102 / 252
第6章
第143話
しおりを挟む
狩っても狩っても、次々と湧いて出てくる。辺り一帯には、大量のタイラントクラブが、砂浜で息絶えている。最初は、人魚や魚人の人たちの、援護もあり、少ない労力で討伐出来ていた。しかし、海中でカイルの戦闘が始まるにつれて、徐々に、タイラントクラブ以外の、海の魔物が集まってきた。
人魚と魚人の戦士たちは、そちらにも手をとられ、次第に状況は悪くなっていった。それでも、ユノックの人々のために、私たちは、ここで踏ん張らなければいけない!!
「やっぱり動きがおかしい。こいつら何で、俺たちを無視して、町の方に向かいたがる?」(ガンダロフ)
「分からない。今までのタイラントクラブなら、真っ先に、目の前の獲物に向かってくるはずだものね」
「もしかして、カイルがやり合ってる呪の方が、何かしらの干渉をしてるのかもな」(シュナイダー)
「……その可能性は高い。ユノックを襲う、全ての魔物の思考に干渉して、操っているのかもしれん」(ラムダ)
最初に現れたタイラントクラブや、その後に現れた個体も、特にそんな様子は見られなかった。海中でカイルの戦闘が始まり、暫く経つと、動きのおかしいタイラントクラブが現れ出した。
先程までは、地上に現れれば、直ぐ様私たちを襲ってきたのにも関わらず、地上に現れてから、躊躇うことなく、ユノックの方に向かおうと、移動し始めた。私たちは、予想外の行動に一瞬遅れたが、強さ自体は変わらない事から、問題はなく討伐した。
だが、一体一体は問題なくとも、群れになってユノックを目指されれば、話は変わる。急遽、予定を変更し、海の魔物よりも、タイラントクラブを優先的に対処する事にした。人魚や魚人の戦士たちは、陸上でも問題なく活動できる事は、事前に情報共有していたので、彼らにも陸に上がってもらい、タイラントクラブの討伐を優先してもらった。
その結果、人魚や魚人の戦士たちとは違い、魔道具を持たない海の魔物たちは、陸に上がる事が出来ない。私たちを襲う事が出来るのが、魔術での遠距離攻撃のみとなった。私たちも、人魚や魚人の戦士たちも、魔力感知の範囲も精度も高かったので、魔術を放たれても、避ける事が出来た。
「だが、このままでは、いずれ俺たちの魔力も尽きる。さて、どうするか………」(ガンダロフ)
ガンダロフの言う通り、こちらは少数精鋭のパーティー。一人欠ければ、その分の負担が、残された者たちに、のし掛かる。様々な、強力な魔物と戦ってきた私たちでも、魔力切れには勝てない。魔力を回復させるポーションも、飲み過ぎると、効果が効きづらくなっていく。
もう既に、そんな魔力回復のポーションも、飲み過ぎるくらいに飲んでいる。魔力の回復量も、そんなに期待する事が出来ない。
「我らが残りましょう。貴方たちは、逃げなさい」(魚人の戦士)
私たちは、驚きながら、魚人の戦士の方を向く。
「貴方たちは、よくやってくれました。しかし、命を散らす事はない。生き延びて、次のために、力を蓄えなさい」(魚人の戦士)
「いえ、我々も覚悟は出来てます。光栄ですよ。貴方方の様に、高潔な戦士たちと、最後まで肩を並べて戦える事に」(ガンダロフ)
ガンダロフの言葉に、私たちも頷く。この戦いが始まる時に、死ぬ事も覚悟の上で、この場所の防衛を、カイル君から引き受けたのだ。そして何より、上位の冒険者としても、一人の戦士としても、このユノックという場所を守りたいからこそ、私たちはここに残った。
私たちの覚悟と決意を感じ取ってくれた、人魚や魚人の戦士たちは、ただ黙って、私たちと連携をとれる位置に、移動してくれる。
地面から、新たなタイラントクラブたちが、地上に次々と現れていく。タイラントクラブも、時間が経つ事に、身体のサイズも大きくなり、魔力量も多くなっている。カイル君が狩ってきた、主には及ばないものの、主に近しい力を持っている個体がウジャウジャいる。新たに現れたタイラントクラブも、そういった個体ばかりだ。
もう一度、全員と顔を見合わせて、腹を括る。ここが死地よ。己の全てを、皆を守るために使う!!
