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第22章(紗里)夢と嵐
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「夢を見たんだ」と彰は言った。
紗里は彰の部屋で漫画を読んでいた。よくあるバトルものの少年漫画の6巻だった。そして彰は机の上にあるパソコンと向き合い、課題のレポートと戦っていた。それぞれの活動のために、しばらくの間2人の会話は無かったのだが、彰は突然口を開いたのだ。
紗里はそれを聞いて、寝転がっていた彰のベッドから起き上がる。漫画を閉じてベッドのすぐ横にある本棚に戻した。
「どんな夢?」と紗里。
「初恋の人と会う夢。夢だからぼんやりとしていたけれど、夢の中の俺は高校生だった」彰はパソコンに向かったまま、紗里に背を向けたままそう答えた。
「相手の子も高校生?」
「そう。結構前に話したと思うけれど、背の低い女の子」
初恋の人。やはりそれは、心のどこかには残っているもの。私だってそうなのだ。もちろん今の私は彰君のことだけが好きだけれど、私の中から幸成君の存在が消え去ることはない。だから仕方がない。仕方がないことなのに。
私はこの話を聞きたくない。
でも、知ってしまった以上、聞かないわけにもいかない。気になってしまう。
「それで、何か話でもしたの?」と紗里は言った。
「いや、ただ会って、それで何も言わずに……って他人の夢の話になんて興味ないよね。ごめん」
「興味ないわけないでしょう。初恋の人が夢に出てきただなんて。それに、私と彰君は他人なの?」
「……ごめん」
「それで?」
「放課後の廊下だったと思う。高校の。その子は反対側から歩いてきて、俺とすれ違った。俺はその子を見て、その子も俺を見た。でも何も話さなかった。それで終わり」
「ふぅん。どうしてその話を、彼女である私にしたのかな?彰君のことを好きな私は、彰君が初恋の人を夢に見たと知って、どう思うかな?」
「いい気分にはならない」
「ならどうして」
「朝、目が覚めてからようやく、俺は紗里のことを思い出した。夢の中の俺はどうやらその子のことが好きだった。実際には、高校の時は他の女の子と付き合っていたのだけれど。とにかく、その朝俺は罪悪感のようなものを感じたんだ」
「なるほど。浮気したような気分になって嫌だったと。その罪悪感を消すために私に話したのね」
「……その通りだ。色々とごめん」
ふう、と紗里は息をついた。
ならば再び確認しなくてはいけないことがある。まあ、確認するまでもないことだけれど。
「彰君は今、その初恋の人のことをどう思う?」
彰はノートパソコンをぱたん、と閉じた。それから回転する椅子をくるりと回して、紗里と向かい合った。
「嫌いではないと思う。ただし、俺が好きなのは紗里だよ」
「……そう。うん、それでいいよ。話してくれてありがとう」
「すまない」
「いいんだよ。私も大人になる。さっきまでは少し嫌な気分だったけれど、今はもう大丈夫。本当に」
「紗里は俺が初めての彼氏だって、前に言っていたよね。でも……」
「あるよ、初恋。やっぱり私も小学生の時だった。そしてその次に好きになった人は彰君。私はそれだけだよ」
「今、その人のことをどう思う?」
「顔も思い出せないんだ。だから大丈夫。でもね、彰君の気持ちもわからなくはない」
「そういうものだよね」
「そう。それはそれ、今は今なの。だからノーサイドにしましょう」
彰は笑った。
「これは試合だったんだね」
「戦いだよ。女の戦い!」
そして紗里は再びベッドへと寝転んだ。そしてぼんやりと天井を見上げる。
夢か。そういえば私、もう随分と長く夢を見ていないな。夢をよく見るタイプだと思っていたのに、かれこれもう1年以上は夢を見ていない気がする。
