上 下
21 / 51

アッシュ・テイラー、異世界ホームステイする⑤

しおりを挟む
 サクラの膝の上で目覚めるという幸福体験をした。

「よく寝てたね。神社に着いたよ」

 優しいサクラの声が甘く脳の奥に響く。
 サクラの腹部にぐりぐりと頭を擦り付ける。

「わん」

「ふふ。甘えたいの? いい子だね~」

 しばらくの間、サクラとじゃれあっていると、バサバサと羽音が空から聞こえてきた。

「お~。随分仲良くなったな!」

「やたちゃん、ありがとうございます! やたちゃんのおかげで、またわんちゃんと会えました!」

 やたちゃんは颯爽と『エンガワ』に降り立つ。

「いやいや。こいつもお嬢ちゃんに会いたがってたからな! サクラの嬢ちゃん、今週は時間あるか?」

「今週ですか? 大丈夫ですよ。試験もまだまだ先だし、余裕あります」

「そうか! 実はこいつが1週間ほど家に遊びに来てんだ。遊んでやってくれないか?」

「えっいいんですか?」

 サクラは驚いた顔で俺とやたちゃんを交互に見る。

「おう! お嬢ちゃんさえよければ、毎日迎えに行くし、土日もゆっくり遊べるぞ」

「毎日迎えに来てくれるの!?」

 サクラが俺を抱き上げ、視線を合わせる。

「わんっ!」

「やったっ! じゃあ休みの日は公園にお散歩行こうね!」

「わふっ!」

 嬉しさで尻尾が揺れる。
 サクラとギューッと抱き合う。
 さすがやたちゃん! だてに愛の伝道師を自称していないな。

「そう言えば、やたちゃん」

 サクラは俺を抱えながらやたちゃんに向き直る。

「ん? なんだ?」

「この子の名前、何て言うんですか」

「え、あ、名前か……なまえ」

 やたちゃんは狼狽えながら、左右に視線をさまよわせた後、俺にアイコンタクトを送ってくる。
 視線がどうするんだよ!? と問いかけてくる。
 おれは……サクラの胸に顔をうずめて気付かないふりをした。犬になりきる。
 頼むぞやたちゃん……。

「はぁ~。そいつの名前は、アッシュって言うんだぞ」

「えっ?」

 俺は息が止まったかと思った。
 やたちゃん何故だ! まさか本名を言うなんて!
 もうお終いだ! バレて、顔にキスしたことや、抱き着いたことを怒られる! きっと嫌われる!! 
 そっとサクラの顔を覗うと、ばっちり目が合った。

「アッシュって言うんだね! 私の知ってる人も同じ名前なんだよ!」

 バレて、ない?
 サクラに背中を撫でられながら、内心ほっと胸をなでおろした。

「あ、いけない。そろそろ帰らないと! また明日ね、アッシュ。やたちゃんも」

 アッシュ……サクラの声でそう呼ばれた。
 感激で、思わず自分の世界に入り込んでしまいそうだ。

「おうっ。また明日な」

「わんわわん!」

 サクラは俺の頭を一撫でしてから、俺たちに手を振り、自宅へ帰っていった。

「……で? 結局正体も明かさずいちゃいちゃしたのか?」

 サクラが見えなくなったところで、やたちゃんが鳥とは思えない低い声を出す。
 後ろめたすぎて辛い。

「うっ。いざサクラを見ると言えなくて……体が勝手に」

「お前、欲望に素直すぎるだろ……」

「……」

 返す言葉もない。いや返せる言葉が見つからない。
 やたちゃんが大きなため息をつく。

「はぁ~。そろそろ覚悟決めろよ? 嬢ちゃんの嫌がることはしたくないんだろ? なら隠さずさっさと正体伝えることだな」

「……ああ」

「好きな女を泣かすことほど、男にとってダサいことはねえぞ」

 やたちゃんの言葉は俺の心に深く突き刺さった。

***********************************

 翌日から俺は朝食を食べ終えると、『ダイガク』へ行くようになった。
 サクラの授業風景を見学し、授業が終われば子狼の姿になり門の前でサクラを待つ。
 一緒に下校しては、寄り道に川辺を歩いたり、広場でボール遊びをしたりした。

