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第7章

第187話

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 脈々みゃくみゃくと受け継がれてきた、血の、獣の因子の記憶が駆け巡っていく。生誕、日常、戦い、家族、そして死、歴代の獣王たちの人生を垣間見ながら、どんどんと時代をさかのぼっていく。そして、気が付くと、湖のほとりに立っていた。

青臭あおくさ子獅子こじしが、立派な獅子に成長した様だな』(?)

 一つまた一つと、湖に波紋が広がり、中心から、一頭の獅子が現れた。全身が真っ白の体毛で、空色の瞳をしている、我ら獅子人族の始まり、祖先である、神獣レオ様だ。つまり、今俺の精神がいる時代は、神代じんだい。遥か昔の時代であり、神々や、それに連なる方々が、地上で暮らしていた時代。

「我が父、我が祖父、偉大なる先祖たちに比べたら、俺は戦士としても、王としても、まだまだ未熟者です。これからも、日々精進ひびしょうじんの気持ちで、自らを高めていきたいと思っています」

 俺の言葉、誓いに、レオ様の雰囲気が、王としてのものから、血の繋がった者、孫を見守る祖父と同じ様な、柔らかいものに変わり、フワリと微笑んだ。

『そう気負う事はない。一歩一歩、ゆっくりと歩みなさい。グース、お前の事も、お前の子らの事も、ここから見守っているよ。遠慮なく、手加減せず、―――――――我が力を使いなさい‼そして、群れに勝利と安寧を‼往きなさい、獣王よ‼』(レオ)
「――――はい‼」

 俺の精神が、湖のほとりから遠ざかり、時代がズンズンと進んでいく。次代が進む事に、俺の背中を、歴代の獣王たちが激励として叩いていく。幾つも重なった手形は熱を持ち、確かなものとして俺に力を与えてくれる。
 目を開く。精神世界の中では数分、数十分の出来事でも、実際には、ものの数秒程度しか進んでいない。それでも、背中にある熱と、この身から溢れる、膨大な魔力と太陽の如き熱が、レオ様と、歴代の獣王たちとの邂逅を実感させる。
 そんな俺の変化を、野生の本能で敏感に感じ取ったのか、クレータは、低い警戒の唸り声を上げながら、ジッと俺を観察している。

「《我は沈まぬ日輪、白き獅子なり》」

 暗い茶色の獅子の体毛が、毛の根元からゆっくりと、真っ白に染まっていく。それと同時に、金茶色の瞳が、空色の瞳に変化していく。そして、真っ白に染まった獅子のたてがみの毛先は、燃え盛る炎の残り火の様に、あけ色に染まっている。まるでその毛先が、本当に燃えている、生きている炎の様に、ユラユラと揺らめいて見える。
 両手を、握ったり開いたりを何度か繰り返す。一度大きく息を吐き、目を閉じる。

 目を閉じた瞬間を、隙だと判断したクレータは、グレートソードを肩に持ち上げながら、真っすぐに縮地で駆ける。グースの身体を上下に切断しようと、腹部に向けて、乱雑に一振りを放つ。

「―――――――⁉」(クレータ)

 グーズは目を閉じ、無防備なままで棒立ち状態。グレートソードは、何の抵抗もなく、グースの身体を切り裂いた…………かの様に見えた。
 グレートソードの剣身が、グースを切り裂くと、まるで、そこにいるグースが、陽炎の様に揺らめき、幻だったかの様にフッと消える。
 身体を切り裂いた感覚。確実に致命傷を与えたという実感。そして、自分の嗅覚・視覚などの、感覚を完全に欺かれた事への、僅かな恐れ。

「―――――――‼」
「――ガッ‼」(クレータ)

