柄か作る物の材料が気になっちまうんで」

 娘は小首を傾げ考えた。

 上水は、商町を巡る引き込み支流の上流から、直に入れた水脈。商町では『町水ちょうすい』とも呼ばれ親しまれ、飲み水などの主な生活水に使われるのが一般的だ。
 井水はそのまま、井戸水。掘った所を湧き出た水脈を汲み使う。井水が汲める井戸は、古い家にあり、石工の長屋でも井水が汲める井戸が構えられていた。
 ただ困ったことに、『上水』『井水』とも同じように井戸の形を取っているので、頓着とんちゃくない娘には、どちらが、どちらか分からない。どちらも美味しく頂いている。

「そうねぇ、うーん」

 はた、と困った娘に、菓子屋が笑顔で水を向ける。

「もし、お邪魔じゃなかったら、いつも盛り塩に使う方の井戸へ連れて行ってください。上水か井水か見てみましょう。ついでにちょっとそのお水を頂けたらな、なんて」

 菓子屋が懐から竹筒を取り出し、掲げ笑って見せると、娘はこくこくと頷いた。

「えぇ、もちろん構いませんよ。よかった。ついでに、どっちがどっちか覚えておかないとね。こっちです、作業場と御台所の間。そこの井戸なのは間違いないの、丁度、塩を取り出して作業場に行く途中だから、いつも絶対にそこなのよ」
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