引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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1巻

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 第一話 旅立ち


 二十五年の生涯しょうがい――日本で過ごした一度目の生涯を振り返ると、無難な人生だったという感想が真っ先に思い浮かぶ。
 普通で、無難で、大きなストレスを抱え続けなくてはならなかった人生。
 どれだけ普通に生きようとしたところで、働いていれば時間に追われることになる。そんな『時間に追われる感覚』は、俺がどうしても慣れたり好きになったり出来ないものの一つだった。
 だから、特に何かに追い立てられず本を読む時間は、何物にも代えがたいほどに好きだったのだ。ただ、そんな読書中に不摂生ふせっせいがたたり、そのまま死んでしまったというのは、なんだか皮肉な話ではあるけれど。
 しかし、俺は転生という形で、二度目の生をけることになる。
 転生先は、広大な森の中にあるエルフの隠れ里。
 当然家族は全員エルフだ。勝気な姉や穏やかな兄。両親や祖父母も、いつもニコニコしているような人たちだった。そして何よりも嬉しかったのは、エルフの里は基本的に自由を重んじる傾向があることだ。
 狩りなどで外に出る人たちの中にはある程度の規律が存在するが、それでも前世に比べればゆるい方。里の住民の大半は日が昇ると同時に目を覚まし、仕事や家事に手を付け始めるような生活を送っている。
 この世界の成人年齢である十五歳になると、里の外に出たり里のびとになったりする者もいるが、それだって強制じゃない。現に俺は三百五十八歳にして未だ里を出たことがない。
 今まで里を出ろなんて言われたこともないし、これからだって出る気はない! と思っていたのだが……


「それで? カイルはどうするの?」

 そう問いかける母の視線は、真剣でありながらも、少しの呆れと心配をはらんでいる。

「どうするとは~?」

 久々に実家に戻ってきていた俺は、リビングのソファーでダラダラしながら緩~く聞き返す。
 流石さすがに十五歳にもなって実家に世話になるわけにはいかないと、普段は成人した時に建てた自分の家で一人暮らしをしている。そして、守り人の狩りに同行したり、エルフらしく精霊様や妖精たちと一日たわむれたり、近所の子供たちの世話をしていたりと悠々自適な暮らしをしているのだが、どうやら母はそれを見て不安になっているらしい。
 母は大きく深いため息を一回吐くと、言葉を介さず思念を使って会話する通信魔術の一種である【念話ねんわ】を使い誰かと会話を始める。
 そしてしばらくしてから、何かを決心したような表情で口を開く。

「カイル、貴方あなたには里の外に出てもらいます」
「え⁉ 突然どうして⁉」

 驚く俺に、母がとうとうと説明してくれた。
 里に引きこもることで里の者の見識がせまくなってしまう懸念があるため、外に出て世界を知る期間を設けるべきだという考え方が、五百年くらい前に先代の里長さとおさによって広められた。それに里の大人たちも同意し、以降は成人を迎えた者は里を出て旅をすることを慣習とすると決まったそうだ。だから、性格や人格的に問題のある者などを除き、大半の里の者たちは外の世界に一度は出たことがあるらしい。
 しかし、俺は一向に自分の意思で外に出ない。このまま俺が外に出ない様子を子供たちに見せ続けることで、悪影響が出かねないと里の話し合いの議題に上がったみたいだ。

「親からの贔屓目ひいきめだってことを差し引いても、カイルは歴代の里の守り人や戦士におとらないどころか、その上をいくほどに優秀だと思うわ。実際に今の里の戦士よりも遥かに強かった先代をよく知る里長も、カイルのことは手放しで褒めていたのよ」

