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第16章(楓)直感
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『親不孝よ、そんなの。でもね、楓の人生は楓のものでしょう。自分らしくいるのよ』
昨日の夜、お母さんはそう言った。それなら私はどうしたらいいの。
空を見上げると、昨日と変わらずのご機嫌ななめな曇り空が広がっていた。
楓は大学に着くと、学食棟へと向かった。
この昼休みの時間帯に学食棟に行けば、きっと誰かに会える。
今朝起きた時、家を出る気力などなかった。けれども誰か友達に会えないと、私は気がおかしくなってしまうかもしれないと思った。
なんとか着替えて、最低限のメイク。昨日の診断結果をフラッシュバックさせながら、家を出てきた。
誰か、お願い。私を助けて。電磁波なんて嘘だと言って。
そうして楓が学食棟に向かって歩いている時、キャンパス内の中庭をゆっくりと歩く葵を見つけた。
「葵。おはよう。ううん、もうこんにちはだね」
楓は葵に駆け寄って声をかけた。
葵は楓に気付き、楓の顔を見つめる。葵は無表情で、そこからは何も読み取れない。それから少し間を空けて、葵が答えた。
「こんにちは」
こんなにも愛想のない葵だけれど、別に悪気があるわけじゃない。葵だって、私のことを友達だと思ってくれている。葵がそう言ったわけじゃないけれど、私にだってそれくらいはわかる。
「葵は診断受けたの? 結果はどうだった?」
「受けてないよ」
「そっか。私はね、あと7年しか生きられないんだって。そんなの信じられない。あり得ない」
楓はそう言って笑った。
信じられない、わけじゃない。昨日の夜、国のお偉いさんが開いた会見の映像をテレビニュースで見た。小難しいことばかりで正直よくわからなかった。それでも、この現実が真実だと私に理解させるくらいの説得力はあった。
楓は続けた。
「そういえばもうお昼は食べた?」
「唐揚げ定食を、食べようかな」
そう葵は答えた。
楓と葵は小さなテーブル席に座った。普段と比べると学食棟の中にいる学生の数は少ない。お昼時なのに、ぽつりぽつりと席が埋まっている程度だった。
楓は唐揚げをのんびりと食べる葵の顔を見た。
綺麗なアーモンド型の目だな。ぱっちりとした二重で、まつ毛が見事にスッとしたカーブ。鼻筋も通っていて、まさに美人だ。それなのにどことなく幼くて、可愛らしい雰囲気もあって。
葵は私とは違う。私はこの子に勝てないんだ。ただなんとなく女子の可愛さを持っているだけの私とは格が違う。悔しい。どうして葵はこんなに綺麗なのかな。
きっと葵は秋山君に興味を持たないだろう。だから私の秋山君への気持ちが無駄になってしまうとは限らない。
けれど、何故かわかってしまう。この子に惹かれる秋山君が私を好きになってくれることはないだろう。理屈はわからない。それでも葵を見ているとそう思えてしまう。
私はこうやって負けを繰り返しながら、残りの7年を生きていくのだろうか。私を負かしたことなど気付きもしない、私の持っていないものをたくさん持っている女の子達の陰で。
楓は口を開いた。
「葵は診断、受けないの?」
葵は箸を止めて言った。
「好きじゃない男の人と寝て、お金をもらったことがあるの」
「えっ?」
「生きていても、死んでいても、私にはそこに意味なんてないの」
驚いた。
つまり、援助交際の経験がある、ということだろうか。とてもそんなことをするようには思えない。それに、まさか無口な葵がそれ程パーソナルな事を私に話してくれるとは思ってもみなかった。
私は葵を羨んでいる。それは変わらない。いや、羨んでいるなんてそんな綺麗な言葉じゃない。私は葵に対して、嫉妬とも言える、確かにそういうマイナスの感情を抱いている。
けれど私と同じように、葵には葵の想いや悩みがあるんだ。人間なのだからそんなこと当たり前じゃないか。
