上 下
241 / 252
第9章

第282話

しおりを挟む
 夜空にキラキラと星々が輝き、真ん丸な満月の光が降り注ぐ中で、妖精族の里の中心の広場で歓迎会を受けている。里にいる妖精たちが一堂いちどうかいし、お近づきの印にとキッチンで作っていたお菓子やスイーツの数々を、嬉しそうに両手に持ちながらその頬をぷっくりと膨らませている。皆美味しい美味しいと言いながら食べているのを見て、内心でホッと一息吐いて一安心していたら、俺の傍にリアンノンさんがスッと近づいてきた。

「カイルたちの歓迎会のはずが、この様になってしまってすまんな」(リアンノン)
「いえ、皆さん喜んでいただけいる様でとても嬉しいです」
「それにしても、本当に対価の方はいいのか?材料代など、色々とお金がかかっているだろう?」(リアンノン)
「これでも結構稼いでますし、同じ隠れ里に暮らす仲間として、これくらいの事は全く問題はありません。皆さんの喜びや笑顔が、俺にとっては十分な対価ですよ」
「……そうか。〈サリエルたちが、カイルを気に入る理由がよく分かったよ〉」(リアンノン)

 リアンノンさんは俺の返事を聞いて、何かに納得した様な表情になった後に、セインさんに向けていた様な柔らかい笑みを浮かべた。そんなリアンノンさんに、姉さんたち用に作っていたものと同レベルの、魔力を豊富に含んだ果物で作ったお菓子やスイーツの数々を、異空間から取り出して手渡していく。リアンノンさんは、妖精たちが頬張っているお菓子やスイーツよりも一段上のものに驚きつつも、ニヤリとした笑みを浮かべながら受け取ってくれた。どうやら、リアンノンさんも例にれず甘いもの好きの女性だった様で、ウキウキとテンションが上がっているのが伝わってくる。お近づきの印を非常に喜んでもらえた様で、内心でホッと一息吐いて安堵する。
 俺は自分用で楽しむスイーツである、真っ白な生クリームが輝くイチゴのショートケーキを、異空間から取り出してフォークで丁寧に食べていく。リアンノンさんがジッとショートケーキを見つめていたので、先程渡したお近づきの印の中に同じものがあるのを伝えると、一生懸命に異空間内を探し始めた。そして、見つけだしたショートケーキの入った箱を開けて、おお~という感嘆の声を上げてショートケーキを眺めている。壊れ物を扱うかの様にゆっくりと箱から取り出して机に乗せて、今度はショートケーキの全体を、真剣な表情でじっくりと無言で眺めていく。リアンノンさんは暫くの間全体を眺めた後に、大きく感嘆のため息を漏らしながら、フォークでゆっくり丁寧に一口目を静かに口に入れた。

「……素晴らしい」(リアンノン)
「ありがとうございます」
「これは、お世辞抜きに本当に素晴らしいものだ。私も長く生きてきたが、ここまでのものは本当に久々に口にした。これを作れるという事だけも、十分に胸を張って誇っていい事だ」(リアンノン)
「そこまで言っていただけると、今後の励みになります」
「カイルが作る素晴らしいお菓子を、気軽に食べられる事が出来るセインが羨ましく感じるな」(リアンノン)
「毎日は無理ですけど、この里に滞在させていただいている間は、時々お作りしますよ」
「それは嬉しい提案だが、カイルの負担になりはしないか?大きな負担になる様だったら、私たちの事は気にしなくてもいいぞ」(リアンノン)
「いえ、別にこれくらいの事は大した負担にはなりませんよ。姉さんたちや知り合いたちにも、日常的という程ではないですが、お菓子を作ってあげたりしてますから」
「そうか。それならば、カイルの好意を甘んじて受けよう。だが、本当に無理だけはしないでくれよ」(リアンノン)
「はい、分かってます」
「話は変わるんだが、ウルカーシュでのセインの暮らしはどんな感じだ?元気にやっているのは知っているが、細かい所までは聞いてないんでな。教えてくれると助かる」(リアンノン)
「……そうですね~。セインさんは…………」

 あらかじめ、セインさんとの出会いから今日までの付き合いが短い事を前置きしてから、姉さんやモイラさんと比べたらマシではある、生活力皆無の日々の様子をリアンノンさんに語っていく。モイラさんのあまりの生活に怒ったリリルさんと同じく、セインの生活のだらしなさに怒るのかと思ったが、どうやらリアンノンさんはそこら辺に関しては緩めの考え方をしている様で、相変わらずだなと言って笑っている。妖精族全体での教育方針がそうなのか、リアンノンさんの教育方針によるものなのか分からないが、それぞれにあった環境で自由にさせているといった所なのだろう。
 一通りセインさんについて話終わった後に、今度はこちらから、この里やリアンノンさんたちについて質問していった。特に気になった点といえば、今回この隠れ里に来る事になった理由の一つでもある、サリエル様たちとの関係性や出会いについてだ。サリエル様たちの親しい友人に対して話す様子や、リアンノンさんの性格をよく分かっている様子から、相当長く深い付き合いである事は分かっている。ただどんな風にサリエル様たちと出会い、神々と長く深い付き合いとなる友人になっていったのか、全くと言っていい程想像が付かない。

