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第8章

第226話

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「ではな、カイル。天星祭まで身体をゆっくりと休めておくんだぞ。でないと十分に楽しめずに終わってしまうからな」(フォルセ)
「フォルセ様の言う通りですな。楽しい時間というものは、あっという間に過ぎてしまうものです。そのあっという間に過ぎてしまう時間を目一杯楽しむためにも、身体を十二分に労わってください」(トリトン)
「俺も初めての外のお祭りですから、しっかり楽しむ為にもゆっくり休ませてもらいます」
「ああ、そうしろ。だが冒険者ギルドやギルドマスターだけでなく、メリオス行政府や俺からも呼び出す可能性がある事だけは、覚えておいてくれ」
「はい、分かってます。ですがもし同時に呼び出された時は、どちらを優先すれば?」
「ああ、それは冒険者ギルドを優先してくれ。我々の方は後に回してくれて構わない」(フォルセ)
「了解です。……それでは失礼します」
「ああ、それではな」(フォルセ)
「トリトンさんも、お身体に気を付けてくださいね」
「はい、カイルさんもお身体にお気をつけください」(トリトン)

 フォルセさんとトリトンさんに頭を下げて、俺は領主の館の出入り口である厳重な門を抜けて、騒がしくも楽しい都市の中に戻っていく。
 さて、次に向かう場所は孤児院か兄さんの屋敷だ。孤児院の子たちや、ミストラルたちスライムアニマルたちの様子も気にはなる。だが、孤児院にはしっかり者で優しいエマさんと、型破りだが愛情深く、子供たちの母親代わりであるリムリットさんの二人がいる。なので、子供たちの生活については心配はしていない。
 しかし、姉さんたちは別だ。確かに姉さんたちは、戦闘全般に関しては心の底から信頼出来る超一流の戦士なのだ。だが私生活においては、心の底から信頼出来ない程に壊滅的だと言ってもいい。料理を作れば真っ黒な炭か暗黒物質ダークマターを生みだし、掃除をすれば掃除前よりゴミが増え、洗濯や洗い物をすれば服は破くし皿は割る。そんな感じなので、姉さんたちには一切家事を任せる事が出来ないのだ。
 姉さんたちと付き合いの長い人たちはその事を知っているのだが、メリオスに来たばかりの人たちや冒険者の人たちなんかは、仕事出来る姉さんたちの姿を見て尊敬や憧れを抱いてしまう。そして、その尊敬や憧れが次第に好意に変わっていき、アイドルのファンレベルのもので収まる者もいれば、ガチ恋レベルまで好意が限界突破する者まで生まれていくのだ。
 だから俺が姉さんたちと一緒に行動していると、未だに増え続けている新規のガチ恋勢の男性・女性たちや、古参のガチ恋勢の男性・女性たちから、嫉妬や悪意がこもった視線を向けてくるのだ。

〈弟に色々とやらせてくるあんな姉でも、俺にとっては大切な家族なんだよ。何処の馬の骨とも分からんような奴に、姉さんを任せられるわけないだろう。それに故郷の隠れ里や世界樹の事もあるから、それら全てを話しても大丈夫だと、心の底から信頼出来る相手でないと無理だしな〉

 それに今の所、兄さんや姉さんに強い結婚願望はなさそうだ。それでもって、二人とも相手が出来たら直ぐに教えてくれると思う。そのくらいには、俺たち三人の仲は良いと思う。そして、俺も今の所結婚願望はなく、そういった相手もいない。正直に言って、俺たち三人が結婚するのが何時になるかは分からない。だが幸いな事に、俺たちは長命種だ。ゆっくりのんびりとエルフ生を楽しんでいれば、その内良縁に恵まれる事もあるだろう。

