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第7章

第177話

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駆ける俺の速度に、愚か者たちは対応出来ない様だ。一番近い位置にいた、恐らくは、上位魔獣である、オルトロスの‟力”を手にしたであろう、双頭の犬そのもの顔で、元々の獣の因子に起因していた尾も、その影響によって蛇の姿に変わっている、暗殺者の男の胸部に、音速を超えた右拳の拳撃を放つ。

「「―――――――――‼」」(双頭の暗殺者)

 手応えとしては十分。俺の拳は、確実に胸部を捉え、突き刺さる。骨を砕き、筋肉を破壊する。その拳撃の衝撃は、オルトロスの暗殺者の背中から突き抜けていき、後ろにいる、他の暗殺者たちに向けて吹き抜けていく。
 オルトロスの暗殺者は、声を上げる事も出来ずに悶絶もんぜつし、その場に倒れていく。オルトロスの‟力”による恩恵か、即死ではないものの、死に体であり、身体をピクピクと震わせている。

「あれだけ大口叩いておいて、こんなもんか?」(グース)
「………殺せ。全員、全力で殺しにかかれ‼」(暗殺者の長)

 今更ながらに、自分たちとの力量の差を実感したのか、暗殺者たちは、余裕の態度を消し去り、銀の鱗を持つ、リザードの頭部になった、暗殺者の長がえると同時に、全員で、俺を殺すために動き出す。
 暗殺者たちの、身体全体を観察すると、バジリスク・オウルベア・サイクロプスなど、上位の魔獣や魔物の特徴を、顕著けんちょに示している。さらには、グリフォンなどの、簡単には倒せない様な、幻獣の特徴を示す者まで混じっている。そして、魔力感知によって、全員の心臓付近から、禍々しい魔力の塊を感知する。
 それを、俺はよく知っている。
 まさしくそれは、魔物や魔獣、幻獣などが体内に持つ、魔石が放つ魔力や気配、そういったものと全く同じものだった。

 〈つまりこいつらは、獣人である事を捨てて、魔物や魔獣という存在に、文字通り、生まれ変わったという訳か〉

 暗殺者たちは、それぞれの体内に宿す、魔石の本来の持ち主の‟力”を、俺に向けてふるう。熱源感知に、石化能力・隠密能力に、発達した視覚と聴覚・巨人由来の超人的な身体能力に、打たれ強いタフな身体。
 幻獣の魔石を、その身に宿す者にいたっては、特殊な能力だけに限らず、殺傷力の高い魔術などを、少ない魔力で、馬鹿みたいに放ってくる。その際には、必ず味方に当たらない様に上手く立ち回り、魔術が俺にしか向かわない様に、全員で連携してくる。

 特殊な能力は厄介だ。だが、対策が全く出来ないわけではない。魔石の本来の持ち主たちとは、何度もやり合った戦闘経験がある。それらをまえながら、暗殺者たちとの闘争を、有利に進めていく。
 最初の、油断していたオルトロスの暗殺者とは違い、拳撃の一撃で沈む事はない。巧みな連携によって繰り出される、様々な攻撃を、野生の直感と、積み重ねてきた経験に従って避けていく。そして、徐々に魔力を高め、循環し、圧縮していき、高純度の魔力を籠めた拳撃や蹴りを放っていく。俺の放った攻撃は、正確に敵に突き刺さり、叩き込む事で、致命傷を与えていく。

 一人、また一人と、その身を魔に墜とした暗殺者を、地に沈めていく。倒れこんでいく暗殺者たちの、命のともしびは完全に消え去っている。この一連の反乱が収まったとしても、魔に身を墜とした者を、許す事は出来ない。
 俺は、戦士としても、獣王としても、心に一切の慈悲を持たず、徹底的に芽を摘むために、暗殺者たちの命を刈り取っていった。

「そんなバカな⁉我らは、獣人どころか、人類種を超越した‟力”を、手にしたはずだ‼」(暗殺者の長)

 暗殺者の長の、心からの慟哭どうこくが響き渡る。
 既にこの場に立ち、生きているのは、暗殺者の長だけだ。確かに、魔物や魔獣などが持つ、驚異的なまでの再生能力を、暗殺者たちも手に入れていた。これに関しては、厄介ではあった。だがそれは、心臓や頭を、破壊されない事が前提にある。
 魔物や魔獣由来の‟力”を手にしたといっても、不死ではない。人としての生存が、不可能な状態にされれば、当然だが、そいつは死ぬ。
 暗殺者たちは、そんな当たり前の事すらも、手にした‟力”に酔って、忘れてしまったのだろう。

「我らは‼最強の‼暗殺者集団なのだ‼俺一人になろうとも、………必ず、貴様の首を獲る‼」(暗殺者の長)

 暗殺者の長の感情が、嘆きから怒りに変化していく。その感情のたかぶりに合わせて、魔力が急速に高まっていく。
 魔力の高まりに合わせて、身体の大きさも変化する。小柄だった身体が、二メートル程にまで伸び、身体全体の骨格から筋肉量まで、別人に入れ替わったかの様に、大きく変化した。
 纏っていたローブも、身に着けていた衣服も破れ、暗殺者の長の全身がよく見える。手脚や胴体など、全身を、銀の鱗が覆っている。俺は、リザードの頭部に、銀の鱗という点から、暗殺者の長の身体に宿る、魔石の本来の持ち主を、頭に思い浮かべる事が出来た。

「……メタルリザードか」(グース)
「そうだ‼こいつの特性は、お前もよく知っているだろう‼」(暗殺者の長)

