上 下
224 / 252
第8章

第265話

しおりを挟む
 ミストラルたちや子供たちの様子を確認した俺たちは、教会でエマさんたちのお手伝いをしている。天星祭期間中は、各宗派の教会や神殿において回復魔術をかけるという事で、このダモナ神の教会にもメリオスの住人が多く訪れる。普段は回復魔術をかけてもらうのに少しばかりの寄進きしんが必要となるが、天星祭期間中は無料で回復魔術をかけてもらえるので、老若男女問わず教会へ足を運んでくる。そのため、天星祭期間中の宗教関係者は大忙しなのだ。
 俺や姉さんたちは全員回復魔術を使う事が出来るし、魔力量も非常に豊富だ。忙しく動き回るエマさんたちを見て、何も手伝わずにじゃあねとその場を去る程、薄情者じゃない。少しでも力になれたらとエマさんに手伝いを申し出て、教会を訪れた怪我人や病人に回復魔術をかける事にしたのだ。

「この方はラトスさん。メリオスの建築をになってくれている大工さんです。慢性的な腰痛があり、それがここ数日酷くなってきているそうです」(シスター)
「仕事中に腰をやっちまってから、毎日の様に鈍い痛みが続く様になってな。その痛みは何年も続いているから、慣れて付き合い方も分かっているんだがな。こうして偶に痛みが酷くなるんだよ」(ラトス)

 シスターの案内で教会の治療室に入ってきたのは、日に焼けた健康的な五十代くらいのベテラン大工さんだ。大工の親方であるシゲさんと同年代の大工さんともなれば、長年第一線で身体を張って来た事による疲労や怪我などによるダメージが、その身体に大分蓄積されているだろう。慢性的な腰痛となれば、背骨と骨盤の歪みや、腰回りの筋肉のシコリが主な原因だと考えられるな。

〈ならまずは、身体全体を調べてみる事から始めるか〉
「身体の状態を詳しく知りたいので、魔術をかけても宜しいでしょうか?」
「魔術を?一体どういったものなんだ?」(ラトス)
「えっと、ラトスさんはシゲさんのお知り合いですか?」
「シゲ?あの大工の親方のシゲか?もしかしてあんたの名前、カイルって名前か?」(ラトス)
「そうです。俺の名前はカイルと言います」
「そうか、そうか!!あんたが教えてくれた魔術は、俺たちにとって凄い便利で助かってるよ。あんな凄い魔術を教えてくれた恩人であるあんたのする事に、俺は嫌とは言わねえぇよ。あんたの好きな様にやってくれ」(ラトス)

 ラトスさんはそう言って、俺にニカリと笑顔を向けてくれる。俺がシゲさんたちのためにと新たに組み上げた建築作業用の術式によって、建築業界の現場で働く大工さんたちの病気や怪我が激減したというのは聞いていた。そして工事中の大きな病気や怪我が激減した事で、若手やベテラン問わず大工の人口が減る事がなくなり、後進の育成にも本格的に力を入れる事が出来る様になってきたとも聞いている。ラトスさんはそれらの事に関して、魔術を新たに組み上げて教えてくれた俺に、恩義を感じてくれている様だ。

「分かりました。それじゃあ、今から魔術をかけます。少しの間ジッとしていてください」
「おう」(ラトス)

 ラトスさんの身体に負担が掛からない様にしながら、魔術をかけてラトスさんの身体全体の状態を調べていく。ラトスさんの身体にかけた魔術は、≪解析≫の魔術術式と測量や設計などに特化した術式の二つを組み合わせて生み出した、CTスキャンの様に身体の内部を調べてくれる魔術だ。
 そしてこの魔術を生み出すにおいて最も力を注いだのは、身体の内部を調べ終わった後に、結果が空間ディスプレイみたいに空中に投影される様にした事だ。この様な仕組みにしたのは、身体の内部を調べた結果を魔術をかけた自分だけ知るのではなく、かけられた対象者やその付き添いの方にも見てもらえるようにと考えたからだ。

「はい、もう大丈夫ですよ。楽にしてください」
「ほんとに少しだけだったな。それで魔術をかけて、なんか分かったのか?」(ラトス)
「ええ、まずはラトスさんの身体の中の状態が分かりましたよ」

