上 下
28 / 51

アッシュ・テイラー、手紙に想う

しおりを挟む
 飲み会から数日経つと、悪友2人によって俺の現状は兵団内部で周知の事実となり、誤解は解けていった。
 暫くは団員たちからはからかわれ、「紛らわしいんだよー!」と腹やみぞおちに拳を入れられる。
 団長と副団長には休暇を取った間のことを報告し、礼を言ったところ、励ましの言葉をもらった。
 俺は人や環境に恵まれていると思う。
 サクラを落とすためのアピールに打ち込める、そんな大切な時期だが、俺とサクラの予定は暫く合わせられそうにない。
 その間に俺は、この国でのサクラへの誠実を示すことに決めていた。
 つまり、女性関係の清算である。
 当然のことだが、サクラと出会ってから女性と関係を持ったことはない。連絡も取ってない。
 だが、清算したというよりは、放置したようなもので、連絡する方法なんかはまだ残っていた。
 俺は遊んでいた相手に連絡を取り、全員に謝ってまわり全ての関係を断った。
 中にはかなり食い下がってくる子がいて、話を付けるのにかなり時間を要したが。
 暫くの間は毎日のように訓練前に頬に紅葉型を付けている俺を、同僚たちは優しい顔で放置してくれる。
 だが兵団のマドンナ、プラム・マーチだけは俺の頬を見て、嫌悪を表すように冷たい目で見てくるのだ。

「ねぇ、アッシュ。何かしたの?」

 アルトにそう問われ、俺は首をかしげる。

「いや、心当たりはないが……まぁ女性からしたら気分のいいことじゃないだろうな」

「まあそうだろうね。ん? マーク、どうしたの?」

 アルトはマークがマーチの去った方を見ていることに疑問を持ったようだ。

「……自業自得だな」

「誰が?」

「いや、何でもない」

 マークはそう言って視線を外す。
 俺とアルトはそこから特に言及しなかった。
 


 サクラと会えない日が続くと、彼女の書いてくれた手紙たちが俺の支えだった。
 俺は朝と夜に手紙を取り出し読み返すことが日課となっていた。

【 アッシュさんへ

 いつも楽しいお手紙ありがとうございます。
 今はアッシュさんが来ていた時よりも暑い季節になりました。
 公園には夏のお花が咲いていて、木々が青々と輝いていますよ。
 きっと植物園も以前一緒に行った時と、様変わりしていると思います。】

 ニホンは季節によって気温が大きく変動する国らしい。
 アーニメルタも多少の変動はあるが、地区ごとに気候が違うことの方が大きな地域差を生んでいる。
 この手紙の返事で俺は、また植物園に一緒に行こうと誘ったのだ。
 ほかの手紙を取り出す。

【 アッシュさんへ

 今日はピアノの試験でしたよ!
 アッシュさんも応援してくださったおかげで、実力を発揮できた気がします。
 アッシュさんとまた植物園に行ける日を楽しみにしています。】

 この手紙が届いたときは、嬉しくて夜にもかかわらず吠えてしまい隣の部屋の同僚が怒鳴り込んできたのだった。
 好きな女性が会うことを楽しみにしてくれているなんて、お世辞でも嬉しいに決まっているだろう!
 反省はしているが後悔はしていない。
 そして今日届いた手紙を開く。

【 アッシュさんへ

 今日は茶道のお稽古の日でした。
 茶道は季節感を大事にするので、道具とかいろんなものが以前と変わっています。
 今日はガラスの器で抹茶を立てたのですが、涼し気でとても美しかったです。
 いつもより浅い茶碗なので、こぼさないかハラハラしましたが何とか上手に立てられましたよ。】

 以前サクラは月2回、『サドウ』に通っていると言っていた。
 精神が落ち着き、無になれる瞬間があるのだそうで、稽古の時間が好きらしい。
 幼い頃からしているそうで、サクラの精神や凛とした雰囲気、佇まいにもそういった『サドウ』の癖が出ているのだそうだ。
 とても彼女に似合った習い事だと、『キモノ』姿のサクラを瞼の裏に見てそう思った。
 俺はサクラに似合う男になりたい、そのためにも女性関係の清算は絶対に必要だった。
 俺はサクラへの返信を書くためペンを取る。

【 サクラへ

 『サドウ』では季節によって、そんなにも道具が違うのか。
 茶を立てながらハラハラしている君を見たかった。
 きっとかわいいのだろうな。
 サクラがよければ、また稽古に参加させてくれないか?
 来週会えるのが今から楽しみで仕方ない。】

 そこまで書いてペンを止める。
 会いたい、好きだ、そう書いてもいいのだろうか? 重くないだろうか?
 だが会えない分、手紙でしっかり好意も伝えたいと思ってしまう。
 ペンを離してしばらく悩み、結局好きだとは書かなかった。会いたいは書いたが、好きは会ったときに直接伝えたい。
 俺は書き終わった紙鳥を飛ばして床に就いた。



 翌日届いたサクラからの手紙は、また茶会に招待するという旨と、来週の予定が短時間のランチであることを謝る内容だった。
 全く、サクラは律儀というか真面目な子だ。気にしなくてもよいのに。
 俺は短時間でも会って、傍にいられればそれだけで幸せなのに。
 サクラの丁寧でどこか柔らかい文字をそっと指でなぞった。
 文字からわかるサクラの面影に、どうしようもなく頬が緩む。
 まだ来週にもかかわらず、何を話すか彼女と会う日を指折り数えて待っている俺がいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...