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第8章

第257話

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 波打ち際で遊ぶ年長の子たちや、膝下辺りまで海に浸かる位置で、水をかけ合って遊んでいる小学生の子たち。そんな笑顔で遊んでいる子供たちを、サリエル様たちや母親たちと一緒に見守りながら、のんびりとした時間を過ごした。そして、のんびりとした時間を海で過ごしていたら、気が付けば日が沈み始めていた。
 この展開された異空間内の時間は、塗り替えられた世界と同じ時間軸で進んでいる。例えば、展開されている異空間の外が夕暮れなら、異空間内も同じく夕暮れとなる。異空間の内と外が同じ時間軸になる様にしたのは、簡単に言えば時差ぼけ防止の観点からだ。前世での時差ぼけ同様に、今世でも違う大陸や遠い地域に向かうと時刻の差が起き、生活リズムが乱されてしまう事が分かっている。ちなみにソース情報源は、お馴染みヘクトル爺だ。
 ヘクトル爺の行動範囲は非常に広く、東西南北様々な場所へと向かう。短い時は一日・二日で帰ってくるが、違う大陸などへ向かった時には、半年くらい帰ってこなかった時もある。そんな長旅の話を、時々俺に聞かせてくれる事があった。そしてその話の中で、時差ぼけで起きたであろう体調の変化についても語っていた。これらの情報から、この世界にも時差ぼけがある事が分かったので、異空間内の時間軸を世界と同じ時間にしたという事だ。

「そろそろ遅い時間になってきましたから、今日の所は終わりにしましょうか」
「もうこんな時間ですか。そうですね。暗くなる前に終わりにしましょう」(サリエル)
「それがいいな」(ルシフェル)
「まあ、今日限りの楽しみって訳じゃないからな」(ゼウス)
「……子供の内は、早寝早起きが大切だ」(ヘラクレス)

 まずは一緒に子供たちを見守っていた母親たちに、今日の所はもう終わる事を告げる。終わる事を告げられた母親たちも、日が沈み始めている事に気付いていたみたいで、そろそろ終わる事を提案しようかと考えていた様だ。とてもしっかりとしたお母さんたちだ。子供たちの様に純粋に楽しみつつも、周りをよく見て色々と考えている。
 そんなしっかりとしている母親たちが率先して動いてくれて、子供たちに今日はもう終わる事を伝えてくれた。年少や年長の子たちが少しぐずりそうになったが、小学生くらいの子たちが上手くあやしてくれた事で、何事も無く終わる事が出来た。最後にサリエル様たちが、子供たちや母親たちに浄化の魔術をかけて、身体や髪を綺麗にしてあげた。
 母親たちには、今後についてアメリアさんもしくはサリエル様たちから、改めて話がある事を伝える。その辺については母親たちも理解しており、素直に話があるのを待つという事を言ってくれた。そして、充分に海を楽しんで満面の笑みを浮かべる子供たちと共に、それぞれの家路へと歩いていった。

「それじゃあ、俺たちも家に帰る。また何かあったら呼んでくれ」(ゼウス)
「……今日は色々と良きものが見れた」(ヘラクレス)
「そうだな。子供たちにとっても、大人たちにとっても、とても良い刺激になっただろうな」(ルシフェル)
「それもこれも、魔道具を作り出してくれたカイル殿とあの方々のお蔭です。ありがとうございます」(サリエル)
「いえいえ。天族の皆さんの役に立てるのなら、俺や精霊様方としても本望ですから」
「あの方々にも、よろしくお伝えください」(サリエル)
「分かりました」
「じゃあな、カイル」(ゼウス)
「……それでは失礼する」(ヘラクレス)
「また会おう」(ルシフェル)
「はい」

 ゼウス神たちが、来た時と同じ様に転移魔術でこの場から去っていく。この場に現れた時もそうだったが、転移の前後で全く魔力を感知する事が出来ず、一瞬で現れ消えた様に感じる転移だ。この一瞬で現れ消える様に転移する事が出来る様になるには、ヘクトル爺も使っている技術である、魔力を完全に遮断する技術を習得しているのが必須の条件となるのだろう。

