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第7章

第191話

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 ウィン騎士長の身体は急速に変質していき、ビキビキ、メキメキと音を周囲に響かせながら、大きく、厚くなっていく。それに伴って、上半身・下半身問わず、身に纏っていたプレートアーマー全てが、もの凄い勢いで、四方八方に吹き飛んでいく。さらに、プレートアーマーの下に着込んでいた衣類の全てが破れ、散っていく。
 身体が一回り大きくなり、筋肉の鎧が厚みを増した後に、獣の因子の完全解放によって、首周り・腕周り・脚周りに現れていた黒い体毛が、一気に全身に広がっていく。それと同時に、胸の中心から真っ赤な体毛が現れ、十字の形をとる。
 そして、完全に体毛が全身に広がりきると、頭部が完全に犬の頭部に変わり、手足の爪が伸びていき、その姿を、人から獣へと変貌させた。
 ウィン騎士長の変質した姿は、この大陸や、この国にも伝わる御伽噺に登場する、かつて大罪を犯し、神々の怒りを買い、呪いによって姿を変えられた、怪物である人狼ライカンスロープの様だ。

「この力‼この身体‼これこそ伝説の魔獣、ガルムの力だ‼」(ウィン)

 魔獣ガルム。この世界における、犬系統の魔獣の中でも、上位クラスに相当する魔獣の一匹。冒険者ギルドや、各国の首脳部が、最低でもAランク、特殊個体にもなればSランクと判断される程の、災害クラスの魔獣。個体数は少ないが、その代わりに、一匹一匹の基礎能力が生まれながらに高く、身体性能・魔力共に高水準であり、風属性と闇属性の魔術を得意としている。

「この力を、お前で試してやる。光栄に思え。伝説の魔獣の力を、その身に刻めるのだから‼」(ウィン)
「………国を裏切り、その上、人の身まで捨てたか」
「人の身を捨てるに値する力だ‼このような事も出来る程に、―――――人という存在を凌駕するのだ‼」(ウィン)

 手に持っていた、子供の玩具おもちゃの様になっていたロングソードに、漆黒の禍々しい魔力を籠めて、染み込ませていく。すると、柄から鍔、そのまま剣身から切先に向かって、籠めた魔力と同じ様に、漆黒に染まっていく。そして、全てが漆黒に染まり切ると、禍々しい魔力が漆黒のロングソードを包み込み、変質したウィン騎士長の巨体と合う大きさに、変化していく。
 ウィン騎士長が、禍々しい魔力に包み込まれたままのロングソードを、軽く血払いする様に横に振るう。すると、一般的な外見だったはずのものが、禍々しい魔力に影響されたのか、外見も同じ様に、禍々しいものに変わっていた。

〈あれが、ウィン騎士長が誇らしげに言う、人を凌駕した存在の力の効果、という事ですか。変化したのは、色と外見だけではないはず。特殊な能力を備えていると、考えておいた方がいいでしょうね〉

 両手に、再びショートソードの形状の、二振りの魔力剣を生み出す。何にしても、試してみない事には、相手の能力も、弱点も割り出せない。高純度の雷属性の魔力を練り上げ、循環させて、圧縮し、身体性能をさらに底上げする。
 閃駆で一気に駆け抜けて、ウィン騎士長に連撃を放つ。

「最早、そのような貧弱な力、私には通用しないぞ」(ウィン)