「各自の一番近い奴が、それぞれのカバーをしてやってくれ!!だが、無理はするな!!一体でも多く、奴らを、道連れにしてやるぞ!!」(ガンダロフ)
『応!!』
ユノックの方向に、動き始めるタイラントクラブたちを、それぞれが各個撃破していく。全員が全員ともに、余裕はない。最早、身体強化に魔刃など、少ない魔力でも使える様なものしか使えない。魔術の一つでも放ってしまえば、それすらも維持できなくなる。
それでも威力は健在。ガンダロフたちは、一振りとはいかないものの、確実に仕留めていくし、人魚や魚人の戦士たちも、見事な魔力操作と、得物であるトライデントの、練度の高さを見せてくれる。歴戦の戦士ならではの、細かいフェイントや小技などを用いて、確実に手足を破壊して、最後に的確に命を刈り取っていく。
五体・十体・十五体と、苦しいながらも、タイラントクラブを狩っていく。しかし、こちらも疲労によって、徐々に動きが鈍っている。いくら身体強化をしていても、身体が弱っていけば、効果は薄まっていく。次第に思考と身体の反応が遅れて、細かい傷が出来ていく。
「うっ!!」
疲労と、血を流した事で、立ち眩みを起こし、意識が朦朧とし、フラついてしまう。そして、そんな私の前には、タイラントクラブが迫ってきていた。
〈間に合わない!!〉
タイラントクラブが、邪魔物を払いのける様に、その巨大なハサミを振るう。視界の端には、ガンダロフたちが、私を救おうと、近寄ってこようとしているのが見える。
死の間際に、走馬灯を見るというのは、本当の事だったみたいね。幼い頃からの記憶から、ガンダロフたちとの思い出、ナバーロさんとの出会い、ウルカーシュで出会った優しい人々、次々と常識を打ち破っていくレイアたち。そして、ここを私たちに託して、自らの戦場に向かったカイル君。それらが、時間が停まったかの様に、次々と流れては消えていく。
「シフィ!!」(ガンダロフ)
「シフィ姐さん!!」(シュナイダー)
「シフィさん!!」(ラムダ)
タイラントクラブのハサミが、私を襲う。だが、何時まで経っても、衝撃も痛みもない。目の前にいるタイラントクラブを見ると、身体の各所を水で拘束されている。私に迫っていたハサミも、直ぐ傍で、水に絡み付かれ、さらには氷の盾が展開されている。
「大丈夫でしたか?」(?)
