引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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第6章

第142話

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術士を吹き飛ばした方向に向かって、一気に距離を詰める。術士も体勢を立て直して、俺を迎え討とうとする。漆黒の鎧が、ギチギチと音を立てて、より細かく、より凶悪になっていく。それに比例する様に、漆黒の鎧から発せられる魔力も、禍々しく膨大になっていく。

術士は距離を詰める俺に向かって、小細工なしに、真正面から右腕のヒレの刃を振るってくる。そのヒレの刃は正確に、俺の首を捉えている。俺は気にすることなく、術士に近づく。ヒレの刃は、俺の首に触れる。しかし、響くのは肉を切り裂く音ではなく、ガキンという音が響く。

術士のヒレの刃は、完全に半ばで折れてしまっている。間を置かずに、左腕のヒレの刃が振るわれる。それも、再び首を狙って振るわれるが、同じ様に、音を響かせて折れていく。俺が、さらに術士に向かって前に進むと、ほんの少しだけ気圧された後に、残った踵の刃で連撃を放つ。

『死ね!!死ね!!死ね!!』(術士)

両腕のヒレの刃が、あっさりと折られた術士は、両脚のヒレの刃を限界まで強化した様だ。先程の、一撃で折れたヒレの刃とは違い、両脚のヒレの刃で何度も俺を斬りつける。それでも俺にはかすり傷一つ付く事はない。

今の俺は、超高密度の魔力を練り上げ、循環し、身体全体に圧縮させた状態だ。皮膚の硬度もそうだが、身体全体に魔力の鎧を展開している。術士のヒレの刃は、その魔力の鎧が完全に防いでいる。

何百回という連撃を放ち、俺に防がれたヒレの刃は限界が来たようだ。ついに、両脚のヒレの刃は、折れるどころか、砕け散った。自信のあったヒレの刃が、全て無力化された事に、呆然とする術士に向けて、さらに一歩を踏み出す。

「もう、終わりか?」
『………ウォオオオオオ!!』(術士)

術士は直ぐに、ヒレの刃を再生させる。今度のヒレの刃は、先程よりも鋭く長く、濃密な魔力を纏っている。さらにそこに、今まで見た中でも、最凶レベルの呪を纏わせる。禍々しい刃の完成に、術士は、内心で多少の余裕を取り戻しながらも、俺に向かってくる。

「満足したか?」
『……………』(術士)

ヒレの刃の一振りに対して、同じ様に拳と蹴りを一回ずつ、計四回の攻防。連撃を放とうとしていた術士は、どういう状況か理解できるのに、多少の時間がかかった。そして、理解した瞬間に、俺との戦闘で、始めて心の底から、本気で恐怖した様だ。

その術士の、恐怖の感情に引きずられる様に、ヒレの刃の再生速度や、呪の反応が悪くなっている。

俺のやった事は簡単だ。振られたヒレの刃に対して、拳と蹴りを、それぞれ二回放っただけ。一回放つ事に、一つのヒレの刃を破壊した。たったそれだけの事。しかし、それだけの事でも、自分の力に自信のあった術士は、その自信という柱に罅が入ってしまった様だ。

「では、こちらの番だ」

両腕は肘から先に、両脚は膝から先に、超高密度の魔力を圧縮していく。最早、術士の心は折れかかっている。だが、何かに気づいたような素振りを見せると、ニヤリと笑みを浮かべる。

『私はまだ、終わらない!!』(術士)

術士の魔力が膨れ上がっていく。その魔力は、よく知っている。あの、メルジーナ国の地下で感じた、ヨートス殿の魔力と同質のものだ。纏う雰囲気も、竜人族の里で出会った、様々な竜種たちと同質のものだ。

術士の身体の状態が、最初の状態に戻る。そこから、身体の全体に、漆黒の竜種の鱗が現れてくる。さらに、お尻からは、竜の尾が生えてくる。心なしか、シーサーペントの頭部も、ヨートス殿の顔に、近づいている様にも見える。最後に、お馴染みの、呪の漆黒の鎧で、全身を包み込む。

『ハハハハ、あのクソッたれな、竜の存在を忘れていたよ!!竜種の力を手に入れた私の力にかかれば、脳筋などという存在など敵ではない!!』(術士)

高笑いしている術士を他所に、俺はヨートス殿の様子を見ている精霊様方に、連絡してみる。

『精霊様方~、ヨートス殿の様子はどうですか?』
『突然、暴れだしたが、問題はない。そちらで何かあったのか?』(緑の精霊)
『術士の方が、最後の手段で、ヨートス殿の力を奪いました』
『なるほど。こちらは心配する必要はない。まだ、完全に取り込まれてはいない。術士を消滅させれば、ヨートスの力も、状態も元に戻る』(緑の精霊)
『了解です。こっちも、そろそろ終わらせます』
『分かった』(緑の精霊)

俺は、術士を黙って眺める。ひとしきり笑って、興奮が収まったようで、全身にヨートス殿の魔力を循環させて、強化した身体で向かってくる。

俺もゆっくりと術士に近づく。術士は、膨大な魔力を練り上げて、拳と脚に纏わせる。術士の右の拳が、俺の顔面に襲いかかる。

辺り一帯に、衝撃波が吹き荒れる。術士は、自らの勝利を疑っていない。しかし、俺の顔面が、血の花が咲いているわけでも、見るに耐えない姿になっているわけでもない事に、怪訝そうな顔をする。