どこかで聞いたけれど、人は夢を見てもそのほとんどを忘れてしまうらしい。もしかすると私も、夢を見ているのに忘れているだけなのかもしれない。
もし私が夢を見ているのなら、どんな夢を見ているのだろう。覚えていないだけで、私の夢にも幸成君が出てきているかもしれない。
その瞬間、紗里の胸の奥で何かがざわめいた。そして紗里は突然、感情の嵐に襲われた。寂しさ、切なさ、暖かさ。全く現実とリンクしていない感情の唐突な嵐に、紗里は顔をしかめた。
何だろう。またこれだ。時々現れる、私の突発的な発作のようなもの。これは何かの病気なのだろうか。かといってたまに変な感情に襲われるだけで、生活に支障はない。そんな病気なんて聞いたことがないけれど。
紗里は嵐がおさまるのをじっと耐え、やがてそれが静まるとスマートフォンを取り出して時間を見た。22時だった。
紗里はベッドから起き上がって、コートを着る。小さなショルダーバッグを肩にかけ、玄関へと向かった。彰もそんな紗里を見て、椅子から立ち上がる。
「帰るかい?」と彰。
「ええ。また明日」
「ところで、紗里」
紗里は靴を履こうとしていたところだったが、振り向いて。
「ん?」
「キスをしよう」
紗里は動きを止めた。
ついに来た。この時が。
「……えっ、と、確かに、私達は付き合ってから大分経つけれど……。いや、うん。そうだね、いいよ」
彰はゆっくりと紗里へと近寄る。紗里は俯いたまま玄関に立ちつくしていた。彰が紗里の目の前に立つと。
「顔を上げて?」
紗里は顔を上げて、彰を見上げる。彰の表情は穏やかだった。
ああ、なんだ。大丈夫だ。今目の前にいるのは、私の好きな彰君なのだから。
紗里は彰と唇を重ねる。それは短いキスだった。それでも紗里は、体が暖かくなっていくのを感じた。
キスをした後、紗里と彰はしばらく黙っていたが。
「……また明日ね。今日は送らなくていいから」と紗里が口を開いた。
「うん、また明日」と彰。
紗里は靴を履いて、玄関を開けるのだった。
紗里は彰の部屋で漫画を読んでいた。よくあるバトルものの少年漫画の6巻だった。そして彰は机の上にあるパソコンと向き合い、課題のレポートと戦っていた。それぞれの活動のために、しばらくの間2人の会話は無かったのだが、彰は突然口を開いたのだ。
紗里はそれを聞いて、寝転がっていた彰のベッドから起き上がる。漫画を閉じてベッドのすぐ横にある本棚に戻した。
「どんな夢?」と紗里。
「初恋の人と会う夢。夢だからぼんやりとしていたけれど、夢の中の俺は高校生だった」彰はパソコンに向かったまま、紗里に背を向けたままそう答えた。
「相手の子も高校生?」
「そう。結構前に話したと思うけれど、背の低い女の子」
初恋の人。やはりそれは、心のどこかには残っているもの。私だってそうなのだ。もちろん今の私は彰君のことだけが好きだけれど、私の中から幸成君の存在が消え去ることはない。だから仕方がない。仕方がないことなのに。
私はこの話を聞きたくない。
でも、知ってしまった以上、聞かないわけにもいかない。気になってしまう。
「それで、何か話でもしたの?」と紗里は言った。
「いや、ただ会って、それで何も言わずに……って他人の夢の話になんて興味ないよね。ごめん」
「興味ないわけないでしょう。初恋の人が夢に出てきただなんて。それに、私と彰君は他人なの?」
「……ごめん」
「それで?」
「放課後の廊下だったと思う。高校の。その子は反対側から歩いてきて、俺とすれ違った。俺はその子を見て、その子も俺を見た。でも何も話さなかった。それで終わり」
「ふぅん。どうしてその話を、彼女である私にしたのかな?彰君のことを好きな私は、彰君が初恋の人を夢に見たと知って、どう思うかな?」
「いい気分にはならない」
「ならどうして」
