引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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第6章

第145話

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「カイルにも後程、詳しい話を聞きたいと思っている。時間は大丈夫か?」(イーサル)

イーサルさんの問いかけに、俺は一度、ナバーロさんの方に視線を向ける。俺の視線を受けたナバーロさんは、静かにだが、しっかりと縦に一度頷く。そのままガンダロフさんたちにも視線を送っていくが、同じ様に全員が頷いている。

「はい、大丈夫です。日時は決まってますか?」
「いや、まだだが、早ければ早い方がいいと考えている。だが、英雄にも休息は必要だ。なので、そちらの都合のいい時に、と考えている。どうだろうか?」(イーサル)
「カイル、俺たちの事は、気にする必要はない。それに、俺たちとしても、情報は鮮度がある内にと思ってる」(ガンダロフ)
「私も、ガンダロフに賛成よ。鮮烈せんれつに記憶している内に、細かい所まで、しっかりと記録しておくべきよ」(シフィ)
「お二人はどうですか?」
「俺としても、賛成だね。こういった事は、早い方がいい」(シュナイダー)
「………俺も問題はない。だが、一つやって欲しい事はある」(ラムダ)

ラムダさんの言葉に、イーサルさんが反応する。

「ラムダ、やって欲しいこととは何だ?言ってくれ」(イーサル)
「今回の報告を、全て魔文字による魔術文書にして残してくれ。ただのインクでの文書は、火事などで燃えてしまう可能性がある。俺の国でも、過去の災害に関する文書が、そういった事が影響して、知識として後世に伝えることが出来なくなった」(ラムダ)
「ふむ。確かに、ここまでの規模の襲撃自体が何十、何百年ぶりの様なものか。分かった。こちらで、諸々の準備をしておく」(イーサル)
「……助かる」(ラムダ)

そう言えば、長の家にあった大量の本たちも、全てが魔文字で書かれていたな。さらには、表裏の表紙に、背表紙に至るまで、一冊一冊全ての本に保護術式を付与していたのを思い出す。

あれらの本も、代々受け継いできたものだからな。ラムダさんの言う様に、様々な要因でそれらが受け継がれないと、後々の世代が、今回と同じ様な状況になった時に困るからな。

イーサルさんが、少し離れた所で待機している、これぞ執事といったお爺さんに、指示を出していく。その執事さんは、年齢を感じさせない、定規が背中にあるような、凛とした立ち姿をしている。ガレンさんもそうだが、年齢を感じさせない、元気なお年寄りが、この都市には多いようだ。

「あの方は、隠居されている、イーサル様のお父様の代から、ユノック領主を支え守ってきた方です。イーサル様も、家族の様に、もう一人のお祖父様の様に、大切にされているんです」(ナバーロ)

ナバーロさんが、予備知識として、俺に教えてくれる。先代の領主であるイーサルさんのお父さんと、執事のお爺さんは、元は家庭教師と生徒の間柄だった様だ。二人は、年が一回りほど離れてはいたが、それでも時間が経つにつれて、互いを知っていき、仲の良い兄弟のような存在になったそうだ。

そして、そんな先代に生まれた子である、イーサルさんに対しても、祖父と孫の様な関係で、一緒に過ごしてきたそうだ。なのでこうした場所や、公務の際には、他人行儀な関係を見せているが、私的な場所では、違う姿を見せるらしい。ナバーロさんもポロリと、初めて見た時は物凄く驚いたものです、と独り言が口から出てしまっていた。

そんな執事のお爺さんは、ラムダさんの要望に、応えるための準備をしに、冒険者ギルドの外に出ていく。

「ナバーロさん、執事さん、出ていっちゃいましたけど、護衛の方はいいんですか?」
「あの方も、もう若くはありませんからな。専門の護衛の騎士が、それと分からないように、この場に混じっているはずです」(ナバーロ)
「そうですか。それなら、無用の心配でしたね」

やはりそうか。先程から、妙に周囲を警戒しつつも、イーサルさんを囲む様に座っている連中がいた。どれもこれもが、腕利きなのは、その佇まいだけで分かるほどだ。この騒動に乗じて、よからぬ事を仕出かそうとしているのかと、全員をそれとなく監視していたが、杞憂きゆうだった様だ。

