引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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第8章

第275話

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 蒼穹そうきゅうの海が漆黒の海へとその姿を変え、星々が煌めきを放つ空の下、リムリットさんやエマさんたちが信仰しているダモナ神の教会の中で、天星祭の総仕上げとなる慰霊祭いれいさいを行っている。
 勿論の事だが、慰霊祭はここダモナ神を信仰している教会だけでなく、ウルカーシュ帝国全土の全ての教会や神殿で行われている。慰霊祭は教会や神殿で同時刻に一斉に開始され、ウルカーシュ帝国に暮らす者たちが心を一つにして、亡くなった者たちや先祖たちが安らかに眠れる様にと願うのだ。
 そして、俺やミストラルたちもこの慰霊祭に参加する事にした。だがミストラルたち全員が教会に入ると一気に狭くなってしまうので、孤児院の庭からの参加とさせてもらった。リムリットさんやエマさんたちが言うには、祭事そのものは教会や神殿で執り行うが、慰霊祭に参加するのに教会や神殿にいなければいけないという事はないそうだ。
 というよりも、教会や神殿の大きさから考えたとしても、ウルカーシュ帝国に暮らす者たち全てが中に入る事は出来ないからな。リムリットさんは、本来こういった祭事は参加する事に意味があるのであって、教会や神殿にいる事に意味があるんじゃないと言っていた。エマさんはエマさんで、リムリットさんの直弟子じきでし(?)といった存在であるが故なのか、同じ様な事言ってたしな。一番大切な事は、安らかに眠ってほしいと切に願う心なのだろう。

『主様。私たちには先祖というものがいませんし、生物としても単一の存在です。そんな私たちが、慰霊祭に参加してもいいでんしょうか?』(ミストラル)
「確かにミストラルたちに先祖はいないし、親と呼べる存在は俺だけだ。だがだからと言って、亡くなった者たちの安らかな眠りを願ってはいけないなんて事は、どの神様だって言いはしないよ」
『そうなんでしょうか』(ミストラル)
「それじゃあミストラルたちは、クトリちゃんたちの日々の安全や、健やかに育ってくれる事を願おうか」
『あの子たちの?』(ミストラル)
「クトリちゃんたちの事だけじゃなくてもいいよ。リムリットさんやエマさんたちの事も願ってもいいし、近所のお爺ちゃんお婆ちゃんたちの健康の事を願ってもいい。誰かの事を想って切に願うのは、何一つ罪な事ではないんだから」
『…………分かりました』(ミストラル)

 ミストラルたちは目を閉じて、心の底から真剣に、誰かの事を想って切に願う。俺も同じように目を閉じて、今世の先祖たちの安らかな眠りと、前世の先祖たちの安らかな眠りを願う。それから、前世の家族たちの健やかなる健康と未来を、この異なる世界からではあるが心から願った。
 静かに願っていると、教会の方からリムリットさんたちや子供たちの綺麗な歌声が聞こえてくる。その歌声はとても澄んでいて、どこまでも響き渡っていく。どうやら声に光属性の魔力を込めている様で、魔力の効果によって精神が安らぎ癒されていくのを感じる。
 この歌声の凄い所は、光属性の魔力が込められている歌声を重ねる事で、その効果を何倍にも増幅させている所だ。この技術は、単純に魔力を込めた声を複数人でかなでればいいのではなく、複数人が寸分の狂いのないタイミングで、一斉に魔力を込めた声を奏でなければ効果を発揮する事がないのだ。この事からも、リムリットさんたちだけでなく、子供たちも相当努力してきたのがうかがえるな。

〈それにしても、本当に良い歌だ。心が洗われるっていうのは、こういう事なのかもしれないな〉

 終盤に向かっていく事に、歌声が徐々に力強く、荘厳なものへと変化していく。それに伴って、光属性の魔力の効果も徐々に高まっていき、精神や心が丸ごと優しく洗われている様に感じる程に強くなっていく。そして最後は、ゆっくりと儚いメロディーで歌が終わった。
 歌を聞いていた住民の皆さんが、リムリットさんたちや子供たちに向けて万雷ばんらいの拍手を送る。俺も自然と拍手を送り、ミストラルたちも翼や前足などを使って、ペチペチパチパチと拍手を送っている。それくらい、本当に素晴らしい歌声であった。
 慰霊祭はこの歌が終わったら終了の様で、メリオスの住民の皆さんが我が家への帰路に就く。リムリットさんや子供たちは、最後の一人が教会から去るまでお見送りをしてから、大人たちはお疲れの様子で、子供たちは元気一杯の様子で孤児院の庭に戻ってきた。