「実は私も、セインと同じ様に世界を思うままに、自由に旅した事があってな。大分昔の事になるが、まだ大国になる前のウルカーシュに行った事があってな。その時に、とある事が切っ掛けでサリエルたちと知り合って、例の島に招かれたんだ。そこからサリエルたちと仲良くなって、今も友人として良き付き合いをしている」(リアンノン)

 リアンノンさんは、例の島という所で人差し指で上空を差す。例の島という言葉や、上空に向けて指を差すという動きから、サリエル様たちの本拠地にして天族の者たちが穏やかに暮らす場所である、天空島ロクス・アモエヌスの事だという事を察する。それにしても、大国になる前のウルカーシュ帝国というのは、一体帝国のどの時期に相当するのだろうか?
 ウルカーシュ帝国は、現在の西側最大国家に成長するまでに、幾つもの転換点が存在している。中でも、長い時間をかけた後に小国から中間国家へと成長した時が、ウルカーシュ帝国における第一次高度経済成長期であり、良い意味で混沌とした時代であったと歴史書に記されていた。歴史に名を残すような才人たちが数多く生まれ、生活に便利な様々な魔道具が作り出されていき、個性豊かな芸術家たちが娯楽を豊かにしていった時代。当時の人々が力を合わせ、ウルカーシュ帝国をさらにより良い国にしていこうと試行錯誤し、色々なものの原型となったものが生まれては消えていったそうだ。
 もしそんな時代にウルカーシュ帝国へと行っていたのなら、リアンノンさんはあの時代の目撃者であり、古き歴史の生き証人となる。失礼ながら、一体何歳になるのか非常に気になってしまう。

「女性にこういった事を聞くのは本当に失礼だと思うんですが、リアンノンさんは一体お幾つになるんでしょうか?」
「ははは、私に対してはそんなに気を遣わなくてもいい。そうだな、私の年齢は少なくとも四桁は超えている」(リアンノン)
「よ、四桁ですか。という事は、ウルカーシュ帝国の最初の黄金期に、実際にその場にいたという事ですか」
「今ではそう呼ばれているらしいな。カイルの言う通り、私はその時代にウルカーシュに滞在していたよ。今でも、当時の人々の楽し気な喧騒や、より良い国にしていこうという活気を思い出す。長きを生きる私にとっても、ウルカーシュで過ごした日々は特別な思い出の一つだ」(リアンノン)
「……当時の事を、色々と聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。あれは私が…………」(リアンノン)

 リアンノンさんは当時の記憶を思い出し、懐かしさに微笑みを浮かべながら、友人たちとの思い出を面白おかしく語ってくれた。当時のウルカーシュ帝国全体の様子や、市井の者たちの日々の生活の様子など、歴史的にも色々と貴重な話を聞かせてくれた。今のウルカーシュ帝国の者たちの生活も良いものではあるが、未來の為にと日々を生きていった者たちの生活もまた、非常に輝かしいものであったという事は十分に伝わってきた。当時を生きた者たちは、現代のウルカーシュ帝国に生きる者たちを見て、一体どんな事を思うのだろうか。現代のウルカーシュ帝国に生きる者の一人として、皆笑顔を浮かべてくれる事を切に願うばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

転生したら守護者?になり称号に『お詫び』があるのだが

紗砂
ファンタジー
ある日、トラックに轢かれ死んだ都木涼。 そんな都木の目の前に現れたのは転生神だと名乗る不審者。 転生神)『誰が不審者じゃ!      わしは、列記とした神で…』 そんな不審……痛い奴……転生神のミスにより記憶があるまま転生してしまった。 転生神)『す、スルーしたじゃと!?      しかもミスしたなどと…』 しかもその世界は、なんと剣と魔法の世界だった。 ステータスの職業欄は何故か2つあるし?つきだし……。 ?って何だよ?って!! 転生神)『わし知らんもん。      わしはミスしとらんし』 そんな転生神によって転生させられた冒険者?のお話。 転生神)『ほれ、さっさと読ん……』 コメディー&バトルファンタジー(のつもり)スタートです! 転生神)『何故無視するんじゃぁぁ!』 転生神)『今の題は仮じゃからな!      題名募集中じゃ!』

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。