私が、声がする後ろを振り向くと、そこには、上位の精霊たちがいた。私に声をかけたのは、カイル君と一緒にいた、上位の水精霊だった。
その上位の水精霊は、私に回復魔術を発動しながら、拘束していたタイラントクラブの周囲に、無数の水の槍を展開する。それらの水の槍は、一斉にタイラントクラブに突き刺さり、消えていく。後に残ったのは穴ぼこになった、タイラントクラブだけだ。
その、穴ぼこになったタイラントクラブが倒れた瞬間に、他の精霊たちが動き出す。ガンダロフたちも、人魚や魚人の戦士たちも、精霊たちに保護されていく。そして、保護された私たちに、近づいてくる存在がいた。
「何とか、間に合いましたか。良かったです。こちらの相手が、少し厄介だったので、倒すのに手間取りました。付近にいた、海の魔物も対処済みです。遅れて申し訳ありませんでした」(カイル)
カイル君は、本当に、心の底から申し訳なさそうにしている。そう言えば、いつの間にか、海側からの魔術が飛んでこなくなっていたわね。申し訳なさそうでいて、しかし、全くもって何時も通りなカイル君の様子を見て、私たちは戦闘の意識から、気が抜けてしまう。まだやれると、身体に力を入れようとするが、急速に意識が薄れていく。
「後は、俺と精霊様たちとで、片付けておきますから、ゆっくりと休んでください」(カイル)
私たちは、その言葉を最後に、強制的に休まされてしまった様で、意識がプツリと途切れて、闇に沈んでいった。
―――――――――――――――
ガンダロフさんたちと、人魚と魚人の戦士たちを、回復させつつも、強制的に眠らせる。
地上に戻る際に、途中で呪の精霊と戦闘をしていた、上位の精霊様たちと合流した。そのまま急いで地上に戻ると、シフィさんが、やられそうだったので、思わず上位の水精霊様に‟指示”を出してしまった。
今の俺と、上位の精霊様たちは、仮とはいえ、契約関係にある。基本的に、精霊と契約者の関係は対等だ。例外となるのは、どちらかの力が、大きく離れている時のみだ。
しかし、上位の精霊様に対して、指示や命令を出せる様な存在は、ごく少数に限られる。そして、そのごく小数の存在というのが、俺のような調停者たちであり、この世界に君臨している、高位存在や超高位存在の者たちになる。
「すいません。指示を出してしまいました」
「いえ、気にすることはありませんよ。仲間を救うには、最善の行動だったと思います。それに、あの方々と契約している、貴方に指示を出された事の方が、我々にとっては光栄な事です」(上位の精霊)
「そう言ってもらえると、助かります」
「ですから、気にせずに、指示をください。貴方の指示通りに動いて見せましょう、今代の契約者よ」(上位の精霊)
「では、お言葉に甘えて。タイラントクラブを殲滅し、ユノックを守れ」
『了解!!』
各属性を司る、上位の精霊様たちが、一斉に動き出す。術士を消滅させた事で、呪の影響はなくなっているが、直ぐにでも、冷静な状態に戻るわけではない。暫くは、興奮状態が続くし、狂暴な攻撃性は元には戻らない。
次々と休まる事なく、呪に影響を受けていたタイラントクラブが、砂浜に姿を現していく。自らの内にある、衝動的で、本能的な何かに従って、人という存在を喰らいたいという思いのままに、突き進もうとする。
だが、そんなタイラントクラブたちを、土や石の腕が掴んでいく。そこに、風の刃・水の槍・炎の剣など、色とりどりの様々な魔術が、拘束されているタイラントクラブに向かって、襲いかかる。
それらは全て、タイラントクラブの命を刈り取り、残っているタイラントクラブたちに、その威力を示していく。この場にいる、全ての上位の精霊様たちには、十分過ぎるほどの魔力を、俺の方から供給している。ガンダロフさんたちの容態が安定したので、俺も主を討伐した時に使用したロングソードを取り出して、積極的に、タイラントクラブを狩っていく。
〈大分数は減ってきたが、まだまだいるな。少しギアを上げていくか〉
身体全体には、風属性の魔力を練り上げて、循環させ、圧縮して身体強化をする。さらに重ね掛けで、術士との戦いで行ったように、肘から先、膝から先に、雷属性の魔力を圧縮して強化する。
ロングソードには、主との戦闘の時と同様に、火属性の魔力を纏わせる。剣身が真っ赤に赤熱する。触れるもの全てを、焼き尽くすかのような、紅蓮の刃。その刃を、その身に受けるタイラントクラブは、全身を焼かれながら、静かに命の灯火を消していく。
タイラントクラブを狩り続けていると、ユノックの方から、大きな魔力をもつ存在が、近づいてきているのを感知した。しかし、その存在が近づいてくる事に、その存在の異質さが際立ってくる。
明らかに、魔力は人間族特有の魔力を感じるのにも関わらず、もう一つ、魔力を感じる。そしてそれは、何度感知し直しても、竜種の魔力であった。
「助太刀は要らんかもしれんが、加勢するぞ!!」(?)
