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第6章

第130話

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昨日は結局、ナバーロさんたちが、食べ過ぎ・飲み過ぎで、腹を抱えてウンウンと唸るまで歓迎会が続いた。俺とジェイクさんたちは、お酒もそこそこに、料理を教えあっていたので、ナバーロさんたちのような状態にまではならなかった 。食べきれずに、余ってしまった料理も、料理専用の空間拡張の鞄に仕舞っておいたので、また時間のある時に食べればいいしな。それに、最後の手段として、メリオスにいる食いしん坊たちに、食べてもらえばいい。

俺は何時も通りの時間に目を覚まし、ジェイクさんたちに許可を貰って、夕凪亭の広い中庭で、素振りなど身体を動かしながら、ヘクトル爺やルイス姉さんからの教えを胸に、基礎の鍛練を繰り返していく。暫くすると、完全に朝日が顔を出し、ユノックという都市に活気が溢れだす。俺は、昨日の段階で、ジェイクさんやナバリアさんから、調理場の使用を許可されていた。だが、俺としては慣れ親しんでいる事や、便利な点から、テント内の魔力式システムキッチンを使って朝御飯を調理する事にした。ささっと軽く作り、ささっと食べ、食後の休憩で読書をする。読書を始めて、三十分ぐらい経った頃に、二日酔いのご様子のナバーロさんと、ケロッとしているガンダロフさんたちが順々に、一階の食堂に降りてきた。

「おいおい、ナバーロ、二日酔いか?昔はガンダロフたちみたいに、次の日でも平然としてたじゃねえか」(ジェイク)
「私も年をとりましたし、最近は忙しくて飲む機会も減っていたんですよ。久々に何も考えずに飲んでしまいました」(ナバーロ)
「でも、色んな人との付き合いもあって、慣れてるんじゃないのかい?」(ナバリア)
「ええ。ですが、基本的には、商談ですからな。お互いに酔えないんですよ。下手な口約束などしてしまったら………」(ナバーロ)
「失敗した時には、これか?」(ジェイク)

ジェイクさんの示した、親指で首を横になぞる動きに、ナバーロさんは頷く。どんな世界でも、どんな職業でも、信用第一か。信じて貰えなければ、仕事を得ることも出来ないし、何かを任せられる事もない。そして、商人・冒険者・傭兵などは特に信用が重要になる。冒険者は冒険者ランクや、それに付随する知名度そのものが。傭兵は、傭兵団の規模・実績、それに外道かどうか。商人は、依頼した品物を期限内に届けられるか、求められた品を手に入れられるか。そして、店の規模や、扱う商品の質や量などで、回りの評価が変わる。

ナバーロさんから、ユノックに到着するまでの旅路で、様々な苦労話を聞いた。その話の中には、先程ナバーロさん自身が言っていた、下手な口約束に絡んだ体験談もあった。その経験から、自分の中にあった、商人としての緩い認識を改めたそうだ。そこからは、ただひたすらに、商人としての腕を磨きながら、知識も貪欲に求めていったそうだ。その成果もあって、今では上手く立ち回れるようにまでなったそうだ。さらには、フォルセさん繋がりで、下位から中位ほどの貴族との繋がりが出来たそうで、メリオス内でも有数の商人にまで上り詰めたそうだ。

それにしても、ガンダロフさんも同じ人間族であるが、ナバーロさんとは違って、ピンピンしている。お酒に強いのもあるのだろうが、魔力量の高い人は、種族問わずに、素の身体機能が成長と共に高くなる傾向にある。その事から、アルコールの分解という部分に関しても、一般的な人間族の倍以上の早さで終わる。そういった所での違いから、ガンダロフさんは二日酔いになっていない。

「中庭にテントがあるってことは、カイルはいつも通りか?」(ガンダロフ)

ガンダロフさんが俺の問いかけてきたので、答えるために、テントの外に出る。

「皆さん、おはようございます」
「おう」(ガンダロフ)
「おはよう」(シフィ)
「おはようさん」(シュナイダー)
「………おはよう」(ラムダ)
「…………おは、よう…ございます」(ナバーロ)
「それで?今日も、いつも通りに早起きか?」(ガンダロフ)
「はい、そうですね。幼い頃からの習慣ですからね。修行中は、このくらいの時間に、いつも起こされていましたから。慣れですよ、慣れ」

ガンダロフさんは呆れ顔、シフィさんはニコニコと表情が変わらない。シュナイダーさんは、ガンダロフさん同様に呆れている様子。ラムダさんは、俺の師匠であるヘクトル爺に対して、厳しすぎると感じて苦い顔をしている。この反応は、最初にこの事を話した時と、皆変わっていない。それよりも、ナバーロさんの二日酔いが、酷そうなのが気になってしまう。

