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第9章

第287話

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 俺がイメージした周りの空間が歪んでいる小さな黒い球体とは、宇宙空間に存在する天体のうち、極めて高密度で強い重力のために、物質だけでなく光さえ脱出できない天体であるブラックホールだ。ただ正確に言うならば、実際の性質だけのブラックホールではなく、ラノベや漫画でよく描かれる性質を併せ持つブラックホールもどきだ。
 器としてイメージしたブラックホールの超強力な引力によって、身体の内側から溢れ出そうとする膨大な魔力を、ピタリと完全に身体の内側で止めてしまった。器であるブラックホールは、その形を一切崩す事も不安定になる事もなく、魔力の水滴一つ外側に漏らさない。劇的なその変化に、リアンノンさんや精霊様方のみならず、俺自身ももの凄く驚いた。

「…………おいおい、一体どんな器を想像したんだ?」(リアンノン)
「あれだけバカみたいに溢れ出ていた魔力が、一瞬で外側に漏れ出なくなるとはな」(緑の精霊)
「魔力を完全に遮断する技術を習得しようとした者の中で、間違いなくカイルが一番大きくて深い」(黄の精霊)
「そうね」(青の精霊)
「ああ」(赤の精霊)
「カイル。本当に一体どんな器を想像したら、全階梯を解除した膨大な魔力を完全に抑え込めるんだ?」(緑の精霊)
「この器を想像する切っ掛けをくれたのは、リアンノンさんの一言です」
「私の?」(リアンノン)
「そうです。魔力制限術式を全階梯解除した時、溢れ出る魔力を感じて、リアンノンさんは器を星一つだと想像しなければと言いました」
「ああ、言ったな。…………まさか!?」(リアンノン)
「俺が器として想像したのは、壮大に広がる漆黒のそらに存在する、周囲のもの全てを飲み込む漆黒の天体です」
「なる程、あれならば納得だ」(緑の精霊)

 リアンノンさんは想定外の答えに驚き固まってしまい、精霊様方は俺がイメージしたのがブラックホールだと直ぐに理解し、劇的な変化が起きた事に対して納得の表情をしている。精霊様方は星と共にある―――――という存在であり、転生者について色々と知っている事もあり、星の外の世界である宇宙に関しても博識だ。その事から、ブラックホールの持つ性質に関しても十分に理解しているので、全員がこの結果に納得の表情となったのだ。そんな色々と知っている精霊様方が、驚き固まっているリアンノンさんにブラックホールの事を分かりやすく丁寧に説明し、何故魔力を完全に抑え込めているのかを解説していった。
 怪物の様な天体であるブラックホールについて様々な事を知ったリアンノンさんは、その規格外な性質にもの凄く驚きつつも、星の外の世界である宇宙や天体について強い興味を抱いた様だ。リアンノンさんは強い興味のままに、精霊様方に宇宙や天体に関する様々な事を質問していく。精霊様方は、リアンノンさんの好奇心が暴走しない様に、宇宙や天体に関して教えられる範囲の情報を話した。情報の密度としては低いものではだったが、それでも未知の情報に対してリアンノンさんは大興奮。そのまま直ぐに自分の意識へと集中していき、新たに得られた宇宙や天体の知識について没頭していった。

「それにしても、魔力を完全に遮断する為の器にあれブラックホールを選ぶとは、何ともカイルらしいと言えばらしいのか」(緑の精霊)
「今まで何人もの特殊な者たち転生者を見てきたけど、やっぱりカイルが一番ぶっ飛んでるわね」(青の精霊)
特殊な者たち転生者でも、一つの星って言葉から想像するものって言えば、普通は惑星わくせいを思い浮かべるからな」(赤の精霊)
「にも関わらず、そこで惑星じゃなくてあれを思い浮かべる所が、カイルのぶっ飛び具合がよく分かる」(黄の精霊)
「皆してそこまで言わなくても……」