 母の言葉に、俺は頷く。

「へぇ~、そうなのか。知らなかったよ」

 再びため息を吐く母。
 そんなやり取りをしていると父や祖父母も部屋に入ってくる。ジワリと、嫌な予感と共に冷や汗が背中を流れる。
 祖父が俺に言う。

「昔からかんの良いお前のことだ。わしらの言いたいことももう理解しておるな?」
「いや、全く」

 しらを切り通そうとしてみたが、シンクロした、全員の深~いため息を頂戴ちょうだいしてしまった。
 分かっているさ。しかし面倒くさいのだ。
 それにエルフは、美男美女が多い。男性はきたえ上げられた肉体を持ち、女性は日本や世界のトップモデルのような素晴らしいスタイルをしている。そのため、奴隷どれい商人や国から狙われやすい。それを、外に出て実感する者も多いと聞いている。
 俺にとって、今の環境は楽園パラダイス。わざわざ狙われやすい環境に身を置いて、神経をすり減らすようなことはゴメンだ。
 しかし、祖父は言う。

「カイル、これは長の決定である。流石のお前も、長に逆らうことはせんだろう?」
「な、なん……だと⁉ それは本当なのか?」
「そこまで芝居がかったような驚き方をしなくてもよい。それになんだかんだ、お前も外の世界に興味がないわけではないのだろう?」

 俺は内心でため息を吐く。
 祖父は勘違いをしている。本当は外に興味があるが、言い出せないとでも思っているのだろう。
 しかし、そんな俺の内心を吐き出す余地すらなく、祖父の話は進む。

「カイル、とにかく自分のペースでよいから、一度は外の世界を見て自分の見識を広めてきてくれ。そうすればお前のためにもなるし、儂らも安心出来る」

 俺は後頭部をきながら、大きく息を吐く。

「まあ、少なくともみんながそれで安心出来るのなら仕方がない。暫くはここともお別れだな~」
「……もう少ししぶるかと思ったんじゃがな」
「いや、家族にそこまで心配されたら、流石に嫌とは言えないよ」

 俺の言葉にみんながホッと安堵あんどする。そこまで心配させていたとは思わなかった。少しばかり反省しなければいかんな。

「それと、精霊様方にも挨拶を忘れるなよ。あの方々は気難しいからな。あと、師たちも心配していた。一人一人に挨拶を忘れぬようにな……ようやく肩の荷が下りるわい」

 祖父の疲れ切った言葉は聞かなかったことにした。
 俺のメンタルにひびが入って、泣きたくなるから。
 それはさておき、里を出るとなったはいいが行き先を決めねばならない。
 俺は家の外に出て、既に里の外で活躍している親族の顔を思い起こす。
 最初に里から出た穏やかな兄――レスリーは、どこかの魔術大学の先生をしているらしい。彼は昔から魔術が得意で、狩りにおいても弓よりも魔術の方が得意な後衛タイプだ。だからと言って、近接戦も苦手なわけではないが。
 最後に会ったのは五、六年前。久々に里に戻ってきた兄は、自分の暮らしている国に遊びに来ないかと、やんわり俺を外に連れ出そうとしてきた。その時は精霊術を使って一週間ほど森の中に潜んであきらめてもらったっけ。
 一方で、勝気で男勝りな姉――レイアは冒険者になっている。姉は兄とは逆に近接戦をメインにしつつ、付与エンチャントを中心とした補助魔術を巧みに操る魔戦士だ。兄と入れ替わりで里に帰ってきたが、その時にパーティーを組んでいた女性たちも連れてきたようで、一悶着ひともんちゃくあったな。
 ここは隠れ里なので、いくら仲間パーティーメンバーだとしても事前に相談なしで里の外の者を連れてくるのはあまりよろしくない。しかし、俺の家で昼寝していたお偉い精霊様方が軽い感じで許可したので、結果十日ほど滞在していった。その際、姉にも仲間の方にもものすごく絡まれた。面倒に思った俺は、精霊様方の許可なしには入れない特別な空間に逃げ込んでことなきを得たのだ。
 両親に確認したところ、兄の直近の手紙に記載されていた勤務地は以前と同じものだったとのことなので、まずは兄に会いに行くとしようか。
 そんなことを考えながら歩いていると、精霊様方の住処すみかに到着する。
 目に映る光景に足を止める。思わず眉間みけんにシワが寄るのが分かる。見間違いであってくれと祈りながら両目をほぐしても、現実は変わらない。
 すると、一番近くにいた精霊様が俺に気付く。

