上 下
207 / 252
第8章

第248話

しおりを挟む
 アメリアさんが用意してくれた紅茶やお菓子に舌鼓を打ちながら、サリエル様たちと和やかな空気のまま談笑をし続けていたが、日が暮れ始めた事をサリエル様たちが教えてくれた事で、楽しいお茶会はお開きとなった。
 精霊様方については、最初にサリエル様が言っていた様に、色々と話があるという事でこの場に残るそうだ。元々サリエル様たちは、精霊様方と今回の件とは別の事で話があったのだそうだ。だが優先順位の変わる程重要な報告に、この件に関しての星からの積極的な情報共有もあり、精霊様方と色々と話しておきたいという事で、ここで一旦別行動となる。

「カイル殿、この様な形ではありましたが、直接お会いできて良かったです」(サリエル)
「はい、俺も皆様にお会いする事ができて良かったです。……それで、先程言っていた事は本当に大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。今回は初めての来訪でしたので、正規の方法で来てもらいました。ですがカイル殿は、ミシェルやグレイスと違ってあそこに直ぐに行く事は出来ません。今回の件以外にも緊急性の高い事例が発生した場合、カイル殿がこちらに来るまでに時間がかかりすぎます」(サリエル)
「通信魔術で情報をミシェルたちに伝えたとしても、口頭である事に加えて、実際にその場にいない者から情報となるとな。どうしても、情報の密度や正確性が変わってしまう」(ルシフェル)
「…………それに、竜神から聞いているぞ。竜の巫女がいる里で、何やら面白い魔術を使っていたそうだな」(ヘラクレス)
「竜神様から?……面白い魔術っていうと、もしかしてあの事を言っている?ヘラクレス様、竜神様から聞いた面白い魔術というのは、記憶を映し出すというものでしたか?」
「……ああ、その魔術だ」(ヘラクレス)

 確かにあの魔術なら、俺の見たもの聞いたものの全てを、サリエル様たちへと正確に伝える事が出来る。敵からしてみれば、これ程脅威となる情報伝達方法はないだろうな。この魔術が使える者がいて、その者に冥土の土産だとペラペラと情報を喋り、その上で逃げられたとしたら、喋った情報が全て相手方に伝わってしまうからな。
 口頭での情報伝達なら、通信魔術でも出来る。だがルシフェル様が言っていたように、口頭での情報伝達には色々と限界や制約がある。言語情報のみで、実際に起こった出来事を一から十まで正確に説明するのは、非常に難しい事だ。
 それに通信魔術は、星の裏側にいる様な相手であったり、何時でも何処でも無制限に繋がれたりする訳ではない。通信距離に比例して使用する魔力量が増えていき、魔力が不安定になっている特殊な場所では、魔術が上手く発動せずに連絡を取る事が出来なくなる。

「もし魔人種たちの国や、その陰にいる悪神に関する情報を見聞きした場合には、その魔術で報告します」
「……ああ、頼む」(ヘラクレス)
「はい」
「では後の事は、アメリア、お願いしますね」(サリエル)
「はい、お任せください。ではカイルさん、行きましょうか」(アメリア)
「了解です。では皆様、また何かありましたらお会いしましょう」
「はい」(サリエル)
「おう」(ゼウス)
「……うむ」(ヘラクレス)
「ああ」(ルシフェル)

 俺はアメリアさんの後に続いて、ログハウスを後にする。その際、ログハウスの扉の位置で一度振り返り、サリエル様たちに向かって一礼する。サリエル様たちはそれぞれ軽く手を上げて、それに応えてくれた。
 今からアメリアさんの後に続いて向かう場所は、とてもありがたい事に、サリエル様たちのご厚意によって使わせていただける、天空島ロクス・アモエヌス内の拠点となる屋敷だ。
 天空島ロクス・アモエヌスは、かつての日本の様に鎖国している訳ではない。ただ
、サリエル様たちによって許された者たちのみが、その地を踏める場所であるというだけだ。俺の様に天族以外の種族が訪れる事もあるそうだし、その者たちが快適に過ごせる場所が用意されている。天族たちと同じ大きさの俺たちが泊まれる屋敷から、巨人族や大型の竜種も快適に過ごせる大きさの屋敷まで、多種多様な種族に対応出来る様になっている。
 そして今回、サリエル様たちのご厚意によって使わせていただける拠点となる屋敷は、その用意されている来客用の屋敷の一つだ。さらにありがたい事に、その屋敷を俺や姉さんたち専用の拠点として、使う事を許可してくれた。サリエル様たちも姉さんたちの事は昔から知っており、兄さんの事もミシェルさんを通じて知っているそうだ。その関係もあり、姉さんたちや兄さんも屋敷を使う事が許された。
 サリエル様たちの異空間を出て、長い廊下を再び歩き続けてから巨大な館を出て、北西方面に向けてゆっくりと歩き始めたアメリアさんに付いて行く。十分から十五分程歩いていくと、透き通るような綺麗な水色が現れ、俺の視界一杯に広がっていく。