お返しとばかりに、俺も術士の顔面に、右の拳を叩き込む。再び、辺り一帯に衝撃波が吹き荒れる。竜種であるヨートス殿の魔力によって、強化された術士には、今の俺の、全力の魔力によって強化された拳でも、頬を凹ませるくらいしか出来ないようだ。ならば………。

「魔力制限術式、第二階梯解除」

嵐のような連撃が、俺を襲う。それらを、ただ、そうなることが当然のように、片手で撫でるように受け止めていく。術士が、それ子供扱いに気づくと、さらに魔力を籠めていく。速度・威力・魔力量共に、強者だと言ってもいいほどだ。それが、他者から奪った力でなければ。

術士の顔が、少しずつ変わっていく。これには俺も、同じ経験がある。いくら自分が最高だと思っている一撃でも、相手にしてみればそうでもない事。そして、次第に感じるのは、相手が人ではなく、雄大な山脈や、広大な海そのもの、巨大な大木を殴っているような、そんな感覚を全身で感じてしまう。

第二階梯まで、制限を解除した俺に、術士も同じ様な感覚を感じているのだろう。ここまで制限を解除すると、第一階梯の段階の時とは違い、自然体の状態ですらも、常に魔力が練り上げられ、循環されている状態になる。魔力が減ったとしても、息を吸うように魔力を周囲から吸収し、自然と身体に魔力の鎧を展開する。

魔力の鎧に関しても、あらゆる意味に置いて、第一階梯の比にならないほどだ。その証拠に、術士の拳も蹴りも、受け止めた際に、衝撃波が吹き荒れる事はない。完全に、俺が衝撃を吸収しているからだ。

『な、何でだ!!俺は、竜種の力を手にしたんだぞ!!』(術士)
「お前のような、人から力を奪うような盗人が、その力を、ヨートス殿の力を、自分の力の様に自慢するな。不愉快だ」
『完全に取り込んでしまえば、それは私だ!!それはつまり、私の力だ!!』(術士)
「そうか。なら、ヨートス殿の力は返してもらう。ヨートス殿は、まだ、ヨートス殿だからな。完全に取り込まれてはいない」
『そうはさせん!!この究極の力は、私のものだ!!』(術士)

迫りくる連撃の全てを、軽くあしらいつつ、静かに、魔力を意識的に練り上げる。術士もそれに気付き、俺から離れてギリギリまで魔力を練り上げて、高めていく。だが、純粋に、魔力量に天と地の差がある。術士はそれに気付き、苦々しい顔をしている。さらに、ヨートス殿から魔力を奪い取ろうとするが、精霊様方がそれを阻止しているので、上手くいかないようだ。

その間にも、魔力量の差が開いていく。術士も、最初は笑みを崩さなかったが、その差が、本当に竜種と人間族の様な差になってくると、ひきつった笑みに変わる。だが、まだ俺の魔力量は、上がっていく。徐々に徐々に、術士の顔が青くなり、無表情になり、ついには、心が折れた音が聞こえるかのように、恐怖と絶望の表情になっていく。

それでも、術士は残った最後の意地で、全魔力を右の拳に集中させ、産まれたばかりの小鹿の様に、弱々しく襲いかかってくる。

「とりあえず、お前のような紛い物の強者は、黙って消えていけ」

俺の胸に、術士の拳が触れるが、ポスンと聞こえるかの様に、何も変化は起こらない。術士の身体が、ガタガタと震えていく。今さらながら、完全に心が折れ、死への恐怖が、沸き上がって来たようだ。

俺は、ただ静かに、努力を放棄し、海の魔物や、ヨートス殿から力を奪うような、愚か者を見る。術士は、ただ見られただけで、弱々しく震えながら、後ろに後ずさっていく。

『愚か者には、死を』(青の精霊)
「冥界で、自らの罪を償え」

魔力を急速に練り上げて、右拳に圧縮させる。そして、ただただ自然に、右拳を振り抜く。その右拳は、恐怖で固まって動けない術士の胸の中心に突き刺さる。

『死にたくない。死にたくない。死にたくない』(術士)
「お前がもたらした影響で、命を落としていった者たちがいる。その者たちも、今のお前と同じ様に思いながら、死んでいったよ。だから………お前の願いが叶うことはない」
『嫌だ!!嫌だ!!私は!!俺は!!ただ…………!!』(術士)

圧縮された魔力を纏う拳が、術士の、呪の身体を一瞬で消滅させる。最後まで、自分が生きたいのと願っていた。自らの行いの正しさを、俺か、例の脳筋さんに伝えたかったのか、最後まで何かを言おうとしていた。

それは、許されない。生態系の破壊に、ヨートス殿や、人魚や魚人たちへの、明確な意思をもった襲撃。さらには、自由で何者にも縛られない、精霊様たちを喰らった事。特に精霊を喰らった事は、精霊の隣人であるエルフとしても、調停者としても、許される範囲を越えている。

『ヨートスから呪が抜けた。容態も安定しているし、魔力も戻ってきている。カイル、よくやった』(緑の精霊)
「了解です。地上の援護に向かいます」
『分かった。こちらは、ヨートスに説明してから合流する』(緑の精霊)
「了解です。では、同調を解除しましょうか」
『了解よ』(青の精霊)

俺は、再び魔力制限術式を自らに施し、青の精霊様との同調を解除し、念入りに、術士の存在が残っているかの確認をし終えて、大急ぎでガンダロフさんたちの援護に向かう。
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