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第7章

第205話

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 新たな魔術は、先程までの二つの魔術と違い、金砕棒の先端を上空に突き上げず、前方に持ち上げて、先端を俺に向ける。そして、先程までの魔術と同様に、大きな球体状の、真っ赤な炎の塊が生み出される。そして、上空に打ち上がっていく時とは違い、金砕棒の先端で、火属性の魔力を爆発させて、推進力を生みだし、真っ赤な炎の塊を加速して、高速で打ち出した。
 真っ赤な炎の塊は、正確に俺を追尾し、もの凄い勢いで迫ってくる。迫り来る途中で、炎の塊は一気に膨張し、勢いよく爆発して弾ける。だがここから、先程の二つの魔術とは違う動きを、迫り来る炎の塊がしてきた。
 先程までは、弾けた後に炎の雨となって、辺り一帯に降り注いできた。だが、今回の魔術によって放たれた炎の塊は、弾けた後に、幾つもの小さな炎の塊に分裂し、不規則な軌道を描きながら、広範囲に広がっていく。そして、幾つもの小さな炎の塊は、一斉に爆発して弾け、辺り一面を炎で染め上げ、無数の炎の雨が、横殴りに降り注いで襲い掛かって来る。
 流石に、ここまでの広範囲となると、脚を止めざるを得ない。移動しても避けられない程に、炎の雨が横殴りに降り注いで来ているため、迎撃に意識を切り替える。全ての属性の魔力をさらに練り上げ、刀身に魔力を集約し、刃先に集中している魔力を、さらに高めていく。

「――‼――――‼――――――‼」

 その場から動く事なく、迫り来る炎の雨の群れに対して、一太刀一太刀を、目にも止まらぬ速さで振るっていき、次々と斬り裂いていく。
 先程の、炎の雨の鳥籠を抜けるために、幾つかの炎の雨を斬った時と同じ様に、打刀で斬り裂いた炎の雨は、爆発する事も、爆炎が周囲に吹き荒れる事もなく、真っ二つに切断されて、消え去っていく。
 炎の雨は、火属性の魔力によって生み出されているものであり、何かに触れた瞬間に爆発するのも、爆炎を周囲に吹き荒らすのも、火属性の魔力に由来する現象・効果である。つまり極論を言うならば、炎の雨を構成している、火属性の魔力さえ何とかしてしまえば、炎の雨を無力化出来てしまうのだ。
 俺の場合は、刀身と刃先に、全ての属性の魔力を束ねる事で、テオバルトとの戦いで使用した、全ての属性の魔力を使用して生み出す、魔力を完全に無効化する魔糸と同じ効果を、放つ斬撃の全てに籠める。そして、炎の雨を斬り裂くと同時に、火属性の魔力を、純粋な魔力へと強制的に変換する事で、魔術としての効果を発揮させる事なく、完全に無効化している。
 だが、実際に斬り裂く炎の雨以外は、魔術としての効果が残っている。横殴りに降り注ぐ炎の雨が、木々や岩石、崖などに着弾して、次々に爆発し、爆炎を吹き荒らしていく。
 そして、そんな炎の雨の中に紛れて、アッシュが一直線に駆けて、急速に接近してくる。俺は、横殴りに降り注いでくる炎の雨を、ひたすらに斬り裂きながら、アッシュの動きに対応する。

「オラァ‼」(アッシュ)
「――――‼」

 左肩を叩き潰そうと、金砕棒を袈裟斬りの様に、斜めから振り下ろしてくる。先程までは、避ける事を優先した動きをしていた。だが、今は違う。打刀を左切り上げで振るい、真正面から金砕棒と打ち合う。互いの得物がぶつかり合い、互いに後ろに弾かれる。そこから超至近距離で、一歩も退かない、一歩も動かない高速戦闘を繰り広げる。

「やはり、俺の魔術が発動しない。似たような事はルイスもしてきたが、ここまで完璧に無効化されるのは、俺も初めての経験だ‼中々に、くるものがあるな、――魔術が使えないというのは‼」(アッシュ)

 炎の雨を斬り裂いている姿や、金砕棒の一つの面と触れても、爆発しない所から、直ぐに無効化にたどり着いたか。それでも、アッシュは勘違いをしている。魔力そのものを、無効化していると考えるのではなく、魔術を無効化していると、勘違いを起こしている。ルイス姉さんに、似たような手段で対抗された様だが、流石のアッシュも、初見でそこまで見抜く事は、中々難しいのだろう。
 アッシュは、魔術を無効化しているという、致命的な勘違いを起こしたままに、高速戦闘の最中に、次の手を織り交ぜてくる。

「オラァ‼ウラァ‼――オオオオラァ‼」(アッシュ)

 最初の一撃目は、俺に向けた一つの面に、斧の刃を模した魔刃を展開して、右薙ぎの一振り。次の二撃目は、金砕棒の先端から、死神の鎌の刃を模した魔刃を展開し、金砕棒を一つの鎌として、左薙ぎに一振り。そして最後に、金砕棒全体を魔力が包み込み、その魔力が、金砕棒を模して巨大化。そこから、さらに魔力を籠めて、巨大化した魔力の金砕棒の厚みを増やし、破壊力を上昇させて、上段からの振り下ろし。
 その三連撃の全てを、打刀で受け流し、無傷でしのぎきる。ようやくここで、アッシュは、自らが勘違いを起こしていた事を認識する。まあ、三連撃の全てで、金砕棒に展開した魔刃が、打刀の刀身に触れた瞬間に、強制的に純粋な魔力に変換されて、魔刃が消え去るのを目の前で見てしまえば、どの様な現象が起きているのか、優れた腕を持つ魔術師でもあるアッシュならば、直ぐに理解出来ただろう。
 そして、理解したアッシュの動きは、迅速かつ的確だった。
 その場から一気に離脱し、俺から十分に距離をとりながら、自身の周囲に、無数の術式を展開し、その一つ一つに魔力を収束していき、巨大な魔弾を生成。後ろに退きながらも、術式を一斉に発動させて、巨大な魔弾を全て同時に射出してくる。
 アッシュを追って駆ける、俺の前方の視界の全てが、巨大な魔弾で埋め尽くされる。放たれた巨大な魔弾は、俺という標的に向かって、一点に集中して迫ってくる。俺は、迫り来る巨大な魔弾の群れに対して、一切脚を緩める事なく、真っ向から向かっていく。
 駆けながら、深呼吸を一度繰り返し、打刀を左薙ぎに振るう。

