引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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1巻

1-2

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『カイル? それは何?』

 母はまず、部屋の中央に鎮座ちんざする魔性ましょうの家電――こたつを指差して俺に聞いてきた。

『ああこれ? 大きめに作ってあるし、温かいから母さんも入ってみたら?』
『温かい?』

 母さんはこたつに足を入れた。そして次の瞬間には、至福の表情を浮かべた。
 翌日には母が呼んできた父が、その次には祖父と祖母が、次々に魔力起動式のこたつという沼にハマってしまった。
 それ以外にも母は目ざとく見つけた魔力起動式のクーラーや、魔石の魔力によって半永久的に動き続ける冷蔵庫などに関して矢継やつばやに質問してきて、俺はそれが何であるかをポロリと零してしまったわけだが……


「あれは恐ろしかった」

 回想を終え、思わず零れた俺の言葉に、赤の精霊様が耳聡みみざとく反応する。

「何のことだ?」
「女性たちによる、快適のための革命」
「ああ……あれは地獄のような光景だった」
「カイルは馬車馬のごとく働かされていたな。だがあれは、不用意に高度な技術を見せびらかしたカイルが悪い」
「それはそうですけど……今でも、あの時のことを思い出すと寒気がしますよ」

 そこで腹の虫が鳴る。
 気持ちを切り替えて、テントに入り、冷蔵庫から様々な食材を取り出す。
 当然だが、料理に関しては素人同然だ。作るのは野菜や肉を包丁で適当に切り分け、油を引いたフライパンに投入して調味料を適量使用し、味付けが出来たらしっかり火が通るまで待つ、野菜炒めだ。

「カイル~、白米はあるのかぁ~」

 匂いにつられてふらふらと赤の精霊様が歩きながら聞いてくる。

「こっちの鞄に、炊き上がった状態のかまを何合分も保存してありますよ」
「ポーチだけでなく鞄にも魔術が付与されてるのか?」
「これは俺が魔術を付与した普通の鞄です。最近になってようやく完成したんですよ」

 ポーチのみでも容量は足りているのだが、鞄もあれば分類することが出来る。サイズが大きな物は鞄の方に分けて入れる、という使い方をしている。
 黄の精霊様が鞄からいそいそと釜を取り出して、ホクホク笑顔で人数分のお椀にご飯をよそっていく。

「よし、いい感じだ」

 野菜炒めもタイミングよく完成したので、大きなお皿に移して食卓に持っていき、みんなで手を合わせてから食べ始める。
 うん、簡単な男飯ではあるが上手に出来たな。
 精霊様方を見回しても、味に関して文句はなさそうで、よかった。

「今日はこれで寝ますね」

 ご飯の片付けも終え、俺が言うと赤の精霊様がハイテンションで言う。

「ほ~い、お休み……なら私たちは、こっちで晩酌ばんしゃくでもしようぜ~」

 俺はそのままベッドに潜り込み、目を閉じる。
 酒盛りする精霊様方の声を遠くに感じながら、明日の平穏を願って眠りにつく。



 第二話 城塞都市じょうさいとしメリオス


 翌日、目が覚めた俺は精霊様方をさがす。
 すると、なんと彼女たちはまだ食卓にいた。
 食卓の上や周囲には、精霊様方が里から買ったりもらったりしていた酒瓶さかびんの数々が散らばっている。

「結局朝まで飲んでいたんですか?」

 俺が聞くと、緑の精霊様は赤ら顔でこちらに振り返る。

「うん? もう朝か? 久々に外に出たからな。ちょっとばかり浮かれていたようだ」
「空いている瓶は分かりやすいように分別して、鞄の方に入れといてくださいね。再利用出来るかもしれませんから」
「分かった、鞄だな。カイルは今からどうするんだ?」
「少しばかり体を動かしてきます」

