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第8章

第239話

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 のんびりと馬車に揺られながら、メリオスの領主の館の近くに建てられている、皇室の隠れ家である屋敷へと向かっている。これら皇室がお忍びで使う隠れ家の屋敷は、各都市の領主の館の近くに建てられており、普段はミシェルさんたちと同じ種族の者たちが管理・維持している。
 馬車の中で読書しながら過ごしていたが、あっという間だと感じる程の早さで、皇室の隠れ家である屋敷に到着する。屋敷が建てられているのは、貴族たちが住んでいる貴族街と言われている区画であり、メリオス内に流れる水路の傍という好立地な場所だ。
 隠れ家の屋敷は領主の館の近くとはいえ、直ぐ傍に建てられている訳ではない。領主の館の直ぐ傍に隠れ家の屋敷を建ててしまうと、どんな人たちが住んでいるのかや、誰が所有している屋敷なのかを貴族たちに探られてしまう。その為周囲の街並みに紛れる事が出来る立地を選び、下手な詮索をされない様にと、一般的な貴族の屋敷を建てて隠れ家としているそうだ。
 屋敷の出入り口を守る両開きの鉄製の大きな門扉が開き、馬車が屋敷の敷地内へと入っていく。そのままゆっくりと敷地内を馬車が進んでいき、屋敷の玄関の前でピタリとその動きを止める。

「カイル殿、到着いたしました」(執事)
「はい、分かりました」

 自分で馬車の扉を開けて、屋敷の人たちの手を煩わせない様にと馬車から素早く降りる。そして俺が地面に足を付けたと同時に玄関が開き、メイドさんたちがキビキビとした動きで玄関前に並び、俺に頭を下げて歓迎の意を示してくれる。

「あの、こういった出迎えはいらないって言ったじゃないですか」
「カイル殿は、お嬢様たちの大切なお客様なのです。そんな大切なお客様に粗雑そざつな扱いは出来ません。それがかのアールヴの名を持つ一族の者であるのならば、尚更なおさらその様な扱いは出来ません」(執事)
「いや、そのアールヴである俺が構わないって…………」
「ハハハ、もし本当にそんな事をしてしまったら、私たちがお嬢様たちから叱られてしまいます。それに……」(執事)
「それに?」
「本来カイル殿たち世界樹の守護者たちは、こうして持て成される側の存在なのです。世界のごく一部の方々しか存在を知らず、人知れず世界の均衡バランスを保つ者たち。それらを世界の人々は知る事はなく、そして伝えられる事もない。ですが、私たちは知っています。その事を知っている私たちだからこそ、カイル殿たちを歓待する義務があります」(執事)

 執事さんは真剣な表情で俺にそう言う。その想いは執事さんだけでなく、玄関前に並んで歓迎の意を示してくれているメイドさんたちも同じ様で、頭を上げて真剣な表情で俺を見ている。
 まあ、執事さんたちの言い分も理解は出来る。執事さんの言う様に、俺たちの様に役割や使命を持つ一族などは、世界の人々から世界の均衡を保っている事を知られてはいない。寧ろ、知られない様にと必死にその存在を隠蔽しているくらいだ。そして俺たちの様な存在を知っているのもまた、同じく役割や使命を持っている者たちや、調停者として世界の均衡を保っている超上位存在の方々たち、それに精霊様方たちの様な星そのものを守る方々たちだけだ。
 そうして世界の均衡を保っている者たちは、普通に暮らしている人々にそれらを称賛される事もなく、知られる事も決してない。だからこそ執事さんたちは、同じく世界の均衡を保っている者たちが、そういった者たちを持て成していこうと考えている。

「……降参です。次の機会からは、謹んで持て成しを受けようと思います」
「ありがとうございます。ではお嬢様たちがお待ちになっておりますから、例の部屋へと向かいましょうか」(執事)
「了解です」