 一つの星という言葉がリアンノンさんの口から出た時、ブラックホールのイメージが脳裏に閃いたのは、直感に近い感覚だったのだ。深く大きな器というイメージと共に、魔力を身体の外側に漏れ出さない様にするためには、強い力で内側に引き寄せておけばいいと思ったのだ。その時に閃いたイメージが、超強力な引力によって周囲のに存在するものを引き寄せていく、極めて高密度の天体であるブラックホールだった。そして自分の直感に逆らわず従い、思い付くままにブラックホールをイメージし、魔力を身体の外側に逃れる事が出来ない様にしたという訳だ。
 今身体の内側の魔力は、イメージしたブラックホールの引力によって、非常に安定した状態で抑え込めている。全階梯を解除している状態で、魔力を練り上げたり循環させたりと色々試していくが、一切身体の外側に魔力が漏れ出る事はない。溢れ出てくる魔力も練り上げた魔力も、全てがブラックホールに向かって引き寄せられていき、身体の内側で完全に抑え込まれている。そして、その中には無意識の魔力も含まれており、完全に魔力を遮断出来ていると言ってもいいのではないだろうか。

「それにしても、あれだけ難しく時間がかかると予想していたものを、こうも簡単に習得してしまうとはな」(緑の精霊)
「今、俺は完全に魔力を遮断出来ていますか?」
「ええ、完全に遮断出来ているわ」(青の精霊)
「状態も完全に安定している」(黄の精霊)
「つまり、カイルは魔力を完全に遮断する技術を習得したって事だ」(赤の精霊)
「精霊様たちの言う通りだ。先程まで感知出来ていたカイルの魔力を、今は一切感知する事が出来ない。カイル、実に見事だ」(リアンノン)
「ありがとうございます」

 魔力を完全に遮断しても感知してしまう精霊様方は別にしても、広範囲・高精度の優れた感知能力を誇るリアンノンさんがハッキリ断言してくれた事で、魔力を完全に遮断する技術を習得出来たという実感が湧いてくる。ようやくではあるが、ヘクトル爺やリアンノンさんの様な怪物たちがいる領域の、スタートラインに立つ事が出来たのだ。嬉しさに笑みが浮かべながら、両手を握り込んで喜びを噛みしめる。自分がまた一つ成長出来た事や、戦士として一つ上の領域に至れた事に、心の底から達成感を感じる事が出来た。
 俺は習得出来た事を喜びつつも、この技術で何が出来て何が出来ないのかを確認する為に、リアンノンさんに教わりながら色々と試していった。さらには、魔力を完全に遮断した状態での戦闘で気を付ける事や、完全に遮断した状態を逆手に取った上手い戦い方など、この技術を習得した者ならではの知識を授けてもらった。リアンノンさんから知識などを教わっていく度に、四桁以上戦ってきた幻想のヘクトル爺の動きが少しずつ見えてきた。

「ヘクトル爺はこの技術を上手く逆手に取った戦い方に、超一流の隠形の技術を掛け合わせる事で、優位性を保ったまま戦場を支配コントロールしていた訳ですか」
「そうだ。隠形によって気配を一切読み取らせず、時折わざと魔力を感知させる事で相手をかく乱して混乱させ、生まれた隙を見逃さずに一気に仕留める」(緑の精霊)
「だが、カイルも同じ領域に足を踏み入れた。技術を習得する以前と今とでは大きく差があり、ヘクトルの動きに惑わされる事は減ってくるだろう」(リアンノン)
「なくなるではなく、減ってくるですか?」
「そうだ。例えヘクトルと同じ領域に足を踏み入れたとしても、超一流の隠形によって自然と同化したヘクトルの気配は、早々簡単には察知する事は出来ない」(リアンノン)
「確かにそうですね」
「という訳で、鍛錬を次の段階へと進める」(リアンノン)
「次の段階ですか?」
「ああ。ヘクトルの様な魔力を完全に遮断する事が出来る相手を想定した、相手の気配を察知する能力を高める鍛錬と、自然と同化出来るくらいに隠形を高める鍛錬だ」(リアンノン)
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