 そう言いながら俺はテントの外へ出て、軽く体を動かし始める。
 数十分運動して、固まった体をほぐし終えると、再びテント内に戻って朝食の準備を始める。
 冷蔵庫から卵、それからハムとバターを取り出す。

「朝食は、簡単なサンドイッチと目玉焼きでいいかな」

 まず最初に、サンドイッチ用にスクランブルエッグを焼いていく。そして焼き上がったスクランブルエッグを、その道数百年であるエルフのパン職人が作った食パン(里を出るに際して買い込んでおいたのだ)に挟み込み、包丁で丁寧に切り分けていく。
 初めてエルフのパン職人のパンを食べた時は、その味にものすごく感動したものだ。数百年修業を積んできた職人の腕にかかれば、シンプルなパンを焼き上げただけでも、レベルの違う美味しさになる。

「皆さん朝食が出来ましたよ。温かい内に食べてくださいね」

 そう呼びかけると、精霊様方は体に残った酒精しゅせいを自分たちで完璧に分解し、素面しらふのまま食卓につく。
 こういう機能は人類種にも欲しいよな。
 日本で生きていた頃は酒を飲まなかったが、心機一転この世界で初めて酒を飲んで二日酔いになった時に、この能力のことを聞いて心底うらやましいと思った。
 朝食を済ませて、使った食器類を洗って乾かしてから、移動の準備を始める。移動に必要のないものはテントに残し、そのままテントを片付けて鞄にしまい込む。

「じゃあ、今日も飛んでいきますか」

 それからは途中昼食や夕食を食べたり野宿をしたりして英気を養いつつ、オークなどの魔物を倒しながら順調なペースで移動した。
 彼我ひがの実力差すら分からないチンピラまがいの奴らに絡まれる――なんていうテンプレ的な場面もいくつかあったが、素早く対処して空の旅に戻る。
 時々精霊様方が気になった森や山、湖などに寄り道をした。そこにいた訳アリな精霊や竜種の手助けをしたため、少しそれで時間を食ってしまった。


 そんな長い移動を終え、俺は兄の勤める魔術大学のある国にたどり着いた。
 ここはウルカーシュ帝国。俺たちの住む大陸の西側に存在する、この地域では最大の国家である。ちなみに故郷の里は、大陸中央からやや東寄りにあるため大陸の反対側に来たようなイメージだな。
 ウルカーシュ帝国は独裁国家ではなく、種族差別のない、実力主義寄りの考え方の国。外交も盛んに行っており、敵対する国もあるが、その大半は何かと難癖を付けてくるような問題のある国ばかりらしい。
 俺は大人しく城門へと続く列に並ぶ。
 この門を抜けた先にあるのは城塞都市メリオス。帝国の最東端にある、帝国軍などの軍関係の施設が多い都市だ。
 暫くすると自分の順番が来たので、衛兵さんに、兄さんが事前に用意してくれていた身分証代わりの書類を見せる。何日か前に、兄さんの鳥系統の使い魔が渡しに来てくれたのだ。
 ちなみに精霊様方は基本的に俺を含めた里の者の前でしか姿を現さないので、現在は非実体化していて俺以外の者たちからは視認することは出来ない。
 ちょっとした質問を二、三受けてから、最後に水晶玉のような見た目をした魔道具に触るようにと言われたので素直に従う。
 この魔道具は、俺の同類であるところの転生者がかつて作ったものらしい。触った者に悪意があるかどうかを感知出来る、特殊な術式が付与されている魔道具がある――と兄さんから聞いていたのだが、これのことだったんだな。
 当然のことながら、俺には悪意が微塵みじんもないので、水晶の魔道具は反応なしだ。衛兵さんに、そのまま進むようにと促される。
 城門を抜けると人だかりがあったので、それを避けるように近くにあったベンチに腰を下ろす。
 俺は事前に念話を使って兄であるレスリーに連絡をとり、今日ウルカーシュ帝国に着くことや、もうすぐ城門を抜けるということを逐一連絡していた。なので、てっきり先に到着して待ってくれているものだと思っていたのだが……
 キョロキョロと周りを見回すが、兄さんはいない。
 仕方なくそこから五分、十分と待ち続けるが、それでも兄さんは現れない。
 兄さんは真面目で、集合時間の十分前には集合場所に必ずいるような男だ。何かアクシデントでもあったのだろうか。
 俺は念話を飛ばして確かめてみることにした。