「これは、湖ですか?」
「ええ、そうですね。流石に天空にある島なので、海と繋がる事は出来ません。ですが、子供たちが湖や海というものを学べる様にと、サリエル様たちが天空島の各地に幾つかの湖を生み出したそうです」(アメリア)
「なる程。……しかし、この湖の水は綺麗ですね。ここまで綺麗な水は、地上でも早々お目にかかる事は出来ませんよ」
「ふふふ、ありがとうございます。サリエル様たちが、学ばせるためだとはいえ、あえて汚い水にする必要はないという事でして……。なので、天空島にある他の湖は、ここと同じくらい綺麗ですね」(アメリア)
「汚い水や海水を直接飲む事の危険性については、どの様に?」
「それらについては、天空島にお越しになる方たちから、子供たちに教えてもらっています。何も知らないよりは、知識として知っておいた方がいいとの方針から、昔からその様にしていますね」(アメリア)
「確かに、何も知らなければ対処も出来ないですが、知識としてでも対処法を知っていれば、水を安全に飲む事が出来ますからね」

 しかし、天族の子供たちは海を実際に見た事がないのか。天空島という、地上よりも遥かに高い位置にあるという環境上、仕方ないのかもしれないな。もし天空島がウルカーシュ帝国に近い高度で浮遊していたのなら、もしかしたらカナロア王国の海を天空から見る事が出来たかもしれないな。

〈だがそこまで低い高度だと、色々と問題が起きる可能性も高いか〉

 天空島や天族の者たちの存在を徹底的に隠し通すためには、色々な事やものを犠牲にしなくてはならない。そして、海という地上にしかないものも、その犠牲にしなくてはならないものの一つか。
 海を知らない子供たちの為に、何か出来ないかと色々と考えながらアメリアさんの後に続いていると、アメリアさんの足が一つの屋敷の前で止まる。一旦考えを中断して、まずは使わせていただける屋敷に集中する事に、気持ちや思考を切り替える。

「カイルさん。ここが、カイルさんたちが拠点としてお使いしていただく屋敷になります」(アメリア)
「……え~と、本当にここなんですか?」
「ええ、こちらの屋敷で間違いありませんよ」(アメリア)

 アメリアさんに手で示された、俺や姉さんたちの拠点となる屋敷は、正しく日本の文化財に指定される様な、とても広大で立派な武家屋敷だった。江戸時代の大名たちが日々を暮らしていた武家屋敷と遜色なく、どう見ても偉い人が使う様な屋敷だ。この広大な武家屋敷を、俺や姉さんたち、それから兄さんを含めても七人で使うには広すぎる。

「屋敷を使わせていただけるのはとても嬉しんですが、ここを俺や姉さんたちで使うにしては、流石に広すぎると思うんですが……」
「ですが、世界樹の守護者にして、今代の契約者であるカイルさんがお使いになる拠点ですよ?これくらいの格は、必要ではないのかと思いますが……」(アメリア)
「いえ、普通でいいんです、普通で。七人で使うのにちょうどいい位の大きさで、俺たちは充分ですから」
「そうですか……。では幾つかご紹介しますので、気に入った屋敷があったらお教えくださいね」(アメリア)
「分かりました」
「では、次の屋敷へと向かいましょうか」(アメリア)
「お願いします」

 微笑みながら先導し始めるアメリアさんに、一抹の不安を抱きながらも、俺は後に続いて歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。