〈ふむ、屋敷の外観には異常はないみたいだな。庭の方は……こっちも問題なさそうだ〉
「ただいま」

 俺は帰宅の挨拶をしながら、兄さんの屋敷の門に魔力を通す。門に仕掛けられた術式が俺の魔力を認識して、スッーと屋敷の門が自動的に開いていく。

『お帰りなさい、カイル。元気そうで良かったわ』(黒猫)
『うむ、猫の言う通りだ。無事でなりより。カイルの帰還を心より喜んでいる』(鷲)
「二人ともただいま。姉さんたちは元気にしてた?」
『うむ。カイルがこの都市を去ってからも、毎日変わらず賑やかであったな』(鷲)
『週の大半は、朝からダンジョンに潜りに行って、夜に大量の食材とお酒を買って帰ってくるわね。それ以外では、カイルも知ってる孤児院に遊びに行っているわ』(黒猫)
「ああ、そんな感じだったんだ。教えてくれてありがとう。これ、二人にお土産。獣王国の魔力濃度の高い山で取れる果実だって」
『ほう、これは素晴らしい。後で頂くとしよう』(鷲)
『そうね、私も後で頂くとするわ。カイル、ありがとう』(黒猫)
「いえいえ、どういたしまして」

 二匹は嬉しそうに、自分の空間倉庫の中に大量の果実を仕舞いこんでいく。喜んでもらえて俺も嬉しい限りだ。精霊様方も美味しい美味しいと言ってパクパク食べていたので、きっとあの二匹にも満足してもらえる味だろう。
 久々に帰って来た兄さんの屋敷を見たが、外から見た限りでは特に問題はなさそうだ。だが肝心なのは屋敷の中だ。生活力皆無・女子力皆無の姉さんたちが、俺が長期不在の屋敷で日々を過ごしていたんだ。恐らく、屋敷の中はもの凄い事になっているに違いない。そんな事を思いながら玄関に立ったが、そこで屋敷の中から姉さんたちではない魔力を感知し、つい先程までの考えを消し去る。

〈姉さんたちも考えたな。確かに、この屋敷で普通の使用人を雇う事は出来ない。だが逆に言えば、普通ではない使用人ならば雇う事は可能なのだ。それも彼女ならば、この大きな屋敷でも十全にその力を活かす事が出来る。それに彼女の手を借りられれば、食事の準備から調理までかなりの時間を短縮できるな。しかし、本当によく考えたな〉

 彼女の魔力が居間から玄関に近づいてくる。恐らく彼女の方も俺の魔力を感知しており、知らない魔力が屋敷の敷地内に現れたので、玄関まで確認しに来たのだろう。そして、彼女の手によって玄関が開かれる。
 開かれた玄関の向こう側から現れたのは、人形のような非常に整った顔立ちをしており、白いシルクのドレスを着ている、腰まであるキラキラと艶めく金の髪に、宝石の様に綺麗な紅葉もみじ色の瞳をした女性。そして両手には、ドレスと同じく白いシルクの手袋をはめている。彼女は俺の姿を確認すると、丁寧に一礼をしてからその小さな口を開く。

「初めまして、このお屋敷で働かせていただいております、シルキーのエロディと申します」(エロディ)
「初めまして、この屋敷の主であるレスリーの弟で、カイルと申します」
「お名前は存しております。何でも、依頼の関係で長くこの地を離れていたとか」(エロディ)
「ええ、そうなんですよ。今日戻って来たばかりなんです」
「そうなのですね。ではカイル様は、今日からこのお屋敷にお戻りになるという事で宜しいですか?」(エロディ)
「その通りです。よろしくお願いしますね、エロディさん」
「はい、よろしくお願いいたします、カイル様」(エロディ)
「……エロディさん、出来れば様付けは止めてほしいんだけど」
「それはご命令ですか?」(エロディ)
「いえ、お願いです。ダメですか?」
「…………フフッ、分かりました。では、改めまして。お帰りなさいませ、カイルさん」(エロディ)
「ただいまです」

 今の一連のやり取りで、少しだけエロディさんがどういうシルキーなのかは理解出来た。俺は、エロディさんがいる屋敷での日々の生活が、より一層騒がしくも楽しいものになりそうだと思いながら、久々に兄さんの屋敷の中へと足を踏み入れた。
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