『兄さん、城門の近くで時間を潰してるけど、忙しい? もしまだ着かないようだったら、宿を探しつつ待っていようかと思うんだけど』
『すまん、今向かうから待っててくれ』

 そんな兄の言葉に従って少し待っていると、兄さんと共に姉さんが、こちらに向かって歩いてきた。
 え? なんで姉さんが……?
 それに姉さんの後方に視線をやると、姉さんのパーティー《月華げっかつるぎ》のメンバーであるリナさん、セインさん、ユリアさん、モイラさんもいることに気付く。
 そんな風に不思議がっている俺の肩を、兄さんがポンと叩く。

「カイル、久しぶりだな。お前が里の外にいるだなんて、奇跡みたいだな」
「久しぶり、兄さん。奇跡は言い過ぎじゃない? それに今回は、母さんたちが心配するから仕方なく里を出ただけさ。好き好んで里の外まで出歩きたくないっていう俺の気持ちは変わらないよ」

 すると、いつの間にか俺を囲んでいた《月華の剣》のメンバーたちが俺の腕や肩をがっしりとつかむ。
 ……圧がすごい! それに掴む力が強くて動けない!
 姉さんが、ゆっくりと近づいてくる。そして、俺の耳元でささやく。

「暫くは実家に帰れると思うな。カイル、お前は色々と器用で、何でも出来るからな。き使ってやるから感謝しろよ?」
「……冗談だよね? 何日か帝国を観光したら、里までゆっくりと帰る予定なんだけど」

 俺がそう問うと、兄さんが落ち着いた声で言う。

「カイル、諦めろ。お前がすぐに里へ戻ろうとするのは目に見えていたからだろうな、父さんや母さんたちから『カイルには暫く帝国で生活してもらうから、手助けしてあげてほしい』って念押しされているんだ。まぁここでの生活は、お前にとってもいい刺激になるだろう」

 俺はだまされたことに肩を落とす。
 とはいえ、落ち込んでいても始まらない。
 仕方なくではあるものの、この国で生活をすることを受け入れざるを得なかった。
 気持ちを切り替えて、俺は姉さんに気になっていたことを聞いた。

「そもそも、なんで帝国に姉さんがいるんだよ。母さんから少し前に手紙で『別の大陸に暫く稼ぎに行ってくる』って連絡をもらったって聞いていたんだけど?」

 レイア姉さんは、一度決めたらすぐに行動する決断の早い人だ。手紙が送られてきたのが、俺が里を出る三日前のことだったし、てっきり姉さんはこの国から既に出ているものだと思っていた。
 姉さんは答える。

「あぁ、それか。帝国から出て、北の森に入りかけていたところで母さんから、『カイルが遂に里を出ることになった』って念話で連絡が来たから、がたなで引き返してきた」

 そんな俺らの会話を聞いていた兄さんが口を挟む。

「私も驚いたんだ。レイアが出ていったと思ったら、すぐに戻ってきたんだから。何かあったのかと思い母さんや父さんに確認したら、遂に問題児が外に出ると聞いてな」
「なるほど、見事に情報が筒抜けだったわけか……それで、何をすれば良いのさ?」