葵は私を信頼して話してくれた。それなのに私はなんて小さな人間なのだろう。だから私は負け続ける人間なんだ。だから私はだめなんだ。
でも。
でも、でも、でも。
どうして私ばかりが日陰者なの。どうして私だけがいつも惨めなの。
このままあと7年が過ぎて死んでいくなんて、そんなの絶対に嫌だ。どうして。どうして。
例え美人にも悩みがあるとは言ったって、私の悩みとはステージが違う。美人は私の悩みなんて鼻で笑って、私はいつでも格下なのだろう。
別にやりたくなんかないけれど、もし私が援助交際をしたとして、葵と同じだけのお金を貰えるだろうか。きっと貰えない。
私は葵よりも雑に扱われる、それはいつでもどこでも変わらない。世の中、そういうことになっている。
でも。例えそうだとしても。
私は、惨めな私を許せない。
その時ふと、楓は10m程離れた所に春雄と敦志が座っているのを見つけた。
「あ、春雄君だ」
楓は何気なく口にした。
「春雄、くん?」
葵はそう言って、春雄のいる方へと目を向けた。
そのまま葵は春雄を暫く見ていた。春雄と敦志はその視線には気付いていないようだ。
楓は春雄を見続ける葵の横顔に目をやった。
前から不思議に思っていたことがある。葵は基本的に他人に興味を持っていない。おそらく葵の友達と呼べるのは私くらいのものだろう。
そんな葵だけれど、春雄君にはやたら興味を持っているように見える。同じ高校出身だからだろうか。
いや、まさか、もしかして。
思い返してみれば葵は、春雄君の話になるとどこか雰囲気が変わる。
いや、ほとんど変わりはなくて、表情も言葉も普段通りではあるけれど、それでもどことなく暖かさが葵の声に宿る。
葵は表情の変化や口数が少ないからこそよくわからないことが多いけれど、優里さんのようなミステリアスさとは明らかにその質が違う。
もし葵がよく話し、喜怒哀楽を表情に出すようになったとしたら、葵はかなりわかりやすい人になるだろう。
ああ、そういうことか。
私の女の勘とやらは今までどこに行っていたのだろう。おかえりなさい。
そっか、春雄君ね。垢抜けない男だけれど、まあ悪くはないかな。
昨日の夜、お母さんはそう言った。それなら私はどうしたらいいの。
空を見上げると、昨日と変わらずのご機嫌ななめな曇り空が広がっていた。
楓は大学に着くと、学食棟へと向かった。
この昼休みの時間帯に学食棟に行けば、きっと誰かに会える。
今朝起きた時、家を出る気力などなかった。けれども誰か友達に会えないと、私は気がおかしくなってしまうかもしれないと思った。
なんとか着替えて、最低限のメイク。昨日の診断結果をフラッシュバックさせながら、家を出てきた。
誰か、お願い。私を助けて。電磁波なんて嘘だと言って。
そうして楓が学食棟に向かって歩いている時、キャンパス内の中庭をゆっくりと歩く葵を見つけた。
「葵。おはよう。ううん、もうこんにちはだね」
楓は葵に駆け寄って声をかけた。
葵は楓に気付き、楓の顔を見つめる。葵は無表情で、そこからは何も読み取れない。それから少し間を空けて、葵が答えた。
「こんにちは」
こんなにも愛想のない葵だけれど、別に悪気があるわけじゃない。葵だって、私のことを友達だと思ってくれている。葵がそう言ったわけじゃないけれど、私にだってそれくらいはわかる。
「葵は診断受けたの? 結果はどうだった?」
「受けてないよ」
「そっか。私はね、あと7年しか生きられないんだって。そんなの信じられない。あり得ない」
楓はそう言って笑った。
信じられない、わけじゃない。昨日の夜、国のお偉いさんが開いた会見の映像をテレビニュースで見た。小難しいことばかりで正直よくわからなかった。それでも、この現実が真実だと私に理解させるくらいの説得力はあった。
楓は続けた。
「そういえばもうお昼は食べた?」
「唐揚げ定食を、食べようかな」
そう葵は答えた。
楓と葵は小さなテーブル席に座った。普段と比べると学食棟の中にいる学生の数は少ない。お昼時なのに、ぽつりぽつりと席が埋まっている程度だった。
