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第39章(敦志)ただの4人目

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 22時半を少し過ぎた頃、ジャズが流れる例のバーの中。カウンター席の一番端に楓、その隣に敦志が座っていた。


「ベースはライチで、なにか爽やかなものをお任せでお願いします」

 そう楓が言うと、若いバーテンダーはにこやかに頷いた。


 敦志はふう、と息をついてから、口を開いた。

「楓ちゃん」

「ん?」

「春雄に聞いたよ」

「別れたこと?」

「うん」

「そう。ふられちゃったみたい」

 そう言う楓は右手の人差し指をくるくると回していた。


「気にしてなさそうだね」

「まあね。そもそも私達、そんなに生きられないし」

「あと7年。割り切れてる?」

「まさか。敦志君だってそうでしょ?」

「ああ、怖い」

「私も」

 楓はくいっと首を右に傾けた後、いやだいやだという様に首を横に振った。


 そうだ。今日俺が気になっていたこと。

「楓ちゃん。今日はどうしてお誘いをくれたの?」

「聞いたの。敦志君、優里さんのことが好きなんでしょう」

「誰に聞いた?」

「秋山君」

「なんで知ってるんだろう」

「さあ」

 秋山に俺の話をしたことは無かったけれど。というより、特に誰にも話したことがない。何度もスタジオに3人で入っているうちに気付いたのだろうか。意外と察しのいい奴だ。


「まあ、そうだよ。でも相手にしてもらえなくてね」と敦志。

「訳わからないもの、あの人。告白はしたの?」

「したよ。もう1年前くらいかな」

 楓は目を少し見開いて敦志を見る。

「意外。一途なのね。いや、あれ? 敦志君って彼女いなかった?」

「いたよ。この1年の間に3人」

「……ああ。そうですか」

「うん」

 敦志と楓は顔を見合わせて笑った。


 するとバーテンダーが楓にカクテルを持ってきて、トン、とカウンターに置いた。それからカウンターの上を滑らせてカクテルグラスを楓に差し出す。


 楓はグラスを掴んで、くるっと小さく回してから言った。

「告白した時、優里さんはなんて?」

「私が大学を卒業するまで、私じゃない女の子を愛してあげて。それでもまだ好きでいてくれたら、その時は気持ちを受け入れるってさ」

 楓はため息をついた。

「何それ」

「お子ちゃまさん、もうちょっと頑張ってきてね、ってことじゃないかな」

「あの人はずっとそんな感じなのね。で、敦志君はその言葉を真に受けていろんな子と付き合ってるの?」

「うん」

「優里さんも優里さんなら、敦志君も敦志君だ」

「そうだね」

「それで今は、特に彼女がいないと」

「探してはいるんだけれどね」


 楓はカウンターの下にある右手をすっ、と敦志の太腿に寄せた。

「私と付き合う?」


 上手い。楓さんはここぞというタイミングを掴んでいる。あの奥手で面倒な春雄と簡単に付き合えた理由はこれか。実際、俺は楓さんの手のひらの上で、今見事に踊らされている。


 敦志はふっ、と笑みをこぼして言った。

「よろしく」

「こちらこそ」


 敦志と楓はグラスを合わせて、キン、という小さな音を響かせた。
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