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第5章

第99話

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「ほ、本当にオボロなのか?」(玉藻)
『ああ、間違いなく俺だよ。この木人にはライノスと一緒に死ぬ前に仕掛けをしておいたんだ。まあ、その仕掛けが功を奏するために何百年もかかったがな』(オボロ)
「………冷静になってみれば確かに木人の中に固定されている魂はかつて見たオボロの魂と同一のものに間違いありませんね。それにしても、私たちにも秘密にしなくてもよかったのでは?」(葛の葉)
『仕方ないな。秘密は知っている者が少なければ少ないほど良い。人の口には戸が立てられない。それは、隠れ里に住んでようが、どこかの国に住んでようが変わらないよ。俺とライノスだけが知っていればよかっただけの事だ。現に、にもこうして里は残っているし、玉藻も葛の葉もいる。それに、今は大分立派になったラディスもいるようだしな』(オボロ)
「オボロ様にそう言われるとは…………大変、嬉しい事ですな。長く生きていると良い事もあるものです」(ラディス)

オボロさんの誉め言葉にラディスさんが感極まったように、震えている。両目からは嬉しさからか涙が流れている。それを勝気な女性こと玉藻さん、物静かな女性こと葛の葉さんが微笑ましい顔でラディスさんを見ている。俺としては狐・玉藻・葛の葉という言葉ワードの方に思考がもっていかれてしまう。玉藻も葛の葉も日本で知っている人は知っている大妖怪と言ってもいい存在だ。玉藻は平安の時代の歴史の一部分を象徴するような存在だし、葛の葉といえば幼名が童子丸にして史上最高の陰陽師とされた安倍晴明を生んだとされている存在だ

チラリとオボロさんを見ると、俺の考えている事が分かっているのか軽く頷いてくれる。頷くという事は恐らくは二人とも本物なのだろう。なぜ、この異世界に日本の有名な存在がいるのかという疑問をもつが、後でオボロさんが説明してくれるだろう。俺は一旦疑問を頭の片隅に移して、会話に集中する。先程、俺に話してくれた内容を当事者ともいえるオボロさんにも説明している

『なるほどな~。どんな場所にも似たような考えに至る奴がいるんだな』(オボロ)
「そうだな。しかも、質の悪い事に人間から吸血鬼になった下位クラスや、そこから存在進化した中位クラスの吸血鬼ではないようでな」(玉藻)
『上位クラスの吸血鬼か?そのくらいなら、この里にも何人か滅ぼせそうな奴がいるだろ?この程度の探知位なら、今の俺でも出来るぞ』(オボロ)
「……………始祖に連なる血筋の者です」(葛の葉)
『何⁉よりにもよって貴種かよ‼しかも、始祖の血筋だと⁉』(オボロ)
「生まれながらの吸血鬼。その中でも最上位クラスの、それこそ血の濃いものだと単独で竜王様にも引けを取らないと言われています。始祖に近い者にもなると、長き時を生きた古竜すらも相手に互角の勝負が出来るとか」(ラディス)

幻想種・吸血鬼族。先程、葛の葉さんやラディスさんの言っていた生まれながらの吸血鬼。血を吸うことで生まれる位のある吸血鬼や屍鬼グールなどとはありとあらゆる面で性能が段違いに違う貴種の吸血鬼。尽きる事のないと思えるほどの不死身の肉体、人類種や竜人族よりも遥かに多い魔力量。超近接戦闘から超遠距離戦闘までを万遍なく熟せる全距離オールレンジに対応できる万能型。魔術だけでなく、剣などの武装を用いる者もおり、長き時を生きる貴種の中には好んで武装の方をメインにして戦闘を行う者もいる。しかも、その腕前は超一流であり、高ランクの魔物も一振りなどで殺すことも可能なほどなのだ

『で、その始祖の血筋の貴種はどれほどなんだ?』(オボロ)
「単体の戦力としてはかつての貴方と互角にやれるです。しかし、吸血鬼としての不死身性と豊富な魔力量によるゴリ押しが厄介ですね。聞いた情報によると、貴種の中でも武門の出のようで、身の丈以上のミスリルなどの魔金属のみを使用して一流の鍛冶師によって打たれた業物のロングソードを扱うそうです」(葛の葉)
「それに加えて魔術の腕前も超一流には及ばずとも一流なのは間違いないそうだ。身体性能においても言うに及ばず、その身の丈以上のロングソードを片手で器用に扱うとのことだ。まあ、本人は魔力による身体強化とロングソードによる近接戦闘を好むそうだがな」(玉藻)
『そうか、脳筋で助かったな。魔術とバランスよく使うタイプなら、なお厄介だったがな。魔術の腕も一流程度なら基本的には近接戦に拘るはずだ。不死身性もある事だしな。そこを叩けるかどうかは相対した者の実力によるがな』(オボロ)
「問題は、その吸血鬼が封印しているあの者と接触しようとするかもしれないという事です。あの時の事件は被害が甚大過ぎた。彼らの国にも細かい事は伝わってはおらずとも、こういった事があったというのは伝わっているはずです。もしかしたら、その貴種は封印された場所を探しておるのかもしれません」(ラディス)

