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商町2

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 思い出されるのは、自分の菓子を喜んで食べてくれる、甘い物好きの可愛い娘。
 猫を愛でとろける笑顔、犬に頬擦りをする柔らかそうな白い頬。後ろ手に背へと弾くと、美しくしなる黒髪。そして、流す目元に宿る泣き黒子。

「……はぁ。会いてぇなぁ」

 もう、隠さずの盛大なため息。
 菓子屋が、秘かな思いを告げられずにいるうちに、商町から姿を消えてしまった、天女のような娘。
 菓子屋の肩で、小粋に結んだ卵色のたすきが、しゅんとしょげた。

「あぁも無邪気に、俺の作った菓子を喜んでくれる娘もいれば、可愛げなく昼飯ばかり作らせる野郎もいる。ったく、商町のどこに、野郎に丼ものを作る菓子屋がいるんだか。……ん?」

 卵を掴みながら一人ごちた菓子屋が、ふと手を止めた。
 遠くの方で人々の怒鳴り声と馬を駆けさせる、どろろろっと連なる音が聞える。
 縁台に腰かけた植木屋も、騒ぎに気付き顔を上げた。

「なんだ、どこの馬鹿だ。早馬なんぞやりやがって」

「何事だろうね。兄ぃ、あんまりだったら、橋を渡らしちゃあいけないよな?」

 よほどの火急でない限り、町中で馬を駆けさせてはいけない。町人が大怪我をする。用なく馬を走らせる、そんな世間知らずは誰にどうしばかれようと、文句は言わせない。商町も知らぬ存ぜぬを通してくれる。
 それを知り、守る、商町を根城にする血の気の多い輩が、ひとり、ふたりと、通りの店先から腰を上げ始めた。

 ぴぃ――っ、ぴっ
 ぴぃ――っ、ぴっ

 指笛の音が響いた。

 植木屋が目を細める。
 指笛は長い一音に切りの一音。馬で駆けて来る者が、早馬の知らせと、を知らせている。
 
 指笛を聞いた菓子屋が、卵を掴んだまま跳び出してきた。そして、縁台から腰を上げた植木屋が、答える指笛を上げるより先に、大声を上げた。

「っカワセミぃ――!」

 ばたばたと手を振る菓子屋。指笛をかき消された植木屋が、菓子屋に蹴りを入れてから、答える指笛を強く上げた。

 ぴぃ――っ
 ぴぃ――っ

 通りの先で呼応する指笛を聞き、いまだ駆ける馬から女が飛び降りた。

 女は手綱を掴んだまま馬と並走する。自警の者達がそれを見届け、自分の居場所に戻り始めた。早馬の相手が商町の者である事、また、合図の指笛を心得ている者である事を知ったのだ。
 何人かは女と顔見知りなのか、すれ違いざまに一言二言、叱咤と労いを掛けている。
 しばらくして、指笛を目印に、馬とカワセミが菓子屋の店へと駆けてきた。

 店前では、馬と共に駆けて来るカワセミを見て、植木屋の弟分が嬉しそうに声を上げていた。

「セミの姉ぇだ! 戻ってきたっ」

 元気よく跳ね、全身でカワセミに歓迎を伝える弟分。
 その隣で、立ち上がると体躯の良さと背の高さが、益々目立つ植木屋が、職人半纏の背を鬱陶しそうに斜に構え、菓子屋を一瞥した。

「菓子屋、水と手ぬぐいと桶。あと、泣くな。女々しい、それでも商町の男か」

「だってよぉっ……、会いたかったぁー」

 植木屋の冷たい目も、弟分の引き気味の姿勢にも構わず、菓子屋はむせび泣くようにして、娘の帰還を喜んだ。
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