「みんな、カイルが来たぞ」

 言葉を発したのは、肌以外の髪や目などが全て緑色な女性だ。そして、女性の言葉に反応して俺の周りに集まってきたのは、赤・青・黄色の女性たちだ。

「精霊様方、その荷物、もしかして俺に付いてくるつもりです?」

 そう、なんと精霊様方は荷物をまとめていたのだ。
 否定してくれという俺の内心の願いもむなしく、緑の精霊様は胸を張る。

「当然だ。ここ最近はのんびりほのぼのしていたが、お前に付いていけば、何かしらの楽しいことが起こるかもしれないからな」
「今日まで退屈だったが、お前が外の世界にようやく出るのだろう?」

 赤の精霊様の言葉に、俺は一瞬嫌な顔をしてしまったのだろう、精霊様方はニヤニヤし始める。
 他人事だと思いやがって。精霊様方からしてみれば暇潰しでも、俺にとっては楽園からの一時的な追放みたいなものだ。

「そんな心の底から嫌そうな顔しないでよ~。は、外の世界で価値観の違いなどからストレスを溜めてしまうから里を出たくはないんでしょうけど」
「だけど好き嫌いは良くない」

 青と黄の精霊様も言うが、そんなのは何度も考え、葛藤かっとうしてきた。

「分かってますよ。それでも平和なぬるま湯にかっていた身としては、理解は出来ても納得は出来ないんですよ」

 この四人は、精霊のランクの中でも最高位に近い超高位存在。
 そんな四人は俺を転生直後から見守ってくれている。俺の異質な魂の気配を感知し、赤ん坊の頃から俺の様子を逐一ちくいち交代で観察していたらしい。それから暫くして、誰もいない時を見計らって俺だけに見えるような形で顕現けんげんし、直接接触してきた時が、俺との付き合いの始まりである。
 この世界には、四人のような超高位存在が複数存在する。その者たちの中で共有している情報の一つが、『この世界以外にも、世界もしくは惑星が複数存在する』というものだ。
 過去にもこの世界に魂が流れ着くことがままあり、善に生きるものもいれば、悪戯いたずらに悪に走るものも存在したらしい。だからこそ、俺に対して警戒をしていたのだが、実際にコンタクトを取ってそれが杞憂きゆうであると知った――というのが精霊様方の談である。

「だが長命のエルフとして生まれたからには、ある程度の折り合いも必要だ」
「分かりました。肝にしっかりとめいじておきます」

 緑の精霊様の言葉に素直に頷き、この話を強制終了させようとしたが――

「あー、だが、君が外の世界との価値観の違いに押し潰されないか心配だなー」
「そうよねー。心配よねー。ケア出来るようなメンバーたちが必要だよねー」

 赤と青の精霊様が棒読みで言ったあとに、四人の精霊様が顔を見合わせてからニンマリ笑顔で頷く。長命な存在ほど、暇潰しのネタにえていて、すぐにそれに食いつく。
 俺はもうどうしようもないのだろうとなかば諦めている。

「止めてくださいよ、そんな露骨な棒読みは。どうせ、俺が断っても勝手についてくるんでしょ? それより長や長老衆の説得は自分たちでしてくださいよ。俺はあの人たちに比べると、若造も若造なんですから」