 クレータの左頬に、右拳を放つ。右拳は、牡牛のヘルムを砕き、その勢いのままに、クレータを地面に叩きつける。流れる様に、その場で縦に一回転して、左脚での踵落とし。腰の部分の鎧を砕き、さらに地面に深く叩きつけ、大きく蜘蛛の巣状の亀裂を生みだす。
 スッと音もなく着地し、クレータの左脇腹を、右脚ですくい上げる様に蹴り上げる。重量を感じさせない様に、フワリと目の前に浮かんだ、クレータの腹部に右脚での膝蹴りを放つ。そのまま右脚を後ろに引き、腰を回転させ、腕を捻りながら、右拳を胸部に叩き込む。
 右拳の一撃によって、吹き飛んでいくクレータを追い、拳と蹴りを、絶え間なく叩き込んでいく。連撃の最後に、左手の掌底による魔力浸透撃を放つ。その瞬間、上半身の牡牛の鎧に次々と亀裂が入っていき、それが広がり、致命的なものになった時、ついには砕け散った。砕けた鎧が周囲に散らばりながら、クレータの身体は、地面に落下していく。

「グラァアアアアア―――――――‼」(クレータ)

 怒りの咆哮が、空気を震わす。それと共に、上半身の服が弾け飛び、身体がさらに変質していく。褐色だった肌は、黒に近い肌色に変わり、身体の所々にしかなかった鱗が、全身に広がっていく。取り込んだ土竜の力が、クレータの獣の因子を押しのけて、完全に主導権を奪い、表に出て来たのだろう。その姿は、顔が人のものであるだけで、外見的には、魔物である蜥蜴人リザードマンに酷似している。周囲に放つ魔力も、クレータの生来のものから、取り込んだ土竜と思われる魔力に、変質してしまっている。
 最早、目の前にいるのは、クレータと言う一人の牛人族の戦士ではなく、獣の因子に呑まれ、人とも魔物とも言えない様な存在に成り果てた、哀れな一人の反逆者だ。

「《殲火せんか白炎はくえん》」

 腕周り・脚周り・首周りの体毛、そして、獅子の鬣の体毛の全てが、鬣の毛先と同じ様に、本当に燃えている、生きている炎の様に揺らめている。そんな揺らめく体毛は、燃え盛る白き炎の様である。
 外見的変化は、たったそれだけ。だが、外見とは裏腹に、俺自身の内面から発する熱量と威圧感が、極限にまで高まっていく。高まっていく熱量によって、この場の空間全ての空気が、急速に乾燥していき、圧倒的なまでの威圧感によって、生物としての格の違いを、クレータの野生の本能に叩きつける。

「グッ‼――――――――グラァアアアア‼」(クレータ)

 圧倒的強者への恐怖が一気に高まり、乱れた心を鎮めるために、目の前にいる存在を排除するために、自身が強者であるという証明の為に、無意識の内に、本能全開で駆けていた。
 身体の、脳のリミッターが外れ、土竜としての身体機能・能力を無理やり引き出し、強烈な威圧感を放つ。それは、正しく竜種の放つ威圧感と同じものであり、目の前に迫るクレータに、土竜の幻影が重なって見える。

「ウラァアアア―――――‼」
「ガァアアアア―――――‼」(クレータ)

 演習場の中心で、右拳と、グレートソードの刃が、真正面からぶつかり合う。周囲に放たれる強力な衝撃波。それと同時に、互いの魔力がぶつかり合う事で、反発し合い、バチバチと周囲に放電が起こる。それらの余波は凄まじく、今までの戦闘の影響で、ボロボロになっていた演習場が、見事に崩れ去っていく。

「ウォオオオオオ―――‼」(クレータ)

クレータは、土竜の、竜種としての膨大で質の高い魔力を、さらに無理やり引き出す。その魔力を一点集中、グレートソードの剣身に纏わせ、極限まで圧縮して強化する。
 それによって、、拳が後ろに押される。

「《白獅子の炎爪レオ・フィアンマクロー》」

 右拳に、レオ様のオーラが纏わり、燃え滾る白炎となり、それが圧縮されて形を変え、五本の白き炎爪となる。右腕を振るい、五本の白き炎爪でもって、グレートソードの剣身を、五つに分断する。

