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第27章(春雄)知らせ
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春雄と楓は山手線に揺られていた。
窓の外では黒と様々な光が混ざり合って夜ならぬ夜が演出されている。
車内では紺のスーツを着た中年男性が、奇抜なピンクに染まった若い女の子が、オフィスカジュアルを身にまとった30代くらいの女性が、細身のジーンズを履いた茶髪青年が、それぞれのスマートフォンを熱心に操作していた。
吊革をぐっと握りしめながら、楓は春雄を見つめて言った。
「国立科学博物館が1番楽しかったなあ。恐竜って本当に生きていたんだね」
「そうだね。架空の生き物じゃない。わかっていたつもりだったけれど、わかっていなかった」
「いつか、人間も架空の生き物みたいになるのかな」
「かもしれない。それどころか、俺なんて3年後にはもう架空の存在みたいなものだよ」
「私が生きる限り、春雄君は死なないよ」
「なるほど。楓さんの中で生きられるのなら、架空も悪くないな」
「だから、架空じゃないって」
楓がふくれるのを見て、はは、と春雄は笑った。
今日は良いデートだった。楓さんも楽しんでくれたようだ。こんな生活を送っていれば生きることへの欲望が生まれてきそうなものだけれど、どうしてかそこは変わらない。
それは不幸中の幸いなのだろう。
死にたくない、消えたくない、そう思うようになれば幸せな時間は地獄になる。楽しければ楽しいほど、嬉しいことがあればあるほど、未来に希望を持てば持つほど、それを失うという恐怖が大きくなるのは簡単に想像できるから。
俺は確かに、葵のことが好きだ。だから楓さんと付き合っていても、心の底では幸せではないのかもしれない。
しかし俺にとって、楓さんが大切な人になっていることもまた事実なのだ。 俺の楓さんへの思いは、友達に対する情ではない。少なくとも、限りなく恋愛感情に近いものだと思う。
そしてその楓さんもまた、俺を大切にしてくれている。ならばそれは幸せと言ってもおかしなことではない。
では何故。どうして俺の心は潤わないのか。どうしてこんなにも乾いたままなのか。何かが違う。何かがおかしいのだ。
そうして電車が新宿駅に着き、春雄と楓は電車を降りた。私鉄への乗り換えの為に、人でごった返したホームを歩いていく。楓は春雄の裾をぐっと掴んでいた。
すると春雄のポケットの中で、スマートフォンが震え始めた。
なんだ。この振動パターンは電話だ。となれば敦志か。一応見てみるか。
春雄はポケットからスマートフォンを取り出してその画面を見る。
敦志ではなかった。
知らない番号だ。携帯電話から誰かがかけてきている。間違い電話だろうか。念の為出てみるか。
春雄は楓に許可を得ることなく、騒がしい駅の中で電話を受けた。
「もしもし」
『ああ。春雄君かい?』
「どなたでしょうか」
『医者の石田だ。覚えているかな』
石田。ああ、あの時の。大学で俺に余命3年だと診断したあの壮年の医師。
「はい、覚えています。どうして俺の番号を知っているのかわかりませんが」
『細かい話は後で頼む。とにかく、なるべく早く都内にある専門医療センターに来てくれ。とても大事な話だ。そうだな、5日以内には』
「わかりました。3日後に伺います。場所は調べます」
『助かるよ。5階の電磁波関連治療のフロアだ。受付で俺の名前を言えばいい。俺はほぼ24時間ここにいるから、好きな時に来てくれて構わない』
「はい。では切りますね」
『すまないね』
そして何故か石田の方から電話が切れた。
どうも昔から騒がしい場所で電話をするのは苦手だ。聞き取りづらいし、何か別の次元空間で話をしているかのような錯覚をする。ふわふわとして気分が悪いのだ。
楓はぽかんと口を少し開けて春雄を見ていたが、やがて正気に戻ったように裾をぐいぐいと引っ張った。
「誰と電話してたの?」
「診断所にいた医師からだったよ。なんか大事な話があるんだって」
「ふうん」
それ以上楓は何も質問しなかった。
楓さんは納得しているようには見えない。しかしこれ以外にどう説明したらいいのかもわからない。なにしろ他にわかることが何も無いのだ。
大事な話とはなんだろう。まあ間違いなく電磁波に関連したことだろうが。石田の声のトーンというか、話ぶりから考えるにあまり良い事ではなさそうだ。
「春雄君。今日は私の部屋においで」
「珍しいね。いつも俺の部屋なのに」
「たまにはいいんじゃない?」
「そうだね」
良いのか悪いのか、楓さんは俺の性癖を理解してきたようだ。自分の生活空間よりも彼女の部屋の方が確かにいいかもしれない。