「――――――ハァッ‼」

 そのたった一度の一振りで、空間を埋め尽くしていた、巨大な魔弾の全てが、強制的に純粋な魔力に変換されて、フッと消え去っていく。
 アッシュは、各術式を再構築し、火・水・土・風などの、各属性の魔力を司る、色とりどりの術式を再展開する。そして、空気中に存在する、純粋な魔力を術式に取り込んでいき、魔力で構成した巨大な武器を生成。しかし、先程の巨大な魔弾とは違い、一斉に射出せずに、時間差で各術式を発動。剣・槍・斧など、様々な形をした、巨大な魔力の武器が、襲い掛かって来る。

「――‼――‼――――‼」

 次々と、息吐く間もなく襲い掛かってくる、巨大な魔力の武器を、一つ一つ確実に、斬り裂いては消し去って、前に進んでいく。そして遂に、射程圏内にアッシュを捉えられる位置にまで、距離を詰めれた。
 だが、それはアッシュも同様であった様だ。後方に退き続けながらも、魔力を練り上げ続けていたのだ。それを俺に感知させないために、無数の術式を構築して、空間内の魔力濃度を上昇させ、悟られない様にしていたのだ。
 アッシュはニヤリと笑い、退いていた状態から一瞬で反転し、一気に加速して迫ってくる。今から減速しても、もう手遅れでしかない。そうであるのならば、こちらも腹をくくる。

〈ガチンコ勝負で行く‼〉

 ギリギリの距離に近づくまで、互いの動きを読み合い続ける。そして、先に動いたのは、アッシュだ。今までの様な、綺麗な軌跡を描く一振りではない。金砕棒を後ろに引き、目一杯力を溜めて、乱雑で、荒々しい一振りを放とうとしてくる。
 金砕棒を振るう、その一瞬の間を狙って、一気に加速。アッシュの懐に入り、畳みかけようとしたその時、強烈なまでの寒気が、背筋に走る。

〈しまった‼誘いこまれたか‼〉

 アッシュが見せた一瞬の間、あれは、俺を自身の懐に誘い込むための罠だった。俺がその一瞬の間を見逃さないのも、加速して懐に入り込もうとするのも、分かった上で隙を見せたのだ。
 そして、アッシュは賭けに勝った。俺は見事に、アッシュの放った餌に釣られ、罠を仕掛けて待ち構えている懐に、のこのこと入り込んでしまったのだ。
 振るわれる金砕棒の前に、加速術式が何重にも展開されており、俺が加速した状態の移動速度に、完璧に合わせられる様にしていた。

「ウォオオオオ――‼」(アッシュ)

 金砕棒の速度が、加速術式を通過するたびに上昇し、最後には、掻き消えて見えなくなる。だが、アッシュが狙う位置は分かっている。確実に俺を殺すために狙うのは、頭部で間違いない。不死系統の種族でもない、再生能力が高いだけの俺は、頭を潰されたら、死はまぬがれない。
 迫り来る死の一撃に対して、火事場の馬鹿力を発揮し、無理やり身体の位置をずらし、頭に直撃するはずだった一撃は、左肩に叩き込まれる。

「――――グッ‼」

 金砕棒が、骨を砕き、筋肉を破壊していく。その痛みを、歯を食いしばってこらえながら、反撃の一撃を放つために、打刀を持つ右手を、左腰の位置にもっていき、右脚を一歩前に踏み込む。地面を蜘蛛の巣状に砕き、大きく陥没させながら、目にも止まらぬ速さで右腕を振るい、超高速の居合いあいを放つ。

「ハァアアアア――‼」
「斬れるものなら、斬ってみろやぁ‼」(アッシュ)

 アッシュの肌が、錆色から赤錆色に変色する。こちらの反撃すらも読み切って、自身の肉体を強化していた様だ。身体強化の深度を高めて、身体の硬度を上昇させている。
 俺は、ここで隠していた第二の矢を放つ。刀身に集約させていた全ての魔力を、刃先に一点集中させる。膨大な魔力が刃先に圧縮され、刀身の‟斬る”という力を、極限まで高める。
 スーッと、アッシュの右脇腹から左肩にかけて、右切り上げの一振りが、綺麗に滑っていく。骨を綺麗に切断し、筋肉を斬り裂き、確実に致命傷を負わせた感触が、俺の手に伝わる。そして、打刀を振り抜いた数秒後に、パックリと深く傷口が開き、鮮血が舞う。
 俺とアッシュの間に、無音の静寂が訪れ、互いにジッと見つめ続ける。だが、その時間も長くは続かない。
 血を流し続けながらも、鋭い眼光で俺を見ていたアッシュの身体から、力がフッと抜けていき、ゆっくりと地面に向かって、仰向けに倒れこんだ。
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