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第7章

第188話

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「シュリ様、………立派になられ……ましたね。………これなら……安心して…死ねます。では、……妻と娘が…待っておりますので、……お先に…冥府に失礼します。…………この国に、安寧と繁栄を」(モール)

 モール少佐は、言葉を一つ一つ大事に紡ぎながら、背筋をピンと伸ばし、ゆっくりと右手を上げていく。そして、最後に笑みを浮かべ、シュリ第二王女の目をしっかりと見て、敬礼を行う。
 数秒間の敬礼の後、フラリと、モール少佐の身体が、地面に崩れ落ちていく。その身体を、シュリ第二王女が受け止めて、綺麗な体勢で地面に横たわらせ、胸元にある部隊章に手を添えて、両目を閉じてその死をいたんでいる。
 エルバさんは、そんなシュリ第二王女に近づき、肩にそっと手を添えながら、同じくモール少佐の死を悼んでいる。

 モール少佐は、手加減抜きで戦いながらも、シュリ第二王女も、エルバさんも、どちらも殺す気など、最初からなかったのだろう。その証拠というにはあれだが、彼女たち二人の身体に、切り傷などの小さい傷は各所にあるが、致命傷となる大きな傷が一つもないというのがある。
 こういってしまっては何だが、あれだけ凄腕の軍人が、まだまだ荒削りの状態の二人に対して、致命傷の一つも与えられないというのは、不自然だ。
 それに、最後の言葉も、気になる所があった。それに関しての答えを得ようと、二人に質問をしようとした時、俺たち三人を包む空気が変わった。それこそ、全く違う土地に、転移でもしたかの様に。
 そして、この空気が変わる現象に対して、俺は一種の馴染み深さを感じていた。なぜなら、よく使う時空間魔術の感覚とよく似ており、その中でも、異空間を生み出す際のものに、非常に酷似した感覚だったからだ。シュリ第二王女とエルバさんは、異空間に入り込んだのは初めての様で、異空間内の空気の違いに、獣人としての鋭い感覚が敏感に反応して、少し戸惑っている。
 そんな二人が、現状を把握する前に、状況は刻一刻と変わっていく。森の木々を抜けて、三人の人影が俺たちの前に現れた。一人は、演習場でシュリ第二王女を見ていた、牛人族の男性騎士。一人は、ダンジョンを攻略した際に接触してきた、第三騎士団所属の、犬人族の騎士長。そして、最後の一人は、ダンジョンでコソコソと活動していた、反王族派の者たちと繋がっている、第三勢力の者、黒いローブを被った人物。
 牛人族の男性騎士と、犬人族の騎士長は、無言で自らの得物を抜き放つ。牛人族の男性騎士は、シュリ第二王女に。犬人族の騎士長は、エルバさんに。それぞれ標的を定めて駆ける。残る俺には、当然だが、黒いローブの人物が相手となる。しかし、黒いローブの人物は、ただ黙って俺を観察し続け、二人とは違い、直ぐに仕掛けては来ない。

「…………予想外だったな。これから事を起こす国に、神代に生まれし原種の一つ、長耳の森人ハイエルフがいるとはな。……それも、相当の腕利き。森人の中で、ここまでの腕利きは、俺が知る限りにおいて、――戦神ヘクトル、千景万色せんけいばんしょくの魔女ルイス、そしてお前でだ。若き森人よ」(黒いローブの人物)
「………一体何者だ?」

 俺の問いかけに、黒いローブの人物は、スッと右手でフードを掴み、後ろに下ろして隠していた顔を見せる。一切の色素が抜けきった様な、純白と表現してよい程の、ボサボサの、真っ白なボーイッシュな短髪。深みのある、美しい暗緑あんりょく織部おりべ色の肌。見つめる者を引き込みそうな、濡羽ぬれば色の瞳のつり目。そして、額の中央に、細長い円錐状の灰色の角が伸びている。外見上の見た目は、人類種・鬼人族の美女の様にも見えるが、肌の色が違い過ぎる事から、魔人種である事は間違いない。
 フードを後ろに下ろすまでは、もやがかかっていたかの様に、目の前の人物が掴み切れなかったのに、フードを後ろに下ろした瞬間に、まるで視界が晴れたかの様に、ハッキリと目の前に立つ人物を捉える事が出来る様になった。
 そんな目の前の美女は、口角を僅かに上げてニヤリと笑い、その口を開く。