「《白炎の籠手アルブムフィアンマ・ガントレット》・《白炎の脛当アルブムフィアンマ・グリーブ》」

 白き炎爪と同じ様に、燃え滾る白炎が圧縮されて形を変え、両腕に籠手、両脚に脛当と、ほことなり盾となる。
 腰を回転させ、腕を捻りながら、左拳での拳撃を、胸部に向けて放つ。クレータは、土竜の力と自らの力の二つを重ね合わせ、分断されたグレートソードの剣身を集め、一瞬で盾に変化させ、俺の拳の直撃を防ごうとする。しかも、生み出した盾は、大きさを捨てて、拳とほぼ同じ大きさにし、厚みを持たせたものにしている。

「――⁉―――――――ガッ‼」(クレータ)

 白炎の籠手を纏った左拳は、立ちふさがるアダマンタイトの盾に触れた瞬間、その存在が、元から無かったかの様に、目の前から消え去る。一瞬で盾が消えた事で、クレータも対応出来ず、左拳は、綺麗に胸部の中心に突き刺さる。そして、ジュッという音と共に、土竜の鱗を突き抜け、超高熱の熱が叩き込まれる。

「ガァアアアアア―――――‼」(クレータ)

 クレータの、下半身を守っていた牡牛の鎧が、グニャリと崩れ、スライムの様な軟体に幾つか分裂し、グレートソードの剣身に変化していく。それら複数の刃は、俺を貫こうと、一斉に空を翔けて迫る。それと同時に、アダマンタイトの太い腕を生みだし、俺の両脚に巻き付き、移動できないようにしようとする。
 だが、拘束しようと接触した、アダマンタイトの太い腕は、先程の盾と同じ様に、一瞬にして消え去る。そこに、グレートソードの剣身の群れが迫る。

「………………‼」

 その場から動くことなく、拳の連打でもって、グレートソードの剣身の群れを迎撃する。グレートソードの剣身の群れも、盾・腕と同じ様に、拳の拳撃を受けて、一瞬で消滅していく。
 余りにも一方的な展開に、クレータも呆然としている。しかし、徐々に状況が理解出来たのか、反撃に出ようとするが、身体が動かない様だ。今でも、クレータは獣の因子の本能で動いているが、それよりもさらに奥底、クレータという存在を形作っている魂が震え、恐怖し、目の前にいる、俺という存在に反撃する事を拒否している様だ。

「…………‼………‼」

 そんなクレータに、音を置き去りにした拳と蹴りの連打を、息つく暇もなく叩き込んでいく。叩き込まれた箇所は、鱗も身体も焼け爛れていき、最終的には、息もするのも精一杯といった状態になっている。しかし、土竜の生命力、再生能力によって、ジワジワと、回復していっている。
 だが、そこに立っているのがやっとというクレータは、意識も朦朧としており、獣の因子の本能も、ついに心が折れ、ただただ、俺を見つめているだけ。再生しているのが分かっていても、クレータの腕も脚も、動く事は無い。
 深く息を吐き、さらに膨大な白炎を生みだし、それを両腕と籠手に集中し、一気に圧縮していく。左脚を一歩前に踏み込み、腰を落とし、両拳を腰まで後ろに引いて溜め、両腕を上下で揃えて、クレータの胴体に向けて同時に放つ。

「《白獅子の牙レオ・コルヌ》」

 俺の両腕から、オーラが立ち昇り、それは巨大な白き獅子の頭部に変わる。その白き獅子の頭部は、大きく口を開き、クレータの全身を喰らう。そして、クレータを喰らった白き獅子の頭部は、急速に圧縮されて小さくなっていき、最後に、ボッと音を立て、フッと消え、白く細い煙がユラリと立ち昇り、スーッと消えていく。

「お前の思想は、一つの意見として理解はしよう。だが、獣王として、国を導き背負う者として、民を守る戦士として、賛同は出来ん。そして何より、致命的なほどに、やり方を間違えた。間違えたんだ、クレータ。………さらばだ。先に冥府で待っとれ。獣王としての務めを、為すべき事を為した後に、俺もそちらに向かう。その時に、今回の続きでもしようか」

 ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。………さあ、可愛い家族を、愛しき国民たちを、害する者から守りに向かおう。

「まずは、どうやってこの異空間から抜け出すか、それが重要だな」
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