「ナバーロさん、大丈夫ですか?」
「……ええ、……大丈夫、ですよ」(ナバーロ)
「全然、大丈夫には見えませんけど」
「どうします?今日の魔道具の実験は中止にしますか?」(ガンダロフ)
「いえ、………予定通りに。最悪、私抜きでも」(ナバーロ)

ナバーロさんはそう言うが、魔道具の製作に関しては、ナバーロさんが最初から主動して計画を組んで、進めていたはずだ。ガンダロフさんたちも、護衛としてある程度は関わってはいるようだが、魔道具自体の詳細までは、把握してはいないとは聞いている。開発に関わったのも、ナバーロさんの商会お抱えの魔術師さんたちが協力したものらしい。道中で聞いたところによると、兄さんや姉さんも協力していたらしい。シフィさんも、開発に関わったようだが、根幹の部分は、そのお抱えの魔術師さんたちが中心となって組み上げた術式になる。なので、ナバーロさんが立ちあった方が、魔道具に何かあった時に、対応がしやすい。

「ナバーロさん、こちらに来てください。魔術でやわらげますから」
「ありがとうございます」(ナバーロ)
「では…………」
「…………おお‼おおお‼」(ナバーロ)
「ど、どうしたんだ⁉ナバーロさん⁉」(ガンダロフ)
「い、いえ。カイルさんの魔術がかかった瞬間に、二日酔いが嘘のように消えてしまいました」(ナバーロ)

ナバーロさんがもの凄く驚いた様子で、自分の調子を確かめている。俺は説明を求められる前に、自分から話していく。この術式を生み出すに至った理由の部分を話している時には、同情されてしまった。今後の事も考えて、シフィさんには、この酔っぱらいを、強制的に素面しらふに戻す術式を教えておいた。その際の、シフィさんの口角がさらに上がった笑みは、とてもとても怖かった。ガンダロフさんが、突然身体を縮こまらせている所を見るに、そういう事なのだろう。

体調が万全になったナバーロさんを、俺たちが護衛をしながら、漁業組合の建物に歩いて向かう。ナバーロさんは、ニコニコと機嫌が良さそうにしながら歩いている。まあ、あれだけ気分が悪かったのが、一気に快調になったのだから、機嫌が良くもなるだろう。漁業組合にたどり着くと、既にそこには漁師の人たちが、今か今かと俺たちが来るのを待っていた。そのまま、流れるように、停泊所の所に連れていかれる。ユノックの砂浜や海が危険だと言っても、全域が危険なわけではないようだ。理由は不明だそうだが、停泊所を作った部分だけは、昔から何故か魔物が一切現れないらしい。ユノック、カナロア王国の研究者がどれだけ調べても分からずじまいであり、今も研究が続いているそうだ。

「じゃあ、今から始めたいと思う。まずは、試作品から始める」(ガレン)
「ガレン殿自らが、お試しになるのですか?」(ナバーロ)
「おう。こういった事は、俺のような人間が、実際に試す事こそが重要なのだ。自らが命を張らずして、仲間に安全だと、どの口が言える」(ガレン)
「ならば、私も参加しましょう」(ナバーロ)
「ナバーロさん⁉」(ガンダロフ)

突然のナバーロさんの宣言に、ガンダロフさんが驚いている。だが、シフィさんたちがまたか、という雰囲気を漂わせて、顔を手で覆っている様子から、今までにも何度も同じような事があったのだろう。ガンダロフさんも、諦めてもらうというよりも、これで何度目だ、といったような感じでお小言から、徐々に説教みたいになってきている

「ガンダロフさん」
「………カイル。…ふぅ、すまんな、熱くなった」(ガンダロフ)
「いえ、大丈夫です。それよりも、どうするんです?」
「こうなったら、ナバーロさんは自分の意見を変えないんだよ。だからまあ、俺たちが全力で守るんだよ」(ガンダロフ)

そこからは、一気に様々な事が進みだした。ガンダロフさんたちと共に、ナバーロさんと、船に乗り込むガレンさんたち漁師さんたちの護衛の為の動きを確認・共有する。今回、俺は依頼でもなんでもなく、ただの好奇心からの同行だ。昨日の歓迎会の前に、実験への同行をお願いすると、最初は躊躇ちゅうちょしていたが、最終的には許可してくれた。どうにも、ナバーロさんを含めた全員が、自分たちの事を気にせずに、ユノックの観光を楽しんでくれればと思っていたそうだ。