そうして春雄と楓は人混みに紛れていった。
窓の外では黒と様々な光が混ざり合って夜ならぬ夜が演出されている。
車内では紺のスーツを着た中年男性が、奇抜なピンクに染まった若い女の子が、オフィスカジュアルを身にまとった30代くらいの女性が、細身のジーンズを履いた茶髪青年が、それぞれのスマートフォンを熱心に操作していた。
吊革をぐっと握りしめながら、楓は春雄を見つめて言った。
「国立科学博物館が1番楽しかったなあ。恐竜って本当に生きていたんだね」
「そうだね。架空の生き物じゃない。わかっていたつもりだったけれど、わかっていなかった」
「いつか、人間も架空の生き物みたいになるのかな」
「かもしれない。それどころか、俺なんて3年後にはもう架空の存在みたいなものだよ」
「私が生きる限り、春雄君は死なないよ」
「なるほど。楓さんの中で生きられるのなら、架空も悪くないな」
「だから、架空じゃないって」
楓がふくれるのを見て、はは、と春雄は笑った。
今日は良いデートだった。楓さんも楽しんでくれたようだ。こんな生活を送っていれば生きることへの欲望が生まれてきそうなものだけれど、どうしてかそこは変わらない。
それは不幸中の幸いなのだろう。
死にたくない、消えたくない、そう思うようになれば幸せな時間は地獄になる。楽しければ楽しいほど、嬉しいことがあればあるほど、未来に希望を持てば持つほど、それを失うという恐怖が大きくなるのは簡単に想像できるから。
俺は確かに、葵のことが好きだ。だから楓さんと付き合っていても、心の底では幸せではないのかもしれない。
しかし俺にとって、楓さんが大切な人になっていることもまた事実なのだ。 俺の楓さんへの思いは、友達に対する情ではない。少なくとも、限りなく恋愛感情に近いものだと思う。
そしてその楓さんもまた、俺を大切にしてくれている。ならばそれは幸せと言ってもおかしなことではない。
では何故。どうして俺の心は潤わないのか。どうしてこんなにも乾いたままなのか。何かが違う。何かがおかしいのだ。
そうして電車が新宿駅に着き、春雄と楓は電車を降りた。私鉄への乗り換えの為に、人でごった返したホームを歩いていく。楓は春雄の裾をぐっと掴んでいた。
すると春雄のポケットの中で、スマートフォンが震え始めた。
なんだ。この振動パターンは電話だ。となれば敦志か。一応見てみるか。
春雄はポケットからスマートフォンを取り出してその画面を見る。
敦志ではなかった。
知らない番号だ。携帯電話から誰かがかけてきている。間違い電話だろうか。念の為出てみるか。
春雄は楓に許可を得ることなく、騒がしい駅の中で電話を受けた。
「もしもし」
『ああ。春雄君かい?』
「どなたでしょうか」
『医者の石田だ。覚えているかな』
石田。ああ、あの時の。大学で俺に余命3年だと診断したあの壮年の医師。
「はい、覚えています。どうして俺の番号を知っているのかわかりませんが」
『細かい話は後で頼む。とにかく、なるべく早く都内にある専門医療センターに来てくれ。とても大事な話だ。そうだな、5日以内には』
「わかりました。3日後に伺います。場所は調べます」
『助かるよ。5階の電磁波関連治療のフロアだ。受付で俺の名前を言えばいい。俺はほぼ24時間ここにいるから、好きな時に来てくれて構わない』
「はい。では切りますね」
『すまないね』
そして何故か石田の方から電話が切れた。
どうも昔から騒がしい場所で電話をするのは苦手だ。聞き取りづらいし、何か別の次元空間で話をしているかのような錯覚をする。ふわふわとして気分が悪いのだ。
楓はぽかんと口を少し開けて春雄を見ていたが、やがて正気に戻ったように裾をぐいぐいと引っ張った。
「誰と電話してたの?」
「診断所にいた医師からだったよ。なんか大事な話があるんだって」
「ふうん」
それ以上楓は何も質問しなかった。
楓さんは納得しているようには見えない。しかしこれ以外にどう説明したらいいのかもわからない。なにしろ他にわかることが何も無いのだ。
大事な話とはなんだろう。まあ間違いなく電磁波に関連したことだろうが。石田の声のトーンというか、話ぶりから考えるにあまり良い事ではなさそうだ。
「春雄君。今日は私の部屋においで」
「珍しいね。いつも俺の部屋なのに」
「たまにはいいんじゃない?」
「そうだね」
良いのか悪いのか、楓さんは俺の性癖を理解してきたようだ。自分の生活空間よりも彼女の部屋の方が確かにいいかもしれない。
そうして春雄と楓は人混みに紛れていった。
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