「分かりました!!それなら、都市に近い方に向かってください!!」
「了解した!!」(?)
『味方の援軍が、そちらに向かいました。協力してあげてください』
『分かりました。何人程ですか?』(上位の水精霊)
『一人です』
『ひ、一人ですか!?大丈夫なんですか?』(上位の水精霊)
『見た限りだと、大丈夫そうです。それに、見てもらえれば、分かると思います』
『分かりま………、なるほど。確かに、これ程ならば、一人でも十分でしょう。こちらで、対応しておきます』(上位の水精霊)
『お願いします』
たった一人だが、援軍が来た所から、流れが変わった。一体にかかる討伐速度は上がり、数が少なくなった事で、より連携をとって討伐を行えるようになっていく。遠目から見る、たった一人の援軍の動きも観察するが、手に持つ青色の槍で、的確に突き貫き、タイラントクラブを討伐していく。その無駄のない動きも、技の冴えや練度も、上位の冒険者に遜色ないどころか、一部においては、上回っているのではないかと思う程だ。
最終的には、援軍による何十人分にも及ぶ、獅子奮迅の活躍もあり、ものの数十分で、呪の影響を受けていたタイラントクラブは、完全に殲滅出来たようだ。
徹底的に、生き残りがいないかを確認し、一息吐いていると、たった一人の援軍である紺碧のプレートアーマーの騎士が、近寄って来た。
「此度は、貴方方のお陰で、都市に被害がなく、住民たちも傷付かずに済みました。ありがとうございました」(紺碧の騎士)
紺碧の騎士が、感謝の言葉を俺に言う。そのまま、槍を地面に突き刺して、兜を取る。紺碧の騎士の素顔は、短い刈り上げで、キリッとしたつり目をした、爽やかなイケメンさんだ。
だが、重要なのはそこの部分ではない。紺碧の騎士の髪と瞳は、身に纏うプレートアーマーと同じ、紺碧色をしている。それが意味する事は、目の前に立っている騎士は、海神セルベト様から、加護を授かっている者という事だ。
「私は、ユノック領主である、イーサル様の武芸指南役を勤めております。ネストール・ジェレミアと申します。以後、お見知りおきを」(ネストール)
人魚と魚人の戦士たちは、そちらにも手をとられ、次第に状況は悪くなっていった。それでも、ユノックの人々のために、私たちは、ここで踏ん張らなければいけない!!
「やっぱり動きがおかしい。こいつら何で、俺たちを無視して、町の方に向かいたがる?」(ガンダロフ)
「分からない。今までのタイラントクラブなら、真っ先に、目の前の獲物に向かってくるはずだものね」
「もしかして、カイルがやり合ってる呪の方が、何かしらの干渉をしてるのかもな」(シュナイダー)
「……その可能性は高い。ユノックを襲う、全ての魔物の思考に干渉して、操っているのかもしれん」(ラムダ)
最初に現れたタイラントクラブや、その後に現れた個体も、特にそんな様子は見られなかった。海中でカイルの戦闘が始まり、暫く経つと、動きのおかしいタイラントクラブが現れ出した。
先程までは、地上に現れれば、直ぐ様私たちを襲ってきたのにも関わらず、地上に現れてから、躊躇うことなく、ユノックの方に向かおうと、移動し始めた。私たちは、予想外の行動に一瞬遅れたが、強さ自体は変わらない事から、問題はなく討伐した。
だが、一体一体は問題なくとも、群れになってユノックを目指されれば、話は変わる。急遽、予定を変更し、海の魔物よりも、タイラントクラブを優先的に対処する事にした。人魚や魚人の戦士たちは、陸上でも問題なく活動できる事は、事前に情報共有していたので、彼らにも陸に上がってもらい、タイラントクラブの討伐を優先してもらった。
その結果、人魚や魚人の戦士たちとは違い、魔道具を持たない海の魔物たちは、陸に上がる事が出来ない。私たちを襲う事が出来るのが、魔術での遠距離攻撃のみとなった。私たちも、人魚や魚人の戦士たちも、魔力感知の範囲も精度も高かったので、魔術を放たれても、避ける事が出来た。
「だが、このままでは、いずれ俺たちの魔力も尽きる。さて、どうするか………」(ガンダロフ)
