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第8章

第230話

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 ヘクトル爺の右腕が掻き消えると同時に、その手に持つアダマンタイトの真っ黒な槍が閃く。その軌道は真っ直ぐに俺の心臓を目掛けており、確実に仕留めに来ているのが分かる。だが、それだけに気を取られていてはいけない。心臓への一撃は俺にわざと見せて、他の本命の突きを隠してるのだ。

「――――!!」(ヘクトル)
「――――!!――――――!!」

 心臓目掛けて放たれた突きを回避すると同時に、隠されている幾つもの突きも回避していく。隠されていた幾つもの突きは、目にも止まらぬ速さで肉体の急所目掛けて正確に放たれ、それら全てが一撃必殺の威力だった。一つ一つの突きをギリギリの所で回避していたが、空気を突き貫く音が聞こえるたびに、何度も何度も貫かれたて死んだ時の事を思い出す。
 ヘクトル爺は、隠していた突きまで避けられた事に驚きながらも、強敵に出会えた事に喜びの笑みを浮かべる。その笑みは、今現在のヘクトル爺が戦闘時に浮かべる笑みと変わらず、獲物を見つけた肉食獣が浮かべる、相手を威圧・萎縮させる獰猛な笑みだ。今ではその笑みにも慣れたが、師と弟子の関係になった幼い頃は、その笑みを見ると少しビクついていたものだ。

「まさか、全ての突きを避けられるとはな。それは流石に予想外だ。それならもう一段階力を上げるとするか」(ヘクトル)
〈ここまでは無傷で終わらせられる様になったが、問題はここから先だ。今の所ほぼ全敗状態。一段階ギアを上げられただけで、守勢に回らざるを得なくなる。まずはこの段階のヘクトル爺の攻撃を耐えられなければ、神代に生み出された原種の血を引く魔人種たちには到底敵わない〉
「早々に死んでくれるなよ、エルフの戦士!!」(ヘクトル)

 ヘクトル爺の動きがさらに洗練されていく。身体の動かし方や脚運びなどが、先程とは比較にならない程速く鋭くなっている。今度は腕だけでなく、ヘクトル爺の身体全体が目の前から掻き消える。ヘクトル爺は目にも止まらぬ速さで移動し、左腕を前に出しながら右腕を後ろに引いて力を溜める。そして俺の真正面に姿を現し、左脚を一歩前に踏み込みながら腰を回転させ、黒き一閃を放ってくる。
 黒き一閃は、額のど真ん中目掛けて向かってくる。その黒き一閃を、首を傾けて避ける。しかし、ヘクトル爺の黒き一閃の速度は俺の反応速度を少しだけ上回り、左頬と左耳を掠めて空気を突き貫いていく。しかし、そこでヘクトル爺の攻撃は終わらない。槍を突き貫いた状態の体勢から、左脚を起点にして右脚を背中側へと地を滑らせながら、身体全体を時計回りに回転させて槍を横薙ぎに振るってくる。その一撃は、空気を切り裂きながら右脇腹へと迫ってくる。

「――――フッ!!」(ヘクトル)
「――――――!!」

 迫りくる横薙ぎの一撃に対して、打刀の刃先を下に向けながら右脇腹の前に出して、刀身を盾代わりにして横薙ぎの一撃を受ける。そして、横薙ぎの一撃が刀身に触れる瞬間に左方向に跳んで、少しでも威力を殺そうとする。

「甘い!!」(ヘクトル)
「グッ!!」

 だが俺の小細工はヘクトル爺に即座に見抜かれてしまい、瞬時に火属性の魔力での身体強化を行い、強化された筋力によって槍を思い切り振り抜かれる。空中に浮いていたために踏ん張りが効かず、横薙ぎの一撃の威力を殺す事も出来ずにそのまま吹き飛ばされる。太く堅い木々を幾つも薙ぎ倒しながら吹き飛び続け、最終的に一本の大きな木に身体が叩きつけられて動きが止まる。