細かい動きの確認を終えて、俺は異世界での初めての海に、初めての漁船に乗り込む。船体は木造だが、所々重要な部分には、金属が使われているのが分かる。漁船にしては大きく、様々な術式が付与されている。衝撃吸収や、腐食減衰などなどの防御系統の術式が中心であり、船の維持を主に考えたものになっている。ここまで、防御系統でガチガチにしているのにも関わらず、結界を発生させる魔道具を注文するという事は、何かしらの変化があったのだろうか?俺が色々と考えていると、シフィさんが話しかけて来た。どうやら、俺の考えている事が分かっているようだ。

「カイル君の疑問はもっともだわ。私も、最初にこの船を見た時にも、同じように思ったわ。ここまで、防御系統の術式で固めているのに、何故ってね」(シフィ)
「やっぱり、そうですよね。術式も丁寧に組まれているし、欠けていたりもしない。正常に作動をしているのは、見れば分かるほどです」
「そうよね。私も疑問に思ったから、直接聞いたのよ。そしたらね、数年の間に、魔物の強さが、同じ種でも変わってきているらしいのよ。それも、強くなっている方に」(シフィ)
「それは…………。それが本当なら、確かに新たな対策が必要になりますね。それで結界の魔道具や、魔道具の銛や網が必要になったという事ですか」
「そういう事。この魔道具たちの実験が成功すれば、今後のユノックなどの海沿いの都市にとって、希望になるのよ。並行して、カナロア王国の方でも、魔物の強さの変化の調査を行っているそうよ。過去の文献からたてられた予想が、強力な力を持った魔物の誕生もしくは移動ね」(シフィ)
「なるほど、海は広いですからね。陸とは違って、様々な所から移動してくる可能性がありますか。急激な変化で、この近海の環境が変わったという事もあり得ますか」
「カイル君は博識ね~」(シフィ)
「ありがとうございます」

シフィさんのお蔭で、疑問は解消された。今の話を聞いて思い出したのは、ギルマスや住民の方たちが言っていた、主の現れた時期に関してだ。タイラントクラブの特殊個体が現れだしたのが数年前。そして、海の魔物の強さに変化が起こり始めたのも、数年前。偶然かもしれないが、時期が一致している。俺の出会ったタイラントクラブの特殊個体も、通常の個体に比べると大分強いそうだ。恐らくは、その強大な力を持った魔物の出現に伴い、厳しい生存競争が海中で起こったのだろう。今現在、生き残っている魔物は、その生存競争を戦い抜いた強者のみなのだろう。

〈この環境を変えるのには、根本からの解決が望ましい。このような環境に変えた強大な力を持つ魔物を討伐。もしくは、他の海域に追い出すなどか。しかし、感知の網にはその存在が引っかからない。だか、存在している事は、現状から考えても間違いはない。一度、海中に潜ってみる必要があるかもな〉

海辺から離れ、沖まで出て数分。その短い間だけでも、数度の襲撃があった。巨大なマグロやサメ、さらにはエビなども襲ってきた。今日は、結界の魔道具の実験がメインになるので、反撃も追い払う程度のものに調整している。俺は並行して、探知の網を広げていく。海の表面や、海中の探知は初めてで、最初は余計な情報まで拾い上げてしまっていた。慣れてくると、必要な情報と不必要な情報を、分けられるようになった。思ったよりも、深刻な感じだな。どこもかしこも、生息している魔物の魔力を強く感じる。タイラントクラブ同様に、知能も高くなっているようで、襲撃を失敗している様子を観察している個体も存在している。先程から、襲撃を仕掛けてくる魔物は、この強者の海の中でも下位クラスから中位クラスと言ってもいいほどの強さしかない。

俺は探知を広く浅くから、狭く広くに切り替える。範囲はこの漁船から半径百メートルほどにしておく。実験そのものは、試作品の段階でも順調に進んでいる。なので、昼からは完成品の方に切り替えて、同じように実験をすることになった。そのため、一旦停泊所に船を戻す事にした。そのまま襲撃を上手く退け、安全地帯となっている停泊所まで戻ってきた。ガンダロフさんたちと、反省会を行いながら、漁業組合に戻った。漁業組合の方で、昼食の準備をしてくれていたようで、戦闘に支障がない程度に腹を満たしておく

『それで、あの海中に存在した、百以上の固まった魔力反応は何ですか?』
『ああ、あれね~。魚人と人魚の住む国よ~』(青の精霊)
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