「俺の名は、アッシュ。お前の予想通り、魔人種だよ。俺の身体に流れる血は、かつての大戦で、、魔人種・小鬼ゴブリンのものだ。つまり、お前たちと同じく、神代に生まれた原種の一つ、特殊な血筋と言ってもいい存在だ。そして、このローブは特別製でな。こうすると……」(アッシュ)
「――⁉」

 アッシュが再びフードをかぶると、ローブから時空間属性の魔力が発し、目の前に立っているにも関わらず、その存在をしっかりと捉える事が出来なくなる。

「時空間属性の魔力を利用した、認識をずらして相手を惑わす、一種の魔道具の様なものさ」(アッシュ)

 そう言いながら、フードを後ろに下ろす。そして、首を左右にポキポキ、その次に拳をボキボキと鳴らし、全身から圧倒的な覇気と、膨大な量の魔力を発する。バサリとローブの前面をはためかせると、へそから下が、パサリと左右に開き分かれる。

「さあ、一緒に暴れようか、相棒」(アッシュ)

 そう言いながら右腕を上げて、異空間を開き、アッシュの身の丈と同じくらいの長さの、巨大で細長い、灰色の八角棒はっかくぼうを取り出す。アッシュは、その灰色の八角棒を、軽々と持ち上げて肩に乗せる。
 アッシュが肩に乗せた八角棒は、その全てが魔鉱石で構成されている。さらに言えば、高品質な魔鉱石を、複数混ぜ合わせて作り出されている様で、魔力伝導率や、属性魔力への変換効率などなどが、下手な魔道具や魔剣などよりも、比較にならない程に高められているのが分かる。
 八角棒に、魔力が籠められ、流れ込んでいく。魔力伝導率が高い事もあるが、籠められた魔力がスムーズに流れていく事から、使い手である、アッシュの魔力に馴染んでいるという事であり、それだけの年月を共にしているという事でもある。
 この世界では、外見年齢=その人の年齢というのは、合っている事の方が少ない。見た目が少女でも、実際には、とんでもない程に年上だったなんてのは、よく聞く話の一つだ。その様な事から考えても、外見年齢二十代に見えるアッシュも、立ち振る舞い、魔術的・肉体的な能力、八角棒の魔力の馴染み方から、実年齢や、戦場で生きてきた年数、くぐってきた修羅場の数は、相当なものだろうと予想できる。
 何より、八角棒に目立った傷という傷がないという所が、八角棒そのものの頑丈がんじょうさを表しているし、アッシュの、武具としての八角棒の扱い方が上手い、という証明でもある。
 故郷の里の狩人たち、ヘクトル爺、ルイス姉さん、あの人たちが、自らの扱う武具を壊したという所を、生きてきた数百年の間に、余り見た事がない。ヘクトル爺やルイス姉さんにさんざん言われたが、武具の性能が良く、宿る能力が強くとも、使い手が未熟、二流・三流の使い手のままならば、力を完全に発揮する事も出来ず、無暗に武具の寿命を削り、やがてはその命を散らす、と。それに、壊したといっても、そうしなければいけない、そうしなければ死んでいた、という状況だったと聞いている。
 俺自身、シュターデル獣王国に来てから、ダンジョンでの戦闘でも、今回の戦闘でも、何本も打刀を壊しているので、作り手としても、戦士としても、まだまだ未熟という事だ。
 アッシュが、高密度・高純度の魔力を練り上げ、循環させ、身体全体に圧縮する。圧縮された魔力によって、身体性能・能力を底上げし、本格的な戦闘体勢に入る。肌がひり付く様な、濃密な殺気に威圧。空気を震わせるほどの、膨大で高濃度の魔力。スッと顔から笑みが消え、表情や雰囲気がガラリと変わる。冷静に相手を観察し、確実に相手を仕留めようとする、一人の戦士となる。

「簡単に、――――――死んでくれるなよ」(アッシュ)
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