そんな風に思い返していると、イーサルさんと、ガンダロフさんの話し合いは終わり、人魚や魚人の戦士たちの方に、イーサルさんは向かっていく。

「初めまして。私は、このユノックを治めております、イーサル・ユノックと申します。この度は、メルジーナ国のお力添え、感謝致します」(イーサル)
「頭を上げてください、イーサル殿。あのマルア殿のお孫さんに、頭を下げさせたなんて、マルア殿に知られたら、我々が叱られてしまいます」(人魚の戦士・その一)
「祖父を、ご存じなのですか?」(イーサル)
「ええ。かつては我らも、ユノックの海辺の近くで、生活しておりましたから。マルア殿が小さい時に、よく海辺に遊びに……失礼。鍛練に来ておりましたからね」(魚人の戦士・その一)
「あのクソガ………失礼。あのような活発な子が、こんな立派なお孫さんがいるなんてな。精霊様たちが聞いたら驚くな」(魚人の戦士・その二)
「確かにそうね。精霊様たちも、マルア殿には、相当イタズラされてたものね~」(人魚の戦士・その二)
「一体、祖父は何をしたんです?」(イーサル)

そこから語られたのは、イーサルさんのお祖父さんである、マルアさんの子供の頃から、青年なるまでの話。自らの中にある祖父の威厳と、厳しくも優しい、目指すべき憧れの姿が、崩れ去っていく音が聞こえるほどに、イーサルさんは、祖父のやんちゃぶりに、ショックを受けている様だ。

だが、直ぐに持ち直し、逆に祖父の事を知りたいという気持ちが、沸き上がってきたのか、人魚や魚人の戦士たちに、次々と質問していっている。人魚や魚人の戦士たちも、マルアさんの事を、面白おかしく話していく。

すると、執事のお爺さんが帰って来た。だが、執事のお爺さんは、自らの孫とも言えるような存在が、珍しく表情を変えている事に驚きつつも、その事に嬉しさを感じているようで、心なしか、先程よりもニコニコしている様にも見える。だが、流石にこれ以上待てないと判断したようで、申し訳なさそうに、イーサルさんに声をかける。

「イーサル様、ご準備が整いました。後は、何処で行うかのみでございます」(老執事)
「おお、すまんな、ダリ。………今回は、私の屋敷で行うとしよう。ダリは先に戻って、屋敷の皆に、周知徹底させておいてくれ。それと、ダリはそのままネストールと、ステイルも呼んでおいてくれ。そのまま、ネストールについての事も話しておきたい」(イーサル)
かしこまりました。では、皆様。申し訳ありませんが、一足先に戻らせていただきます」(ダリ)

ダリさんは、綺麗な一礼でもって、ネストールさんの方に向かっていく。ステイルという名前と、ネストールさんとの事を話したいという点。それらから考えるに、そのステイルという名の人物こそが、ネストールさんのお父上なのだろう。

「では、我々も移動しようか。ガレン、ギルマスも、附いてきてくれ。情報は一度で共有した方が、無駄がなくてすむ」(イーサル)
「分かりました」(ガレン)
「了解です」(ユノックギルドマスター)

イーサルさんが、冒険者ギルドの外に一歩出た瞬間に、ギルド内にいた護衛の騎士たちが、既にイーサルさんの回りに張り付いていた。その無駄のないプロの動きにも驚きだが、イーサルさんも、護られる者としての無駄のない動きを見せている。

護衛というのは、単純に、張り付いて護っていればそれでいい、というものではない。護衛対象者の体力や精神状態、何が得意で、何が苦手かなどを把握しておく事も大切だ。もしもの時に、そういった情報から、その場でとれる手段や、防衛方法が変わってくる。

逆に、護られる側にも、ある程度の、護られやすさというものが存在する。護られ慣れていない者や、自分が何もしなくてよいなどと考えている者たちは、まず動けない。さらにひどいと、勝手にその場から動き出したり、指示を出したがる。