 俺がそう言うと同時に、ラトスさんの身体全体のスキャン結果が空中に投影される。ラトスさんやシスターが、空中に投影されたスキャン結果に驚き固まる。そんな二人を一旦放置して、スキャン結果を幾つか複製して、身体の各部分を見やすい様に拡大する。
 最初に身体全体のスキャン結果をじっくりと確認した後、頭部・両腕・胸部といった身体の各部を拡大したスキャン結果の方も確認していく。結果から言うと、ラトスさんの身体に異常があったのは背骨と骨盤の歪みだけで、それ以外は特に問題となる様な箇所はなかった。細かい所まで見ていくと、身体全体で疲労が溜まっている箇所が幾つかあるが、そちらは回復魔術の方だけで何とかなるな。
 だが今現在ラトスさんの一番の問題となっている、慢性的な腰痛の症状を根本的に改善するためには、回復魔術のみでの対処では難しい。二日酔い醒ましの術式を応用し、自然治癒力を上昇させて身体全体を癒しながら、背骨と骨盤の関節のズレを調整する施術、それから腰回りのシコリをほぐす施術を行い、慢性的な腰痛による痛みを改善してみよう。

「ラトスさん、シスターも、まずはこれを見て……ああ、驚きましたよね。すいません」
「空中にいきなり変なもんが出て来たもんだからよ。ちっとばかし、驚きすぎちまったよ」(ラトス)
「私も急に色々と出てきましたから、驚いて固まってしまいました。……もしかしてこれは、ラトスさんの身体ですか?」(シスター)
「はい、シスターの言う通りです。これらは、今現在のラトスさんの身体全体が、どういった状態であるのかを示してくれています。まずはこれ。これは頭から足先までの全身の状態を確認する事が出来ます」
「これが、俺の身体の中って事か」(ラトス)
「所々、歪んでいる所がありますね」(シスター)
「恐らくこれらの歪みは、長年のお仕事による影響や、日常生活によって積み重なったものですね。そして特に酷いのが……」

 俺は腰の部分を拡大したスキャン結果を手に取り、ラトスさんとシスターの前に移動させる。そこからラトスさんとシスターが細部まで見やすくなる様にと、スキャン結果のサイズを大きく変更する。そしてスキャン結果を見てもらいながら、慢性的な腰痛の原因となっている部分を説明していく。ラトスさんとシスターは、実際の身体の中というスキャン結果を見ながら説明を聞いていたので、何故慢性的な腰痛が起きているのか理解してくれた様だ。

「これを見ながらの説明だから、あんたの言ってる事が理解出来たぜ。しっかし、俺の背骨や骨盤がこんなに歪んでるとはな~。それに腰回りの筋肉が凝り固まってるってんだろ。自分の身体ながら驚きだぜ」(ラトス)
「ラトスさんの慢性的な腰痛を改善するには、この歪みを何とかしないといけないんですね?」(シスター)
「そうです。なので今から背骨と骨盤の歪みを調整して、腰回りの凝り固まった筋肉をほぐしていきます。腰痛の完治とまではいきませんが、少なくとも今回の様な激しい痛みに苦しむ事はなくなると思います」
「そりゃあいいな!!よし、やってくれ!!」(ラトス)
「分かりました。では、ゆっくりと横になってください」
「傍で見学させてもらってもいいですか?」(シスター)
「ええ、大丈夫ですよ」

 長い間里に引き籠っていたが、狩り以外で何もしなかったわけではない。前世では親孝行や祖父母孝行が満足に出来なかったので、今世では里の外に出る以外の事は積極的にやってきたし、家族サービスも若干ウザがられるくらいには沢山した。
 その家族サービスの中の一つが、身体の歪みや痛みを改善する整体だ。はじめはマッサージくらいの緩いものだったが、ヘクトル爺やルイス姉さんたち師匠たちから人体の構造を詳しく学び、壊し方から癒し方まで色々と叩き込まれた。そのお蔭で家族からの評判は上々で、特に祖父母に至っては、整体の日にはニコニコ笑顔になるくらいには満足してくれていた。
 それから腰痛の施術に関しても、里にいるご老人たちの腰痛改善のためにと、何度も施術をして経験も沢山積んでいる。ラトスさんの今後の生活がより良いものになってほしいので、施術においても回復魔術においても全力でのぞませてもらおう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
 15歳ですべての者に授けられる【スキル】、それはこの世界で生活する為に必要なものであった。  世界は魔物が多く闊歩しており、それによって多くの命が奪われていたのだ。  ある者は強力な剣技を。またある者は有用な生産スキルを得て、生活のためにそれらを使いこなしていたのだった。  エメル村で生まれた少年『セン』もまた、15歳になり、スキルを授かった。  冒険者を夢見つつも、まだ村を出るには早いかと、センは村の周囲で採取依頼をこなしていた。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。 目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。 「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」 突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。 和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。 訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。 「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」 だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!? ================================================ 一巻発売中です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。