ガンダロフの言う通り、こちらは少数精鋭のパーティー。一人欠ければ、その分の負担が、残された者たちに、のし掛かる。様々な、強力な魔物と戦ってきた私たちでも、魔力切れには勝てない。魔力を回復させるポーションも、飲み過ぎると、効果が効きづらくなっていく。
もう既に、そんな魔力回復のポーションも、飲み過ぎるくらいに飲んでいる。魔力の回復量も、そんなに期待する事が出来ない。
「我らが残りましょう。貴方たちは、逃げなさい」(魚人の戦士)
私たちは、驚きながら、魚人の戦士の方を向く。
「貴方たちは、よくやってくれました。しかし、命を散らす事はない。生き延びて、次のために、力を蓄えなさい」(魚人の戦士)
「いえ、我々も覚悟は出来てます。光栄ですよ。貴方方の様に、高潔な戦士たちと、最後まで肩を並べて戦える事に」(ガンダロフ)
ガンダロフの言葉に、私たちも頷く。この戦いが始まる時に、死ぬ事も覚悟の上で、この場所の防衛を、カイル君から引き受けたのだ。そして何より、上位の冒険者としても、一人の戦士としても、このユノックという場所を守りたいからこそ、私たちはここに残った。
私たちの覚悟と決意を感じ取ってくれた、人魚や魚人の戦士たちは、ただ黙って、私たちと連携をとれる位置に、移動してくれる。
地面から、新たなタイラントクラブたちが、地上に次々と現れていく。タイラントクラブも、時間が経つ事に、身体のサイズも大きくなり、魔力量も多くなっている。カイル君が狩ってきた、主には及ばないものの、主に近しい力を持っている個体がウジャウジャいる。新たに現れたタイラントクラブも、そういった個体ばかりだ。
もう一度、全員と顔を見合わせて、腹を括る。ここが死地よ。己の全てを、皆を守るために使う!!
「各自の一番近い奴が、それぞれのカバーをしてやってくれ!!だが、無理はするな!!一体でも多く、奴らを、道連れにしてやるぞ!!」(ガンダロフ)
『応!!』
ユノックの方向に、動き始めるタイラントクラブたちを、それぞれが各個撃破していく。全員が全員ともに、余裕はない。最早、身体強化に魔刃など、少ない魔力でも使える様なものしか使えない。魔術の一つでも放ってしまえば、それすらも維持できなくなる。
それでも威力は健在。ガンダロフたちは、一振りとはいかないものの、確実に仕留めていくし、人魚や魚人の戦士たちも、見事な魔力操作と、得物であるトライデントの、練度の高さを見せてくれる。歴戦の戦士ならではの、細かいフェイントや小技などを用いて、確実に手足を破壊して、最後に的確に命を刈り取っていく。
五体・十体・十五体と、苦しいながらも、タイラントクラブを狩っていく。しかし、こちらも疲労によって、徐々に動きが鈍っている。いくら身体強化をしていても、身体が弱っていけば、効果は薄まっていく。次第に思考と身体の反応が遅れて、細かい傷が出来ていく。
「うっ!!」
疲労と、血を流した事で、立ち眩みを起こし、意識が朦朧とし、フラついてしまう。そして、そんな私の前には、タイラントクラブが迫ってきていた。
〈間に合わない!!〉
タイラントクラブが、邪魔物を払いのける様に、その巨大なハサミを振るう。視界の端には、ガンダロフたちが、私を救おうと、近寄ってこようとしているのが見える。
死の間際に、走馬灯を見るというのは、本当の事だったみたいね。幼い頃からの記憶から、ガンダロフたちとの思い出、ナバーロさんとの出会い、ウルカーシュで出会った優しい人々、次々と常識を打ち破っていくレイアたち。そして、ここを私たちに託して、自らの戦場に向かったカイル君。それらが、時間が停まったかの様に、次々と流れては消えていく。
「シフィ!!」(ガンダロフ)
「シフィ姐さん!!」(シュナイダー)
「シフィさん!!」(ラムダ)
タイラントクラブのハサミが、私を襲う。だが、何時まで経っても、衝撃も痛みもない。目の前にいるタイラントクラブを見ると、身体の各所を水で拘束されている。私に迫っていたハサミも、直ぐ傍で、水に絡み付かれ、さらには氷の盾が展開されている。
「大丈夫でしたか?」(?)