 ウィン騎士長が、余裕の表情でそう言いながら、ロングソードを左薙ぎに振るう。

「――な⁉」
「――――ハァッ‼」(ウィン)
「―――‼」

 慌てた様に、閃駆で距離を取った私に、ウィン騎士長はニヤリと嗤う。それもそのはずで、一連の攻防で、僅かに回避が遅れ、左肩の部分を深く切り裂かれたからだ。そして何より、私の両手に存在したはずの魔力剣が、大本の魔力そのものから、消し去られてしまっている。
 接近したあの時、左薙ぎに振るわれたロングソードを、魔力剣で受け流そうとした。しかし、最初にロングソードに触れた雷属性の魔力剣が、強制的に、純粋な魔力の状態にまで中和されてしまい、驚きながらも、迫りくる刃を凍らせようと、氷属性の魔力剣で再度受け流そうとする。だが、ロングソードの剣身に触れると、凍らせる間もなく、氷属性の魔力剣も、雷属性の魔力剣と同じく、強制的に、純粋な魔力の状態にまで中和されてしまった。
 経験した事の無い現象に、一瞬身体と思考が鈍り、止まる事のないロングソードの剣身を必死で避けたが遅く、左肩を深く切られた。傷自体は、獣の因子を開放している影響で、回復力が上昇しているので、急速に塞がっていっている。
 だけれども、このままプレートアーマを切られ続ければ、限界が来て、いずれ修復不可能な状態になり、武具として機能しなくなるのも時間の問題だ。
 魔力剣の消失は、恐らく闇属性の魔力による、魔力に中和によるものだろう。高ランクの魔獣の力ともなれば、相手の魔力の質が、ウィン騎士長の魔力を上回らない限り、こちらの魔力が、一歩的に中和され続けるのは間違いない。

〈それならば、魔力の質が同等となる状態にまで、――――私という存在を高めるまで‼〉
「≪因子解放・獣性昇華≫〖世界を飲み込む魔狼〗。《氷雪の白姫しらひめよ、我が心身に冷徹なる凍てつきを》」

 私を中心にして、身体の芯から凍えていく様な、膨大で、暴力的なまでの冷気が、周囲に溢れ出していく。周囲の草木に霜が降りていき、大小様々な木々の枝に、太く長い氷柱が出来ていく。吐く息が白くなり、時間と共に、その色が濃くなっていく。
 ウィン騎士長は、周囲の景色と温度の変化に驚き、数秒間呆然としていた。そして、私を見てもう一度驚く。

「なんだ、その姿は⁉私の知っている、狼人族の姿と何故違う⁉」(ウィン)

 獣性を昇華した私の姿は、数秒前とは大きく違う。そして、ウィン騎士長の言う様に、私の獣性昇華は、の狼人族の獣性昇華とは一線をかくす。それは見た目もそうだが、能力の威力・範囲などにおいても、大きく差がある。
 先程まで、漆黒だった頭髪や尻尾、全身の体毛の色が、暗い青色である、藍色に変色している。瞳の色も、紅葉色と藍色が混ざり合った、やや青みの濃い紫色である、すみれ色に変化している。
 先程までの姿の名残があるとすれば、頭髪や尻尾の毛先が、僅かに黒に染まっている事だけだろう。

「……ふん、多少強くなろうとも、今の私には到底敵わない。この力は、獣王すらも屈服させられる程の、―――強大な‟力”なのだから‼」(ウィン)

 魔獣の強力な脚力での縮地で駆け、私との距離を詰めてくる。
 両腕を、肩の高さまで上げる。両手を開き、両掌を前に向ける。すると、周囲に溢れる冷気が、私の身体を囲む様に渦を巻く。それら渦を巻く冷気が、両腕それぞれを伝っていき、一気に両掌の前に集まっていく。その集まった冷気によって、空気中の水分を氷結し、氷の双剣を形作っていく。最後に、渦巻いていた冷気を、一気に圧縮して補完する事で、完全なる氷の双剣を完成させる。

「シネェ――――‼」(ウィン)

 ウィン騎士長は、ロングソードの剣身に、闇属性の魔力を籠めて圧縮し、長大な魔刃を作り出し、唐竹割を放ち、私の身体を左右に分かとうとする。ロングソードの剣身が、私に触れる直前に、氷の双剣と身体に、紫色の雷がバチバチと放電し纏わりつき、一気に加速して掻き消える。