 俺が言うと、緑の精霊様はなんでもないことのように頷いた。

「分かってる。ちゃんと筋は通す。我々もこの里には愛着があるし、過ごしていて心地良いので、仲良くやっていきたいと思っているからな」

 そこから予定のすり合わせを行い、俺は精霊様方と別れて次の目的地に向かう。
 暫く歩き、到着したのは里の中心部にある鍛錬場。

「よお、カイル。ついに、強制的に里の外に出されるんだってなぁ」

 ニヤニヤしながら話しかけてきたのは、外見年齢三十代中盤、実年齢六百代のチョイ悪な親父。スポーツ刈りで、がっしりした体格。ありとあらゆる得物えものを扱える、万能型の戦士だ。徒手格闘としゅかくとうと武器の扱いは、このチョイ悪親父ことヘクトルじいに教わった。彼は狩りに関する知識や、対人・対魔物の戦闘などに関する知識や経験が豊富な、厳しくも優しい師の一人である。


「ようやくですね。カイルには一度は世界の広さを実感してほしかったので、これを機に見識を広めてほしいと思います」

 そう言ってくるのは、外見年齢二十代前半、実年齢四百代の女性。腰まである綺麗な髪に、エルフらしからぬ豊満過ぎるほどのグラマラスな肉体を持つ、りんとしたカッコいいお姉さん系美女――ルイス姉さんである。
 彼女はこの世界で十本の指に入るほどの魔術の実力を持つ魔女であり、俺の弓と魔術の師匠でもある。万能なヘクトル爺をして、この二つに関しては″絶対に勝てない〟と言わしめるほどの女傑じょけつだ。ちなみに、姉さん呼びは強制である。

「ヘクトル爺、ルイス姉さん。ついに俺も外の世界に行くことになってしまったよ。でも安心してくれ。二、三ヶ月くらいで帰ってくるつもりだから」

 俺がそう言うと、ヘクトル爺とルイス姉さんは首をゆるゆると横に振る。

「いやいや。二、三ヶ月ってよぉ。そこまで急いで帰ってこなくてもいいんだぜ?」
「そうです。カイルがもっと成長するには、外の世界に触れることが必要です。どんなことでも、自身で経験することが重要です」

 俺は嘆息たんそくする。

「俺はそんなことよりも、楽しく平和に暮らしたいだけなんだがなぁ」

 ヘクトル爺はスケベな爺なので、外での女性との恋愛を面白おかしく教えてくれた。だがその話をしている時には、ルイス姉さんがどこからともなく現れ、二人そろって折檻せっかんされるまでが一連の流れだった。
 ルイス姉さんは少しばかり堅物かたぶつ。彼女は若い頃に大分苦労したようで、その様々な経験について鍛錬中によく聞かされた。経験談は楽しいものからドン引きするようなものまで多種多様で、幼い俺にとっては物語の読み聞かせみたいで面白かった。
 改めて思い返してみても、二人から多くを学ばせてもらったなと思う。
 とはいえ、やはり外に出るのは億劫おっくうだなぁ……なんて思っている俺に、ヘクトル爺とルイス姉さんは師匠らしい言葉をおくってくれる。

「学んだことを忘れなきゃいい。余程の化け物相手じゃなきゃ大丈夫だろうよ」
「そうですね。外の世界にはヘクトル様のような万能型から、種族の強みを生かした一点特化型、特殊な魔術や異能を連綿れんめんと受け継いで特殊な戦い方をする一族も存在します。くれぐれも、油断や慢心まんしんを捨てて励みなさい」
「それと、強者との手合わせも大事だが、人生のいろどりも忘れるなよ。お前の兄貴のいる国にも、楽しむところはあるんだろう?」

 そう言って、ヘクトル爺は男女の営みを両手を使って表す。その瞬間、俺たちの周りの空気が一気に冷えていく。吐く息が白くなり、体温も急激に下がる。
 ルイス姉の機嫌が途端に悪くなっているのが見て取れた。
 ヘクトル爺は、任せろとばかりに親指をグッと立てている。