私が、声がする後ろを振り向くと、そこには、上位の精霊たちがいた。私に声をかけたのは、カイル君と一緒にいた、上位の水精霊だった。
その上位の水精霊は、私に回復魔術を発動しながら、拘束していたタイラントクラブの周囲に、無数の水の槍を展開する。それらの水の槍は、一斉にタイラントクラブに突き刺さり、消えていく。後に残ったのは穴ぼこになった、タイラントクラブだけだ。
その、穴ぼこになったタイラントクラブが倒れた瞬間に、他の精霊たちが動き出す。ガンダロフたちも、人魚や魚人の戦士たちも、精霊たちに保護されていく。そして、保護された私たちに、近づいてくる存在がいた。
「何とか、間に合いましたか。良かったです。こちらの相手が、少し厄介だったので、倒すのに手間取りました。付近にいた、海の魔物も対処済みです。遅れて申し訳ありませんでした」(カイル)
カイル君は、本当に、心の底から申し訳なさそうにしている。そう言えば、いつの間にか、海側からの魔術が飛んでこなくなっていたわね。申し訳なさそうでいて、しかし、全くもって何時も通りなカイル君の様子を見て、私たちは戦闘の意識から、気が抜けてしまう。まだやれると、身体に力を入れようとするが、急速に意識が薄れていく。
「後は、俺と精霊様たちとで、片付けておきますから、ゆっくりと休んでください」(カイル)
私たちは、その言葉を最後に、強制的に休まされてしまった様で、意識がプツリと途切れて、闇に沈んでいった。
―――――――――――――――
ガンダロフさんたちと、人魚と魚人の戦士たちを、回復させつつも、強制的に眠らせる。
地上に戻る際に、途中で呪の精霊と戦闘をしていた、上位の精霊様たちと合流した。そのまま急いで地上に戻ると、シフィさんが、やられそうだったので、思わず上位の水精霊様に‟指示”を出してしまった。
今の俺と、上位の精霊様たちは、仮とはいえ、契約関係にある。基本的に、精霊と契約者の関係は対等だ。例外となるのは、どちらかの力が、大きく離れている時のみだ。
しかし、上位の精霊様に対して、指示や命令を出せる様な存在は、ごく少数に限られる。そして、そのごく小数の存在というのが、俺のような調停者たちであり、この世界に君臨している、高位存在や超高位存在の者たちになる。
「すいません。指示を出してしまいました」
「いえ、気にすることはありませんよ。仲間を救うには、最善の行動だったと思います。それに、あの方々と契約している、貴方に指示を出された事の方が、我々にとっては光栄な事です」(上位の精霊)
「そう言ってもらえると、助かります」
「ですから、気にせずに、指示をください。貴方の指示通りに動いて見せましょう、今代の契約者よ」(上位の精霊)
「では、お言葉に甘えて。タイラントクラブを殲滅し、ユノックを守れ」
『了解!!』
各属性を司る、上位の精霊様たちが、一斉に動き出す。術士を消滅させた事で、呪の影響はなくなっているが、直ぐにでも、冷静な状態に戻るわけではない。暫くは、興奮状態が続くし、狂暴な攻撃性は元には戻らない。
次々と休まる事なく、呪に影響を受けていたタイラントクラブが、砂浜に姿を現していく。自らの内にある、衝動的で、本能的な何かに従って、人という存在を喰らいたいという思いのままに、突き進もうとする。
だが、そんなタイラントクラブたちを、土や石の腕が掴んでいく。そこに、風の刃・水の槍・炎の剣など、色とりどりの様々な魔術が、拘束されているタイラントクラブに向かって、襲いかかる。