 物理的・魔術的な攻撃がほとんど効かない、戦いづらい上位の魔獣。その原因が、その身を守る銀の鱗。物理的な衝撃に強く、さらに、魔力を弾く性質を持っている。その事から、メタルリザードを仕留めるには、銀の鱗を抜く、高威力の物理・魔術が必須になる。

 暗殺者の長が、大きくなった身体の動きを確かめる様に、その場で、色々と身体を動かしていく。たった数回だけ身体を動かしただけで、身体の違和感や動きを修正した様で、ニヤリと口角を上げて、一気に駆けて仕掛けてくる。
 迫りくる暗殺者の長に対して、俺も口角を上げて、魔力を練り上げ、循環し、圧縮した魔力で、全身を強化する。

 拳と拳がぶつかり合う。蹴りと蹴りがぶつかり合う。その度に、ビリビリと空気を震わせ、互いの身体に衝撃が伝わる。その場から、両者動かずに、超高速の格闘戦での攻防を行う。
 俺の拳は、暗殺者の長の顔面に突き刺さる。しかし、暗殺者の長の拳は、俺の顔面には突き刺さらない。俺の蹴りは、暗殺者の長の腹部に叩き込まれる。しかし、暗殺者の長の蹴りは、俺の身体に触れる事はない。

「何故だ‼……何故なのだ‼何故、貴様には届かん‼」(暗殺者の長)

 暗殺者の長の問いに、俺は答えない。暗殺者としての技に、メタルリザードの特性。それらの合わさった、目の前の男は確かに強い。だがこの世界には、この男よりも、俺よりも強い、化け物たちがいる事を、俺は知っている。そして、そいつら化け物たちに近づこうと、今も必死に努力を、鍛錬を続けている。それらの差が、俺とこの男の、埋められない、決定的な力量差を生みだしている。

 暗殺者の長の身体は、既に満身創痍で、ボロボロの状態だ。それでも、暗殺者の長の瞳から、光が消える事はない。その身を、執念・気力だけで立たせ続け、俺を殺す、という事だけを、成し遂げようとしている。

 獣の因子を、さらに解放させる。全解放時の三割程だが、それでも、暗殺者の長を圧倒出来る。首周りなどに現れた、薄っすらとした体毛が、ほんの少し濃くなる。身体の奥底から、魔力が溢れ出来る。それらを完全に制御し、この身をさらに強化していく。

 肌にピリピリと感じる、高濃度・高密度の魔力に、剥き出しの闘気。暗殺者の長は、それだけで膝から崩れ落ちそうになる。しかし、それでも一歩踏み込み、王者に向けて駆ける。その首を、獲るために。

「その忠義だけは、見事‼」(グース)

 高濃度・高密度の魔力を、右拳に圧縮していく。腰を落とし、左手を少し前に構え、右腕を引く。
 雄叫びを上げながら、暗殺者の長が、俺に右拳の拳撃を放つ。それに合わせる様に、左腕を引き、腰を回転させ、捻りの力を生みだす。そして、静かに、そして鋭く、右拳の正拳を放つ。
 暗殺者の長の右拳は、俺の頬を掠めて、すぐ横を突き抜けていく。
 俺の拳は、暗殺者の長の胸部に、吸い込まれる様に突き刺さり、心臓を破壊する。

「あの……御方の……理想の…ために……無念なり………申し訳ありません」(暗殺者の長)

 最後の言葉を残して、暗殺者の長の身体が、俺の身体にし掛かりながら、ズルズルと、地面に崩れ落ちていく。俺は、暗殺者の長の身体を支え、ゆっくりと、その身を地面に横たわらせる。忠義だけは見事だった、暗殺者の長の安らかな眠りを願い、数秒間の黙祷を行う。

 そこに、一人の男が現れた。演習場の入り口から、悠然と、歩んでくる。
 歴戦の戦士・獣人の英雄・牛人族の誇り・シュターデルの盾。様々な名で呼ばれ、それに相応しい力を示してきた、生ける伝説。アステロの父にして、シュターデル獣王国の騎士団を統括する騎士総長。クレータ・クノッソスが、俺の目の前に立っている。

「………真面まともな傷も付けられんか。…それに、身体の変質に伴って、自爆術式も歪められて、不発に終わったか。所詮は、小手先の技だけの、暗殺者共だったな」(クレータ)
「それが、忠義を示した者たちへ、言うべき言葉か?こんな奴らでも、貴様の理想とやらの為に、命を懸けたのだぞ?」(グース)
「それがどうした?理想の為に、死ねたのだ。こやつらも、本望だろうよ」(クレータ)
「………そうか。貴様がそのつもりなら、こちらも、アステロに気遣う必要もないか。貴様は、―――――――――全力で潰す」(グース)
「貴様には、理解されたたいとも思わんよ。………獣王グース。儂の理想の為に、――――――死んでくれ」(クレータ)

 腰に差すロングソードを抜き放ち、老いたとは思えぬ速度で駆け、距離を詰めてくる。俺も、先程とは比較にならない程の魔力を練り上げ、循環させ、圧縮して、身体 機能・能力を何倍にも向上させて、クレータに向かって駆ける。
 クレータは、剣筋けんすじを視認出来ない速度で、ロングソードを振り下ろす。
 俺は、左拳に魔力を籠め、圧縮し、音速の拳撃を放つ。

両者の攻撃は、互いが互いを消し去らんとぶつかり合い、衝撃波を引き起こし、演習場に吹き荒れた。
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