「それでは、私たちもアメリアたちと合流しましょう。カイル殿とレスリー殿に、コーヒーも振舞いたいですしね」(サリエル)
「そうでした。コーヒーを頂けるんでしたね。それなら、早くアメリアさんたちと合流しましょう」
「ふふふ、そうですね」(サリエル)

 俺とサリエル様は、事前に決めていた合流場所である、街の中にあるカフェに向けて歩き出した。何でも昔からあるカフェの様で、サリエル様たちも常連の店だそうだ。そのカフェは普通のカフェと違い、天族の者たち全員でやっている店との事。全員がお客さんとして店に訪れ、全員が従業員としてお客さんと接する、色々と自由なカフェなのだそうだ。
 天空島ロクス・アモエヌスで暮らす天族の者たちの生活様式は、地上のウルカーシュ帝国で暮らす人々とほとんど変わらない。地上と違う所が幾つかあるとすれ、天空島の方が自然豊かな場所が数多かったり、一日の流れる時間がもの凄くゆったりとしているなどだ。その中で最も地上と違う点は、天空島には貨幣制度がないという所だろう。
 食料など色々なものは、自給自足している事もあって大部分をまかなえているそうだし、足りないものについても、ミシェルさんたち経由で地上から手に入れているそうだ。その際には貨幣と交換ではなく、魔力が豊富な魔鉱石や木材といったものや、簡単な回復魔術や光属性の防御術式が付与された護符アミュレットなどと、物々交換しているそうだ。
 先導してくれていたサリエル様の脚が止まる。目の前には、オープンテラスがあるオシャレな建物が建っている。恐らく、ここが常連だというカフェなのだろう。しかし、結構広くて大きい建物だ。外から見える限りでは、座席数も百以上はある様だし、ちょっとした宴会の類いなども出来そうだな。

「ここが?」
「ええ、そうですね。ここが私たちのお気に入りのカフェです」(サリエル)
「広くて大きな建物ですね。なんなら宴会も出来そうなくらいに」
「月に何度かは、天族の者たちとの交流を図るために、そういった催しを定期的にしています。それ以外にも誰かのお誕生日会や音楽会など、様々な事をここでやっていますね」(サリエル)
「お誕生日会や音楽会なんかには、サリエル様たちも?」
「小さい子のお誕生日会には私を含めた全員で参加しますが、他の催し事に関しては各自の趣味にもよりますね。例えば、私やルシフェルなら音楽会、ゼウスやヘラクレスなら酒飲み会といった感じですね」(サリエル)
「なる程」

 サリエル様の言う四柱のその姿が、容易に想像できてしまう。さらに言えば、サリエル様やルシフェル様は優雅に音楽を聴いて楽しみ、ゼウス神は周りの者たちと肩を組んで陽気に楽しく酒を飲み、ヘラクレス神は寡黙に木製のジョッキを傾けて酒を飲んでいるのが想像出来る。

「まだ天空島で暮らし始めた頃には、皆催し事をする様な余裕などありませんでした。それを思うと、全ての催し事に参加してあげたいんですが…………」(サリエル)
「まあ、趣味に合わないものもありますからね」
「それに、天族の者たちに気を遣わせるのも心苦しいですからね。でも今では皆さん、その事も分かってくれてますから。こちらもそれに甘えさせていただいています」(サリエル)
「天族の皆さんと、しっかりとした絆があるんですね」
「それなりの年月を共に過ごしてきましたからね。天族の者たちもそう思ってくれていたら、私たちとしても嬉しいですけどね。……さて、店の中へ入りましょうか。アメリアたちが先に到着していたら、待たせてしまうのは申し訳ありませんから」(サリエル)
「了解です」

 サリエル様がカフェの扉の取っ手を右手で握り、手前に引いて開けてくれる。そのまま左手を前に伸ばして、先に入る様に促してくれる。俺はサリエル様の気遣いに一礼してから、カフェの中へと足を踏み入れた。
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