「ガァ!!……ゴホッ!!――――――!!」

 受け身も取れずに背中から木の幹に叩きつけられた事で、息が詰まって咳き込んでしまう。しかし、直ぐに立ち上がって魔力感知を行い、ヘクトル爺の現在地を探った。だがその一連の動きすらも、ヘクトル爺にとっては遅すぎるものだった。魔力を感知したのは上空からであり、既にヘクトル爺が次を仕掛けてきていた。
 上空から、槍の穂先を上空に向けた上段の構えで、ヘクトル爺が急降下してくる。槍の穂先には高純度の風属性の魔力が圧縮されており、ヘクトル爺が何を仕掛けてくるのかを瞬時に察知し、一気に加速してその場を離れる。その次の瞬間、ヘクトル爺が上段の構えから槍を振り下ろす。槍の穂先に圧縮されていた風属性の魔力が不可視の刃として放たれ、先程までいた場所の背後にあった大きな木が、天辺から根元まで唐竹割りで綺麗に切り裂かれ、ゆっくりと左右に分かれながらそれぞれの方向に倒れていく。
 ヘクトル爺は、左右に分かれて倒れていく木を足場代わりにしてジグザグに移動し、加速しながら上空へと再び上昇していく。そして、倒れかけている片方の天辺に到達すると、膝を落として力を溜めて、俺に向かって一気に加速して降下する。そして地を蹴り、木々を足場代わりにして移動してた俺に背後から高速で迫り、再び右腕を掻き消して槍を振るう。

「――――フンッ!!」(ヘクトル)
〈今度は無属性の魔力による強化か!!しかも、全ての刺突を飛ばしてくる連撃かよ!!〉

 背後から俺を貫こうと迫ってくるのは、槍の穂先の形をした無数の魔力撃だ。槍を目にも止まらぬ速さで振り抜いて、魔力撃を高速で飛ばしてきている。そこに高密度・高純度の魔力が合わさる事で、速度だけでなく高い威力も兼ね備えている魔力撃となっている。
 両腕・両脚、それに打刀の刀身にも高密度の無属性の魔力を纏わせて、背後からから迫りくる槍の穂先の形をした魔力撃を弾いていく。弾かれた魔力撃が様々な場所に直撃していき、槍の穂先の形に突き貫いて細長い穴を穿つ。それは木々のみならず岩石や地面も同様で、魔力撃が直撃した場所には細長い穴が穿たれている。

「――――――!!」(ヘクトル)

 時間が過ぎていけばいくほど、槍の穂先の形をした魔力撃の弾幕が厚くなっていく。さらに、槍の穂先に圧縮している無属性の魔力の質が、徐々に上がっていく。それに伴って、魔力撃の威力も徐々に上昇していく。それら一つ一つの魔力撃の威力は凄まじく、魔力撃を弾いた腕や脚は衝撃で軽くしびれ始め、打刀の刀身にも強い負担が掛かり始める。

〈このままだと刀身が折れるか砕ける。それに腕や脚ももっていかれる。魔力撃一つとってもこの差か。まだまだ壁は高く険しいな〉

 高く険しい壁であるヘクトル爺を見ながらニヤリと笑い、全ての属性を織り交ぜた身体強化を発動する。さらに、打刀の刀身に全ての属性を織り交ぜた魔力を圧縮し、魔力撃と真正面から打ち合える状態まで強化する。

「……興味深い身体強化だ。だが全ての属性の魔力を織り交ぜるなど、一体どんな魔力制御してるんだ。それに制御をほんの少しでも間違えたら、お前の身体は一つの肉片も残らず消え去るし、ここら一帯も完全に消し飛ぶ。お前に師がいるのか分からんが、いるとしたらよくそんな危険な行為を許したな」(ヘクトル)
〈しかしそうは言いつつも、結局あんたは面白そうだと馬鹿笑いするんだろ?〉
「――――だが面白い!!新たな魔術の分野を開拓するその積極性、一瞬の揺らぎもない魔力制御に至るまでの研鑽、同じ魔術師として称賛すら送ろう!!実に見事だ!!ハハハハハハ!!」(ヘクトル)

 一頻ひとしきり馬鹿笑いしたヘクトル爺は、スッと顔から笑みを消して、戦士としての真剣な表情に変わる。そして纏う雰囲気や放つ覇気も一気に変化し、ヘクトル爺の中から僅かに残っていた遊び心が消えたのが分かる。
 ヘクトル爺が急速に魔力を練り上げ、身体全体に循環させてから、槍の穂先へと圧縮していく。そして、元々圧縮されていた無属性の魔力に雷属性の魔力が混ざり合い、先程よりもより強力な魔力へと強化される。さらに風属性の身体強化を自らに施して、移動速度を上昇させていく。様々な強化をしたヘクトル爺は、空中で左腕を前に出しながら右腕を腰まで引いて力を溜めて、まばゆき無数の閃光を放ってきた。
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