楓は唐揚げをのんびりと食べる葵の顔を見た。
綺麗なアーモンド型の目だな。ぱっちりとした二重で、まつ毛が見事にスッとしたカーブ。鼻筋も通っていて、まさに美人だ。それなのにどことなく幼くて、可愛らしい雰囲気もあって。
葵は私とは違う。私はこの子に勝てないんだ。ただなんとなく女子の可愛さを持っているだけの私とは格が違う。悔しい。どうして葵はこんなに綺麗なのかな。
きっと葵は秋山君に興味を持たないだろう。だから私の秋山君への気持ちが無駄になってしまうとは限らない。
けれど、何故かわかってしまう。この子に惹かれる秋山君が私を好きになってくれることはないだろう。理屈はわからない。それでも葵を見ているとそう思えてしまう。
私はこうやって負けを繰り返しながら、残りの7年を生きていくのだろうか。私を負かしたことなど気付きもしない、私の持っていないものをたくさん持っている女の子達の陰で。
楓は口を開いた。
「葵は診断、受けないの?」
葵は箸を止めて言った。
「好きじゃない男の人と寝て、お金をもらったことがあるの」
「えっ?」
「生きていても、死んでいても、私にはそこに意味なんてないの」
驚いた。
つまり、援助交際の経験がある、ということだろうか。とてもそんなことをするようには思えない。それに、まさか無口な葵がそれ程パーソナルな事を私に話してくれるとは思ってもみなかった。
私は葵を羨んでいる。それは変わらない。いや、羨んでいるなんてそんな綺麗な言葉じゃない。私は葵に対して、嫉妬とも言える、確かにそういうマイナスの感情を抱いている。
けれど私と同じように、葵には葵の想いや悩みがあるんだ。人間なのだからそんなこと当たり前じゃないか。
葵は私を信頼して話してくれた。それなのに私はなんて小さな人間なのだろう。だから私は負け続ける人間なんだ。だから私はだめなんだ。
でも。
でも、でも、でも。
どうして私ばかりが日陰者なの。どうして私だけがいつも惨めなの。
このままあと7年が過ぎて死んでいくなんて、そんなの絶対に嫌だ。どうして。どうして。
例え美人にも悩みがあるとは言ったって、私の悩みとはステージが違う。美人は私の悩みなんて鼻で笑って、私はいつでも格下なのだろう。
別にやりたくなんかないけれど、もし私が援助交際をしたとして、葵と同じだけのお金を貰えるだろうか。きっと貰えない。
私は葵よりも雑に扱われる、それはいつでもどこでも変わらない。世の中、そういうことになっている。
でも。例えそうだとしても。
私は、惨めな私を許せない。
その時ふと、楓は10m程離れた所に春雄と敦志が座っているのを見つけた。
「あ、春雄君だ」
楓は何気なく口にした。
「春雄、くん?」
葵はそう言って、春雄のいる方へと目を向けた。
そのまま葵は春雄を暫く見ていた。春雄と敦志はその視線には気付いていないようだ。
楓は春雄を見続ける葵の横顔に目をやった。
前から不思議に思っていたことがある。葵は基本的に他人に興味を持っていない。おそらく葵の友達と呼べるのは私くらいのものだろう。
そんな葵だけれど、春雄君にはやたら興味を持っているように見える。同じ高校出身だからだろうか。
いや、まさか、もしかして。
思い返してみれば葵は、春雄君の話になるとどこか雰囲気が変わる。
いや、ほとんど変わりはなくて、表情も言葉も普段通りではあるけれど、それでもどことなく暖かさが葵の声に宿る。
葵は表情の変化や口数が少ないからこそよくわからないことが多いけれど、優里さんのようなミステリアスさとは明らかにその質が違う。
もし葵がよく話し、喜怒哀楽を表情に出すようになったとしたら、葵はかなりわかりやすい人になるだろう。
ああ、そういうことか。
私の女の勘とやらは今までどこに行っていたのだろう。おかえりなさい。
そっか、春雄君ね。垢抜けない男だけれど、まあ悪くはないかな。
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