 俺は執事さんの先導の元、隠れ家の屋敷に幾つもある部屋の一つ、最重要機密情報が詰まった特別な部屋へと足を進める。目的地である特別な部屋と言うのは、ある目的の為だけに用意されたものであり、主にこの部屋を使用するのはミシェルさんとグレイスさんだ。
 ただそれ以外に人たちが使用出来ない訳ではなく、目の前にいる執事さんたちなど、ミシェルさんやグレイスさんと同じ種族の方々や、上位存在や超上位存在の方々には特別な部屋の使用が許されている。
 執事さんの後に続く事数分、特別な部屋の前に到着した。特別な部屋の扉は、他の普通の部屋の扉と変わらず、何の変哲もない木製の扉だ。だが一流の魔術師であるならば、その木製の扉が何の変哲もないなどというのは、一目見ただけで絶対に思う事はない。
 その木製の扉には、様々な小さい魔術術式が設置されている。魔術術式によってかけられているじょうから、攻撃を受けた際に対物理・対魔術の障壁を自動展開する術式、攻撃的な意志によって放たれた魔力や魔術で扉に干渉すると、絶対に開かない様にロックしてしまう術式など、色々な事に対応出来る様な術式ばかりだ。その中でも特に興味深いのが、攻撃的な意志によって放たれた魔力や魔術で干渉しようとすると、扉が開かなくなるという術式だ。
 この術式は魔力登録式の術式の考え方に似ており、色々と参考になる部分も多い。こうして隠れ家の屋敷に訪れた時には、時間があればこの術式から色々な事を学んでいる。

「では、開錠いたします」(執事)
「お願いします」

 執事さんが扉の取っ手を掴みながら魔力を流し込み、扉に仕掛けてられている魔術術式による錠を開錠し、手前に引いて扉を開けてくれる。この錠の魔術術式は、ミシェルさんたちの種族が遥か昔に一から構築して生み出したオリジナルの魔術で、開錠出来るのはミシェルさんたちの種族の者か、錠の魔術術式を完全に理解出来る者だけだ。
 扉が開かれた先には、至って普通の執務室という光景が広がる。まあどれもこれもが最高品質なものを使っている点だけは、至って普通とは言い難いがな。だがここが皇室の隠れ家の屋敷であり、この部屋が屋敷での皇帝陛下の執務室だと考えれば、最高品質の品々で揃えられているのは当然か。
 執務室の中へと入っていく執事さんに続き、俺も執務室の中へと足を踏み入れる。執事さんは、俺が執務室に完全に入室した事を確認すると、自らが開いた扉を閉める。扉が完全に閉められると、執事さんが開錠した魔術術式が再び発動し、魔術的な錠が仕掛けられる。

「直ぐに起動いたしますので、少々お待ちください」(執事)
「分かりました」

 執事さんはそう言って移動し始め、この執務室の中にある大きな姿見の鏡の前で足を止める。そして右腕を上げて前方へと伸ばし、姿見の鏡に掌を向けて魔力を放つ。すると姿見の鏡全体に執事さんの魔力が浸透していき、魔力が完全に鏡全体へと循環し終わると、鏡の中心から魔術術式が浮かび上がってくる。
 その浮かび上がってきた魔術術式を、執事さんが発動する。発動された魔術術式の効果によって鏡が液体の様に波打ち始め、鏡という物質が別の物質へと変質していく。そして鏡が完全に変質し終わった時、そこに映っているのは、この執務室とは全く違う場所の光景だった。

、完全に起動いたしました。術式も安定しておりますし、向こう側との時差もありません。ここから安全に通る事が出来ます」(執事)
「了解です。……どうします、向こうから合図が来るのを待ちますか?」
「いえ、お嬢様たちからは、転移門を起動したらそのままこちらに来てほしいと言われています。なので、このまま転移門を通って移動を済ませておきましょう」(執事)
「分かりました。では、行きましょうか」
「はい、ご一緒致します」(執事)
「お願いします」

 俺と執事さんは起動した転移門を順番に通り、ミシェルさんとグレイスさんが待つ、帝都アルバの中心にして、ウルカーシュ帝国の主が住む城へと移動した。
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