「皆さんお疲れ様です。直ぐに食事を出していきますね」
「ああ、頼むよ」(リムリット)

 リムリットさんは俺に短くそう返事を返すと、疲労の溜まった身体を預ける様にドスッと椅子に座り、ダラリと姿勢を崩してくつろぐ。何時もだったら、子供たちにだらしのない姿を見せると直ぐにエマさんが注意するのだが、今回はエマさんの口が開く事はない。ただ、リムリットさんに呆れた視線を向けて、深く長いため息を吐いてはいた。
 どうやらリムリットさんだけでなく、エマさんや他のシスターや司祭たちも、相当疲労が溜まっている様だ。エマさんがリムリットさんを注意せず、口を開く事もしないなんて、二人と知り合ってから初めて見た。エマさんも、リムリットさんと同じく身体を預ける様に椅子に座り、上半身を机の上にダラリと伸ばして寛ぐ。他のシスターや司祭たちも椅子に座って寛ぎ、子供たちはヘペルやクヌイたち身体の大きいスライムアニマルたちに飛びつき、ダラリと弛緩しかんして柔らかい身体に埋もれていく。
 恐らくだが、声に光属性の魔力を込めて歌った事で、心身共に結構な負担がかかったんだろう。効果を増幅させる技術や長時間に及ぶ魔力制御など、意識を集中させる事が必要な歌だった事もあり、歌を歌い終わってから一気に疲れが押し寄せてきたんだな。

〈ここまでお疲れの様子だと、食事も十分に楽しめなさそうだな。食事に手を付ける前に、皆に回復魔術だけでもかけていくか〉

 俺はそんな事を考えながら、皆の前に食事を並べていく。スライムアニマルたちに埋もれている子供たちには、水属性の魔力を変質させて生み出した柔らかい椅子と、高さを合わせた即席の机を作り出して、そこに屋台で買い込んできた料理を並べていく。

「リムリットさん。食事をとる前に、今から皆さんに魔術をかけたいと思いますがいいでしょうか?」
「魔術?一体何の?」(リムリット)
「一日目の夜にかけた回復魔術ですよ。皆さんお疲れなのは見ただけ分かりますので、食事をしながら少しでも身体や心を癒してもらいたいんです」
「あの魔術か。もの凄く助かるよ。でも魔術をかけるなら、子供たちの方を優先してやってくれないかい」
「それについては大丈夫です。全員一斉に魔術をかけますから、暫くはそこから動かないでくださいね」
「ははは、安心しな。皆心底疲れ切ってるから、動く気力なんて残っちゃいないよ。私たちの事は気にせずに、カイルの好きなタイミングでかけておくれよ」(リムリット)
「分かりました。では、いきますね」

 リムリットさんの許可を得る事が出来たので、魔力を一気に練り上げていき、魔術術式を構築して足下に展開していく。展開した魔術術式は足下から徐々に広がっていき、孤児院の庭全体をカバー出来る程に拡大する。そして、拡大して展開した魔術術式を発動させると、術式が光り輝いて効果を発揮する。庭にいる全員の身体を光が纏い、蓄積した心身の疲労を癒していく。

「一日目の時よりも強めに魔術をかけましたから、食事が終わる頃にはある程度は回復してると思います。ただ効果には個人差がありますので、その辺りは気を付けてくださいね」
「分かったよ」(リムリット)
「分かりました」(エマ)

 今回は継続的な回復に加えて、ある程度の即効性の効き目を得る為に、質の高い魔力で魔術を発動した。だがリムリットさんたちに伝えた様に、効果には個人差があるので、全員の疲労が軽減される訳ではない。まあリムリットさんや子供たちの高まった回復力なら、食事が終わる頃には七割から八割くらいまでは回復しているだろう。
 心身が回復しているのを感じているのか、目の前に置かれた料理から漂ってくる美味しそうな匂いに、皆の身体が空腹を訴え始める。そして、全員一斉に食事を始める。パクパクを超えて、バクバクともの凄い勢いで料理を口にしていく。このままだと、机の上に置いた分は直ぐになくなってしまうな。
 勢いよくなくなっていく料理を追加しながら、皆と一緒に夕食を楽しんでいく。その日はとても静かな夕食だったが、とても楽しい夕食となった。やっぱり大人数でとる食事は、何時でも、何処であっても楽しいものだ。
 こうして、初めて参加する国を挙げてのお祭りである、三日間に及ぶ天星祭が幕を閉じたのだった。
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