 俺が聞くと、姉さんは首を緩やかに横に振る。

「まあ落ち着け。今日はこの街で一休みして、扱き使うのは明日からだ。宿で今後の説明をする」

 こうして全員で移動し始めたのだが……さっきから周りの視線を感じる。
 好意的なものから、嫉妬心しっとしんの込もった視線まで様々だ。
 兄さんや姉さんはこの街で人気があると、母さんが嬉しそうに語っていたのを思い出す。
 改めて周囲に意識を向けてみると、嫉妬の視線を送ってくる女性の多いこと多いこと。《月華の剣》は女性のみで構成されていることもあり、女性冒険者の憧れの対象らしく、ただ尊敬している者からガチ恋勢まで、幅広いファンがいるんだとか。
 そんな視線に意識を向け続けていると寿命が縮んでしまいそうなので、俺は俺がやらされることの詳細について聞いてみる。宿で話すとは言われたものの、前情報が早く欲しい。

「さっき北の森に入りかけてたって言っていたけど、北の森に何かがあるの?」
「そうだ。ちょうど十日前くらいにメリオスに戻ってきたんだが、ギルドの方から少しばかり北の森がキナ臭い状態になってきていると報告を受けてな。いくつかのパーティーで協力して、調査をすることになった。それを手伝ってもらう予定だ」
「もしかして、群れが生まれたの?」
「まだ分からん。だが、魔物の目撃例が先月に比べてわずかだが増え続けているのは確かだ。森の奥の方も、強い個体の数が増えているらしい」

 話を聞きながら俺は、タイミングが良かったなと思っていた。
 帝国の戦力がどの程度か知らないが、姉さんたちの実力は、この世界の標準以上なことは確かだろう。まぁ引きこもっていたので、この世界の標準が分からんが、あれだけ強い姉さんが標準以下だとは考えたくない。
 姉さんは続ける。

「明日の朝一番に竜車りゅうしゃに乗って、北の辺境にあるハリアンに向かう。ウルカーシュは広いから移動だけでも大分時間がかかるしな」
「了解」

 荷車を引く土竜どりゅうも生きているので、食事や睡眠、休息が必要だしな。
 ちょうど話が一段落したタイミングで兄さんが立ち止まる。

「あーすまん、私は大学に用事があるからここでお別れだ」

 魔術大学は宿とは方面が違うそうなので、兄さんとはここで一旦別れることに。
 姉さんの手伝いが一段落したら再会しようと告げて、兄さんは去っていった。
 仕事が忙しい中、わざわざ時間を作って迎えに来てくれたみたいだな。
 今度会う時には、特別製の疲労回復の薬か魔道具でも譲ってやろう。
 その後、鍛冶屋や街の市場などを巡って食材を買い込もうとして金がないことを思い出し、先に道中で討伐したオークの素材を冒険者ギルドで換金することにした。
 市場から歩き続けて数分で、剣と盾の描かれた看板が軒先のきさきにぶら下がっている建物に到着する。ここが、冒険者ギルドなのだろう。
 建物内に入ると、最初に姉さんたちに視線が集まり、次に俺に視線が移る。男性も女性も、少しばかり怪訝けげんな表情をしている。「何だアイツは?」なんていうささやき声すら聞こえてくる。
 姉さんたちは普段から慣れているのか、全く気にした様子もなく、窓口の一つに向かっていく。

「ジョニー、オークの素材の買取を頼みたい」

 姉さんが話しかけたのは、金髪リーゼントで三十代ぐらいの、ほおに傷のある人間族の男性だ。一見キケンな香りがする見た目だが、俺はこの人から職人の雰囲気を感じ取っていた。
 男性――ジョニーさんは自分がどう見られているかを理解しているのだろう。動じていない俺を見て少しばかり驚いたように目を見開いたが、すぐに姉さんの方に視線を戻す。

「久しいな、レイア。そこの新顔のエルフは?」
「こいつは私の弟だ。当座の金が少しばかり必要になったんで、弟の素材の買取を頼みたい」
「弟? なるほどな。俺を見て全く動じた様子がないなんて中々ねぇことだと思ったが、それなら納得だ。俺の名前はジョニー。この冒険者ギルドの、買取・解体担当の一人だ」