「ヘクトル様。あまりカイルに変なことを吹き込まないでください‼」

 ルイス姉さんが、ヘクトル爺に魔術をぶっ放し始める。俺は巻き込まれないように静かに、そして素早く、気配を気取られないようにする技術である隠形おんぎょうを使いつつその場を離れる。

「毎度毎度、疲れないんだろうか、あの二人」

 未だに何かの破砕音などが鳴り響く方を見つつ、素直にそう思う。ヘクトル爺は毎回無傷で逃げ切っているので、その点だけは感心するが……
 さて、先程精霊様方は長に相談するって言っていたがどうなっただろうか。
 念のため俺の方からも話を通しておくか……なんて思いながら長の家に行くと、ちょうど精霊様方が訪れていて、話し合いを行っている最中だった。
 長の奥さんにそのまま客間に通してもらえた。

「カイルか。話は精霊様方から聞いた。今から不在の際の連絡方法などを話し合うところだ。お前も参加しなさい」

 長に言われ、俺はそのまま小難しい話に巻き込まれた。
 そこで決まったのは、有事の際には、俺を含めて転移魔術でこの里に帰ってくること。精霊様方は分霊体ぶんれいたいを用意し、その分霊体を通じて定期的に連絡を取ることなどなどだ。
 話し合いを終え、俺は疲れ切った心をいやすために速攻で自宅に戻り、のんびりとした時間を過ごした。

 ◇   ◇   ◇   ◇

 そして、時は流れて一週間後の出発の日。俺は様々な感情を抱きながら、精霊様方と里の中を歩いていた。
 里の奥にある、大きな一本の樹の前で立ち止まる。
 この樹は、世界樹せかいじゅと呼ばれている。世界樹はこの世界に数本しか存在せず、その内の一本がこれだ。
 森の草木や果物などの生育が良く、森が良い状態で生きているのは世界樹の内包する魔力の影響を受けているためだと長から教えてもらったことがある。

「世界樹は文字通り、だ。一本でも失えば、そこら一帯の生態系が徐々に崩れていくし、魔物や魔獣が生まれやすい環境に変化していく。だからもしもの時は、私たちは世界樹とこの星の、ありとあらゆるモノのバランスを保つことを優先して動く」

 いつもの悪戯好きの顔は鳴りを潜め、真剣な表情で緑の精霊様が語る。
 この世界の超高位存在の者たちは、世界の均衡きんこうを第一に考えて動く傾向にある。そこに善悪の関与する余地はない。何らかの事情があった場合に同情はするが、それによって世界のバランスが崩れると判断すれば、悪であれ善であれその原因を排除するために動き出す。
 俺はゆっくりと首を縦に振る。

「分かってます。小さい悪意や欲が次第に取り返しのつかないほどにふくれ上がって、群となり動き出して最悪の結果に繋がる――そんなことがこれまでの歴史の中でどれだけ繰り返されてきたかは知っているつもりです」
「そうだ。その結果星そのものにまで被害が及ぶこともあった。だから高位の連中が手を取り合って、各地を監視して情報を共有している」

 そんな緑の精霊様の話を聞きつつ、俺は里の外に一歩を踏み出した。


 歩き続けること数時間。森を抜けた先は草原地帯になっていた。
 ここから兄のいる場所にたどり着くまでに、大体一ヶ月ほどかかると母さんたちから教わった。
 俺はゆっくりと時間をかけて行きたいが、精霊様方はワクワクする気持ちを抑えられていない。
 結果的に急ぐ形になってしまうのだろう。