「アッシュー! 取ってきてー!!」

「わんわん!!」

 俺はたくさん走り回って、サクラは笑ってボールを投げてくれた。
 もう俺は完全に犬だった。
 そして日が暮れると、ケイの家へ戻って、子どもたちと遊びまわり就寝する。
 数日過ごすと、いろんなことがわかってくるようになった。
 例えばサクラはたくさんの授業に出席していて、『ホイクシ』という仕事はとても幅広い勉強が必要であるということ。
 その勉強が忙しいからとやたちゃんの言っていた『テニスサークル』というものに入るのを断ったこと。
 友人の中でメガネの寡黙な男子はサクラと座席が隣同士なことが多いこと。
 そのため、授業内容や課題によっては2人で話し合いながら作業しているものもあった。
 昼休憩も2人で課題をしていることも稀にある。
 そんな姿を見ていると、胸が痛くなる。
 サクラと男の関係も気になるが、サクラ自身の気持ちも気になる。その男の気持ちも。
 同級生の男に負けたくないと思うのと同時に、俺らしくもない不安な気持ちがわいてくる。
 俺自身がサクラの苦手なイケメンであることも、自信のない要因ではある。
 何故イケメンが嫌いなのか、それはまだ聞けていない。
 それに加え異世界の人間との恋を、俺自身がめんどくさいと嫌厭けんえんしていたこともあってか情けないことを考えてしまうのだ。
 俺よりこの世界の人間のほうが、サクラの相手にふさわしいのではないかと。
 サクラのことを大事にしたい泣かせたくない。
 異世界人である俺が、サクラに好きだと気持ちを伝えることが、重荷になりはしないか。
 サクラの学業の負担にはなりたくない。
 いや、本当はただ怖いだけだろう。
 サクラに告白して、振られることが怖いからこうして予防線を張っているんだ。
 俺は額を突き合わせるように本を覗き込むサクラとメガネの男を、木の陰からぼんやりと見続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冬のカフェからはじまる長いプロポーズ

藤井ことなり
恋愛
 イブの夜、起圭一郎は同棲中の恋人美恵とささやかだけどロマンチックな夜にしようとレストランで食事をするつもりだった。  しかしブラコンでかなり美人の女装男子である弟の恵二郎の登場によりめちゃくちゃになる。  どたばたの末、少々思い込みの激しい美恵にプロポーズをするが、そこから恵二郎と実家の事。そしてシスコンである美恵の兄、さらには美恵の親友が絡んできてなかなかゴールにつかない。  果たして圭一郎は美恵と結ばれるのか。

おじさんとショタと、たまに女装

味噌村 幸太郎
恋愛
 キャッチコピー 「もう、男の子(娘)じゃないと興奮できない……」  アラサーで独身男性の黒崎 翔は、エロマンガ原作者で貧乏人。  ある日、住んでいるアパートの隣りに、美人で優しい巨乳の人妻が引っ越してきた。  同い年ということもあって、仲良くなれそうだと思ったら……。  黒猫のような小動物に遮られる。 「母ちゃんを、おかずにすんなよ!」  そう叫ぶのは、その人妻よりもかなり背の低い少女。  肌が小麦色に焼けていて、艶のあるショートヘア。  それよりも象徴的なのは、その大きな瞳。  ピンク色のワンピースを着ているし、てっきり女の子だと思ったら……。  母親である人妻が「こぉら、航太」と注意する。    その名前に衝撃を覚える翔、そして母親を守ろうと敵視する航太。  すれ違いから始まる、日常系ラブコメ。 (女装は少なめかもしれません……)

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

処理中です...