基本的に、護衛はパーティーを組んで行う。なので、指揮系統が二つあれば混乱するし、勝手に動かれると、護衛たちの考える最善のルートから外れる可能性もある。そうなると、戦いながら護りやすいルートを、再度確認しながら、移動しなければいけなくなる。そうなると、護衛側にも余裕がなくなっていくという、悪循環に陥ってしまう。

ナバーロさんとガンダロフさんたち、イーサルさんと護衛騎士さんたち。この二組は、護る側と護られる側のそれぞれが、役割を理解しているし、互いに出来る事をしっかりと行っている。今もそうだ。ガンダロフさんたちは、疲れているにも関わらず、ナバーロさんの回りに張り付いて、周囲に視線を巡らせて警戒している。そして、暫く歩いた末に、イーサルさんの、領主の屋敷にたどり着いた。

『お帰りなさいませ』
「ああ、今戻った。早速、執務室を使う。ダリから指示のあった者以外は、何時も通りにしていてくれ」(イーサル)
『畏まりました』
「うむ。よろしく頼む」(イーサル)
『はい。お任せくださいませ』

この屋敷の、メイドさんや執事さんたちの、一糸いっし乱れぬ動きで、ダリさんの様に綺麗な一礼をする。イーサルさんの、メイドさんたちに対する態度や、メイドさんたちの反応を見るに、この屋敷の人たちは、全員仲が良いのだろう。

屋敷に入り、広いホールから二階に上がっていく。一都市を治める領主の館であるので、調度品なども、それなりに価値のあるものが飾ってあったりする。この屋敷の品を保ち、嫌味にならない様に考えられたものが、並べられているのを見て、綺麗だな~、へぇ~などといった、庶民的な感想しか出てこなかった。

それ以上に感心したのは、この屋敷というよりも、領主の館と認識されている土地に対しての、強力すぎるほどの祝福がかけられている事だ。恐らくこれは、海神セレベト様によるものだろう。

それとは別に、屋敷の庭から、屋敷内の様々な所に、魔術的・物理的なトラップなどの、攻撃性のある仕掛けがある。さらには、魔力を探知するものや、魔力障壁を展開する術式が、各所に付与されている。これらの術式は、新しいものもあれば、相当に古いものもある。

一番古いものの術式は、それこそ一世紀単位での、古さを誇る術式もある。術式一つ一つが、丁寧にメンテナンスされており、どの術式も、完璧に調整されている。そのお陰もあって、綺麗に魔力が術式に通り、全ての術式が発動されている。

〈それにどの術式も、魔力の反発も、術式の効果が、へんに重複している様子もない。この、丁寧で緻密な術式を組み上げた者も、相当な腕だ。同一人物かもしれないが、この配置を考えた者も、相当な切れ者だ〉

俺も、ある時にふと思い立ち、一つの設置型の術式が、どのくらいの年月発動し続けられるか、という実験を行ったことがある。結果は、俺の魔術の腕が悪いという事もあり、一ヶ月ほどだった。

その後に、メンテナンスをし続けた術式や、魔力量をバカみたいに込めたもの。魔力の質だけを高めたものなど、様々に試したが、結果的には定期的なメンテナンスを、魔力を流しただけで行える、術式の組み立て方にたどり着いて終わった。

孤児院に設置した術式も、この時に得られた知識を元に、組み上げた術式になる。あの術式にも、周囲から微量の魔力を吸収し、その魔力でもって、術式の維持のための、メンテナンスをしている。そのメンテナンスで、術式に劣化を防ぎ、もしもの時に、確実に発動出来る様にしている。

様々な術式を、観察・考察しながらも歩き続けて数分、イーサルさんの執務室にたどり着く。イーサルさんが執務室を開けると、そこには既に、ネストールさんと、ステイルさんと思わしき初老の男性がいた。ネストールさんは、立ったままでいた様だが、ステイルさんは椅子に座って堂々と寛いでいる。

イーサルさんは、二人に視線をチラリと向けるが、特に何かを言うわけでもなく、来ていたコートを脱ぎ、机の横のコートかけにかける。そして、机に座り、両腕のすそまくり、椅子やソファーに手を向ける。

「皆、適当な所に座ってくれ。………では、形式にのっとっていると、時間が無駄に過ぎていく。早速、始めよう」(イーサル)
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