 俺はジョニーさんが差し出してきた手を握り返しながら、自己紹介する。

「初めまして、レイアの弟のカイルです。今回は、オークの素材を十体ほど買取していただきたくて、こちらを紹介されました」
「レイアとは正反対に礼儀正しい弟だな。十体か……ここで鑑定するとなると少しばかり手狭になる。奥に倉庫があるから付いてこい」

 それを聞いた姉さんは俺に言う。

「カイル、私たちはここで待つ」

 俺は頷いてから、ジョニーさんに付いていく。
 オークの分類は魔人種・猪人族オーク。人類種に対して非友好的な種の一つだ。起源は古く、善神と悪神の戦争において悪神側が魔物・魔獣の因子を無理やり人類種に掛け合わせたことによって生み出した――と言われている存在。つまりは、合成獣キメラの一種である。
 かつての戦争において幾度も実験が繰り返され、それによって様々な種が生まれたらしい。
 伝承によれば、善神や悪神両陣営に過激派が存在していて、そいつらがこういった悪趣味なくわだてを行ったとのこと。そしてその思想は現代においても未だ暗い影を落としているとか……

「ここでいい。出してくれ」

 倉庫に着くと、ジョニーさんが振り返って言う。

「分かりました」

 俺は事前に解体しておいたオークの皮と、睾丸こうがんや肉などの素材を十体分取り出した。
 すると、ジョニーさんは感嘆の声を上げる。

「こりゃ綺麗な解体だな。処理が丁寧で傷も少ない。こっちの皮はどうする? 多少の金にしかならんが買い取れないことはない」
「良いんですか? じゃあお願いします」
「おうよ」

 そのまま精算を終えて、ホクホク顔のまま、ギルド内で待っていた姉さんたちに合流しようとする。そこには、姉さんたちを中心にして、人が集まっていた。
 人ごみの中でも姉さんは俺が戻ってきたのに気付き席を立つ。そのままこちらへ歩いてくるが、俺と姉さんの間に、五人組の男だけで構成されたパーティーが立ちふさがる。

「おいおい、《月華の剣》の連中がついに男をメンバーに入れたと聞いて見に来てみたら、同族エルフのナヨっちい奴だとはな。こんな奴を入れるくらいなら、俺たちと連盟クランを組んだ方がよっぽど有意義だぜ!」

 リーダーらしき男が言うと、他の四人も姉さんに向かって「そうだぜ‼」やら、「俺たちと組みゃあ、ダンジョンの最下層にだって余裕で行けるぜ!」などと、鼻の下を伸ばしながら口にする。
 観察した感じ身のこなしにも無駄が多いし、女目当ての荒くれ冒険者ってところか……。
 しかし、姉さんはガン無視。一瞥いちべつもくれないどころか、存在すら認識していないかのように俺の目の前まで来ると口を開く。

「精算は済んだか?」
「終わったよ」
「そうか。それなら、時間をあまり無駄にはしたくないし、先程の市場に戻るぞ」
「助かるよ」

 ちなみに姉さん以外の《月華の剣》のメンバーは、姉さんと俺が注目を集めているすきに静かにギルドを出ていた。
 上手いなぁ。誰にも気取けどられずギルドを出ていくなんて、余程隠形技術スキルが高くなければ出来ない芸当だ。
 そんな風に感心しながら姉さんと一緒に移動しようとすると、ついに我慢出来なかったのか、リーダーの男が姉さんの肩を掴んで止めようとする。
 ――その瞬間、姉さんから濃密な殺気が放たれる。
 流石にそれを感知する程度の実力はあるということなのだろう、荒くれパーティーは一瞬で距離を取る。