「朝、目が覚めてからようやく、俺は紗里のことを思い出した。夢の中の俺はどうやらその子のことが好きだった。実際には、高校の時は他の女の子と付き合っていたのだけれど。とにかく、その朝俺は罪悪感のようなものを感じたんだ」
「なるほど。浮気したような気分になって嫌だったと。その罪悪感を消すために私に話したのね」
「……その通りだ。色々とごめん」
ふう、と紗里は息をついた。
ならば再び確認しなくてはいけないことがある。まあ、確認するまでもないことだけれど。
「彰君は今、その初恋の人のことをどう思う?」
彰はノートパソコンをぱたん、と閉じた。それから回転する椅子をくるりと回して、紗里と向かい合った。
「嫌いではないと思う。ただし、俺が好きなのは紗里だよ」
「……そう。うん、それでいいよ。話してくれてありがとう」
「すまない」
「いいんだよ。私も大人になる。さっきまでは少し嫌な気分だったけれど、今はもう大丈夫。本当に」
「紗里は俺が初めての彼氏だって、前に言っていたよね。でも……」
「あるよ、初恋。やっぱり私も小学生の時だった。そしてその次に好きになった人は彰君。私はそれだけだよ」
「今、その人のことをどう思う?」
「顔も思い出せないんだ。だから大丈夫。でもね、彰君の気持ちもわからなくはない」
「そういうものだよね」
「そう。それはそれ、今は今なの。だからノーサイドにしましょう」
彰は笑った。
「これは試合だったんだね」
「戦いだよ。女の戦い!」
そして紗里は再びベッドへと寝転んだ。そしてぼんやりと天井を見上げる。
夢か。そういえば私、もう随分と長く夢を見ていないな。夢をよく見るタイプだと思っていたのに、かれこれもう1年以上は夢を見ていない気がする。
どこかで聞いたけれど、人は夢を見てもそのほとんどを忘れてしまうらしい。もしかすると私も、夢を見ているのに忘れているだけなのかもしれない。
もし私が夢を見ているのなら、どんな夢を見ているのだろう。覚えていないだけで、私の夢にも幸成君が出てきているかもしれない。
その瞬間、紗里の胸の奥で何かがざわめいた。そして紗里は突然、感情の嵐に襲われた。寂しさ、切なさ、暖かさ。全く現実とリンクしていない感情の唐突な嵐に、紗里は顔をしかめた。
何だろう。またこれだ。時々現れる、私の突発的な発作のようなもの。これは何かの病気なのだろうか。かといってたまに変な感情に襲われるだけで、生活に支障はない。そんな病気なんて聞いたことがないけれど。
紗里は嵐がおさまるのをじっと耐え、やがてそれが静まるとスマートフォンを取り出して時間を見た。22時だった。
紗里はベッドから起き上がって、コートを着る。小さなショルダーバッグを肩にかけ、玄関へと向かった。彰もそんな紗里を見て、椅子から立ち上がる。
「帰るかい?」と彰。
「ええ。また明日」
「ところで、紗里」
紗里は靴を履こうとしていたところだったが、振り向いて。
「ん?」
「キスをしよう」
紗里は動きを止めた。
ついに来た。この時が。
「……えっ、と、確かに、私達は付き合ってから大分経つけれど……。いや、うん。そうだね、いいよ」
彰はゆっくりと紗里へと近寄る。紗里は俯いたまま玄関に立ちつくしていた。彰が紗里の目の前に立つと。
「顔を上げて?」
紗里は顔を上げて、彰を見上げる。彰の表情は穏やかだった。
ああ、なんだ。大丈夫だ。今目の前にいるのは、私の好きな彰君なのだから。
紗里は彰と唇を重ねる。それは短いキスだった。それでも紗里は、体が暖かくなっていくのを感じた。
キスをした後、紗里と彰はしばらく黙っていたが。
「……また明日ね。今日は送らなくていいから」と紗里が口を開いた。
「うん、また明日」と彰。
紗里は靴を履いて、玄関を開けるのだった。
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