「――――――《雷氷雪華らいひょうせっか》‼」
「――――――ガァア‼」(ウィン)

 ウィン騎士長の背後に、私は氷の双剣を振り抜いた状態で立っている。
 ウィン騎士長の鳩尾に、雪華模様のつの花が咲く。上半分は、雷で三枚の模様の形が刻まれ、下半分は、氷で三枚の模様の形が刻まれる。ウィン騎士長は、自身に刻まれた雪華模様の痛みに耐えながら、背後にいる私に向けて、再び魔刃を纏わせ、振り返りながら右薙ぎの一振りを放とうとする。

「―――な⁉」(ウィン)

 禍々しい魔力に染まっていたロングソードの剣身は、私の一撃によって既にボロボロになっており、それに気づかぬままに、ウィン騎士長の放った、音速の一振りに剣身が耐えきる事が出来ずに、粉々に砕け散っていく。

「………ならば‼――――【微睡みに誘いし暗闇シュラーフ・ソンブル】‼」(ウィン)

 それぞれの手の爪を長大に伸ばし、闇属性と風属性の魔力を混ぜ合わせ、二属性の魔力を籠め、その魔力を圧縮して強化する。両腕を斜め上に広げて、タイミングを合わせて、斜め十字になる様に重ね合わせて、同時に振り下ろす。

「――――――《雷氷雪華・二連》‼」

 ウィン騎士長に向けて、再び氷の双剣を振るう。雷速で振るわれた氷の双剣の刃は、二属性の魔力を混ぜ合わせて強化した、長大な十本の爪を全て切り裂き、鳩尾に雪華模様を刻み込む。その数、十二枚。先程刻み込んだ雪華模様よりも細かく、間隔の狭い十二の剣撃。右半分は、雷で五枚の模様が刻まれ、左半分は、氷で五枚の模様が刻まれる。一番上と下の模様は、雷と氷が、縦で半分ずつ合わさった模様が刻まれる。

「……………消し炭となれ‼」(ウィン)

 ウィン騎士長の喉元に、闇属性と風属性、そして火属性の、三属性の魔力の高まりを感知する。それら三属性の魔力が混ざり合い、超高熱の漆黒の炎に変わる。大きく口を開き、漆黒の炎を広範囲に放つ。

「凍えよ、―――そして砕け散れ」

 左右の氷の剣で、右薙ぎ、左薙ぎの剣撃を、同時に放つ。その二つの剣撃が、漆黒の炎に触れると、漆黒の炎そのものを飲み込んでいくかの様に、その全てを氷結させていく。そして最後に、大きな氷壁となったそれが、音を立てて砕け散る。

「私の…………全てを燃やす炎が……」(ウィン)
「―――――――《雷氷雪華・ついの華》‼」

 最後の切り札であった、漆黒の炎すらも通じず、呆然とするウィン騎士長に向けて、終の剣撃を放つ。その数、二十四枚。二連の時よりも、さらに細かく、さらに間隔が狭い二十四の剣撃。終の剣撃は、雷と氷が、順々となって一つ一つの模様を刻み、一つの雪華模様を生み出す。
 最初に刻み込んだ、六枚の雪華模様。次に刻み込んだ、十二枚の雪華模様。最後に刻み込んだ、二十四枚の雪華模様。それら全てが合わさって、一つの大きな雪華模様となる。そして最後に、刻まれた三つ全ての雪華模様が輝き、ウィン騎士長の身体により深く刻み込まれ、血の華を咲かせる。
 ウィン騎士長は最後まで、自らが負けた事を認められぬ、といった表情のまま、前のめりに地面に倒れこんでいく。刻まれた雪華模様から、地面に血が流れていき、ウィン騎士長の身体を中心にして、綺麗な六つの花の形を描いた。

「……姫様の元に向かわなければ」

 最後に、何時か自分が同じ道を辿らない様に、愚か者にならないために、ウィン騎士長の死に様を目に焼き付けて、その場を後にした。
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