「じゃあ、向かいましょうか」
「「「「了解~」」」」

 自分と精霊様方に、隠蔽魔術いんぺいまじゅつ等の情報遮断系統魔術を何重にも重ね掛けする。
 俺もエルフとしての長い人生をただただ、ダラダラと過ごしていたわけではない。転生した日本人のオタクなら誰もが通る道ではあるが、魔術の習得に相当な時間をかけてきた。
 俺以外にもこの世界に転生してきた者は何人かいる。彼らも俺同様に魔術に強い関心を示し、その修練に明け暮れていたのだと、精霊様が言っていた。
 幸いにも俺が生まれ変わったエルフは、この世界で一、二を争うほどの魔術適性を持つ種族だった。生活の中で文字やこの世界の知識を学習しつつ、精霊様方に協力してもらい、里に存在するありとあらゆる文献を読み漁り、長い時間をかけて基礎固めをしていった。
 そこから自分のペースで、魔術そのものへの多様なアプローチを始めた。術式に込める魔力の量や質を変えてみたり、それぞれのバランスをわざと崩して術式を起動してみたりと、様々な実験を繰り返したのだ。そしてある程度改良しつくすと、今度はその魔術を応用出来ないか試す方へとシフトしていった。戦闘用魔術のみならず生活魔術まで好奇心の赴くままに無節操に研究を行っていたのである。

「やはりいつ見ても、カイルの魔術は術式の構築から魔力の通りまで、今まで見たどの魔術よりも綺麗に整っているわね」
「そうだな。カイルのように転生した過去アドバンテージを持つ者の中でも、ここまで丁寧で精密な魔術を扱う者は一人もいなかった」

 青と緑の精霊様がそう言うが、俺はまだまだ納得していない。

「そうですか? 俺としては、また悪癖あくへきが出たなぁと思っていたんですけど」
「悪癖?」

 赤の精霊様が不思議そうに聞いてくる。

「ええ。前世でも一つのことに集中すると、自分の好奇心が収まるまで、時間を忘れて没頭しちゃうんですよ。たまに食事をするのも忘れて、朝になっていたこともあるくらいですから。今回だって、術式の構成にこだわり過ぎて時間がかかり過ぎてしまったなーと」

 そんな風に言いながらしっかりと魔術が起動しているのを確認した俺は自分に対して、風属性に分類される飛翔魔術を追加で起動する。ここからは、空を飛んで移動するのである。ちなみに精霊様方は、自分の力で浮いたり飛んだり出来るので、精霊様方には魔術を使わない。
 空から街並みや綺麗な麦畑などをながめつつ、移動し続ける。精霊様方は時に鳥と戯れ、時に談笑しながら、空の旅をそれぞれ楽しんでいる。
 そして日が沈みかけたのを確認したところで、野営に適した場所に下り立ち、準備を始めていく。精霊様方にかされながら、両親や親戚、師匠たちから餞別せんべつとして頂いた便利な道具――高難度魔術である空間拡張の永久付与術式が施されているポーチから、野営に必要な物を取り出す。

「これもまた、異世界物の小説の定番だよなぁ。アイテムボックスやアイテム一覧インベントリ、無限に物を収納出来る鞄やこいつみたいなポーチだったり」
前の世界あっちでも出来るんじゃないの?」

 黄の精霊様が聞いてくるが、俺は首を横に振る。

「俺の知る限りでは、向こうの技術レベルでは不可能なはずです。まあ俺が知らないだけで、存在はするのかもしれませんが」
「なるほどな。魔術が発達している世界と科学が発達している世界、それぞれに利点と欠点が存在するから、一概にどちらがいいとは言えないな」
「そうですね……これで良し」

 組み立て終わったのは、外見は普通のテントだが中の空間が拡張されているテント。
 特に内装に力を入れた。趣味が魔道具作りの中年エルフのおっちゃんに弟子入りし、長年かけて再現した、魔力によって起動する魔力起動式システムキッチン。それに、前世で使っていたような家具家電たちも一通りそろっている。寝具だってベッドとハンモックの二種類を、予備含めていくつか用意した。これら魔力起動式の家具家電たちを生み出し、夏はすずしく冬はぬくぬくと過ごしていたら、ある時母に見つかった。
 俺はその時のことを思い出す。


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