それは確かに考えられる。同じ思想を持つ同士を開放して、そうして国を支配しようとし始めるんだろうな。世の荒くれ者どもはその思想に賛同して協力するだろう未来が見える。そうなると、出てこざるを得ないのが俺たち調停者だ。そうなった場合は確実に吸血鬼とその封印された者を葬るために、多人数の調停者が集まる。さらにバランスが酷く崩れていた場合には、その場の自分たちを含めた民間人全ての生命を天秤にかけてでも滅ぼすまではこの星の意思は止まらないだろう

それは、この場にいる全員が分かっている。つまり、この話題を今代の契約者にして調停者であるという事を強調した上でしているという事は、すでに何かしらの手をうっていながら最善を尽くすために俺の協力も欲しいという事だろう。ここで俺がオボロさんの魂の宿っている木人を取り出すのは完全に三人の予想外ではあったようだが、今となっては怪我の功名というべきか

今はお祭り期間というのもあって、封印の場所に行くことは控えているようだ。それに監視の目もあり、しっかりと対策もしているそうだ。それに、貴種がこの里の辺りをうろついているかもしれないと考えたために、その監視の目も隠蔽魔術の重ね掛けをおこなって強化も施してあるそうだ。もし、封印の場所に出向いて足跡などから様々な要因から場所を導き出されても困るしな。話を聞くに貴種の吸血鬼というのはそういったものすらも見つけてしまえるほどの高性能な身体をしているらしい

『すまんがもしもの時は協力してくれるか、カイル』(オボロ)
「ええ、もちろんです。それにこの件は調停者という立場から見ても協力しなければならない話だと思いますから。それに今なら姉さんたちという最高の戦力もついてますからね」
『そうだったな。カイルに勝るとも劣らない女傑たちだな。確かに彼女たちにも協力を仰ぐとしようか。………ユリアはどうするんだ?』(オボロ)
「ユリアに関しては自分で決めさせます。あの子ももう子供ではありません。戦うのも、この里で防衛にあたるのも私たち側から何かを強制するつもりはありません」(ラディス)
「…………そうか。だが、共喰いに関してはユリアがどうなるかは分からん。恐怖で動けなくなってしまっては、敵にとっては良い的だ」(玉藻)
『それについては、俺は問題ないと思っている。彼女は九本の尾を持つ上位の存在だ。共喰いという禁忌を犯して手に入れた程度の力に屈することは絶対にない』(オボロ)

オボロさんの発言に玉藻さんたちが驚いている。三人の認識では里を出た時から強くなっていると思ってはいたものの、九尾に至っているとは思ってはいなかったようだ。俺としては最初から九尾の状態でユリアさんと出会ったので、それが今回の件でどのような基準になるのかは正直分からない。だが、封印した者と直接対峙したオボロさんが太鼓判を押すというのならば問題はないのだろう

『それじゃ、祭りの準備を勧めながら並行して警戒を強化していこうか。彼女たちからは俺の方から説明しておく』(オボロ)
「よろしく頼むぞ。カイルも、もしもの時は………頼む」(玉藻)
「私からも頼みます。その時が来ないのが一番いいのですけれど………」(葛の葉)
「カイルさん、この件で必要な物があれば仰ってください。最優先で用意させるようにしておきますので。息子たちにも伝えておきますので、私が捕まらない時は息子に仰っていただければ大丈夫なようにしておきます」(ラディス)
「分かりました。俺としても色々と対策しておきます。それと、食堂のお手伝いは続けさせてもらっても大丈夫ですよね?」
「…………ハハハ、ああ、大丈夫だ。そうか、今代の契約者は肝の据わった男の様だな‼」(玉藻)

玉藻さんの笑い声につられて葛の葉さんもラディスさんも笑っている。オボロさんも声には出さないが笑っているのか木人の身体が震えているのが分かる。とりあえずは、最後に和やかな雰囲気となってこの場は解散となった
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