それらは全て、タイラントクラブの命を刈り取り、残っているタイラントクラブたちに、その威力を示していく。この場にいる、全ての上位の精霊様たちには、十分過ぎるほどの魔力を、俺の方から供給している。ガンダロフさんたちの容態が安定したので、俺も主を討伐した時に使用したロングソードを取り出して、積極的に、タイラントクラブを狩っていく。
〈大分数は減ってきたが、まだまだいるな。少しギアを上げていくか〉
身体全体には、風属性の魔力を練り上げて、循環させ、圧縮して身体強化をする。さらに重ね掛けで、術士との戦いで行ったように、肘から先、膝から先に、雷属性の魔力を圧縮して強化する。
ロングソードには、主との戦闘の時と同様に、火属性の魔力を纏わせる。剣身が真っ赤に赤熱する。触れるもの全てを、焼き尽くすかのような、紅蓮の刃。その刃を、その身に受けるタイラントクラブは、全身を焼かれながら、静かに命の灯火を消していく。
タイラントクラブを狩り続けていると、ユノックの方から、大きな魔力をもつ存在が、近づいてきているのを感知した。しかし、その存在が近づいてくる事に、その存在の異質さが際立ってくる。
明らかに、魔力は人間族特有の魔力を感じるのにも関わらず、もう一つ、魔力を感じる。そしてそれは、何度感知し直しても、竜種の魔力であった。
「助太刀は要らんかもしれんが、加勢するぞ!!」(?)
「分かりました!!それなら、都市に近い方に向かってください!!」
「了解した!!」(?)
『味方の援軍が、そちらに向かいました。協力してあげてください』
『分かりました。何人程ですか?』(上位の水精霊)
『一人です』
『ひ、一人ですか!?大丈夫なんですか?』(上位の水精霊)
『見た限りだと、大丈夫そうです。それに、見てもらえれば、分かると思います』
『分かりま………、なるほど。確かに、これ程ならば、一人でも十分でしょう。こちらで、対応しておきます』(上位の水精霊)
『お願いします』
たった一人だが、援軍が来た所から、流れが変わった。一体にかかる討伐速度は上がり、数が少なくなった事で、より連携をとって討伐を行えるようになっていく。遠目から見る、たった一人の援軍の動きも観察するが、手に持つ青色の槍で、的確に突き貫き、タイラントクラブを討伐していく。その無駄のない動きも、技の冴えや練度も、上位の冒険者に遜色ないどころか、一部においては、上回っているのではないかと思う程だ。
最終的には、援軍による何十人分にも及ぶ、獅子奮迅の活躍もあり、ものの数十分で、呪の影響を受けていたタイラントクラブは、完全に殲滅出来たようだ。
徹底的に、生き残りがいないかを確認し、一息吐いていると、たった一人の援軍である紺碧のプレートアーマーの騎士が、近寄って来た。
「此度は、貴方方のお陰で、都市に被害がなく、住民たちも傷付かずに済みました。ありがとうございました」(紺碧の騎士)
紺碧の騎士が、感謝の言葉を俺に言う。そのまま、槍を地面に突き刺して、兜を取る。紺碧の騎士の素顔は、短い刈り上げで、キリッとしたつり目をした、爽やかなイケメンさんだ。
だが、重要なのはそこの部分ではない。紺碧の騎士の髪と瞳は、身に纏うプレートアーマーと同じ、紺碧色をしている。それが意味する事は、目の前に立っている騎士は、海神セルベト様から、加護を授かっている者という事だ。
「私は、ユノック領主である、イーサル様の武芸指南役を勤めております。ネストール・ジェレミアと申します。以後、お見知りおきを」(ネストール)
0
お気に入りに追加
3,116
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。