「……死にたいのか?」
「…………っく」

 姉さんの殺気にビビってしまったリーダーの男は、何も言えずに黙り込んでしまう。
 それにしてもここまで嫌悪感をあらわにする姉さんは久々に見たな。

「行くぞ、カイル」

 姉さんのあとに付いてギルドを出る。
 外に出るまで、背中にリーダーの嫉妬や殺意の混じった視線が絡みついてきて気分が悪かった。
 これが何かのフラグにならなければいいのだが……などと思いつつ、市場で買い物してから宿に向かった。
 ◇   ◇   ◇   ◇
 メリオスに到着した翌日に街を出て、十日が経った。
 ようやく、北の国境に隣接する辺境都市である、ハリアンが見えてきたところで、姉さんが言う。

「いつもはもっと日数がかかるんだがな。カイルの与える食事がよほど良かったんだろうな」

 その言葉に、サブリーダーであるリナさんが頷く。

「そうね。今まで何度か利用したことあるけど、ここまで早いペースで移動出来ているのは初めてよ」

 土竜は、里に近い場所にある湖の周辺にみ着いているのだが、野良のらの若い竜種は基本的にプライドが高い。それは竜種がこの世界において生まれた時から生態系のヒエラルキーの上位に位置し、まともに戦える敵対種が少ないことに起因する。
 その高慢さを、親竜が肉体言語で矯正きょうせいすることで、精神が老成していき、穏やかな性格になっていく。
 また、竜種は人語を解するので言葉を介したコミュニケーションを取ることが出来る。だから、好物を褒美としてもらえるとなれば張り切ってくれるのである。

「姉さん、里の近くに土竜のがあったの覚えてる?」

 俺の言葉に、姉さんは頷く。

「覚えてる。昔、一度だけ迷い込んで世話になった」
「この土竜さんに食べさせたのは、里の近くの土竜の長――ボーデンさんにお墨付すみつきをもらった食事なんだ」
「なるほどな。それでこんなにやる気になっているということか」

 ボーデンさんは三千年以上生きている、竜種の中でも年配の竜。思慮深く、豊富な知識や戦闘の経験といったためになる話から、土竜の夫婦間での修羅場に関してなど、色々な話を聞かせてくれた。
 そして俺にとっては、土属性魔術の師匠の一人でもある。ボーデンさんは俺と同じで、シンプルな魔術を好んでいる。それもあって仲良くなった。
 ハリアンの関門に並ぶ俺と姉さんの話をかたわらで聞いていた土竜が、興味深げに語りかけてくる。

『貴殿は、ボーデン様と交流があるのか?』
「はい、そうです。貴方も、ボーデンさんとお知り合いなんですか?」
『そうだ。私は千歳ほど年が離れているが、魔獣たちとの戦争の際に何度も助けていただいたんだ』

 俺はボーデンさんに聞かされた話を思い出し、応える。

「その話なら聞いたことがあります。竜種の中で、一番槍の栄誉に浴していたと誇らしげに話していました」
『そうだ。私も一番槍の部隊の中の一人だった。あれは――』

 それから俺と土竜は戦争のこと、そしてボーデンさんのことで会話に花を咲かせた。
 名前はソイルさんというらしく、穏やかで話しやすい性格だと感じた。
 そんなこんなで話しながら進んでいると、城門まであと数人のところまで来ていた。すぐに順番が来たため、衛兵にメリオスで作った身分証代わりのギルドカードを見せて通過する。

『私は基本的に、この都市の東地区にある、牧草地帯に住んでいる。基本的には誰でも出入り自由だ。時間があれば、また語り合おう』

 竜者を引くソイルさんとはここでお別れだ。
 俺はソイルさんに頭を下げる。

「分かりました。またお会い出来る時を楽しみにしています」
『うむ。ではな』

 ソイルさんは、ノッシノッシとゆっくり歩いていく。
 ハリアン行政府には荷物を運ぶための竜や馬を休ませるための施設があるらしく、その施設の担当者に先導されながら、ソイルさんは、笑顔で彼に纏わりついてきた街の子供たちを背に乗せて去っていった。


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