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第16章(紗里)幸成君のおかげで
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結構涼しくなってきたな。そういえば最近、蝉の鳴き声を聞かなくなってきたような気がする。今週で夏休みも終わりだものね。そうしたらもう10月か。
紗里は弘樹が一人暮らしをしている部屋から外に出たところであった。22時を過ぎていて、外は当然のように暗い。部屋の中にはまだ弘樹と加奈、そして彰が残っていた。4人で弘樹の部屋に集まっていたが、家までそれなりに距離のある紗里は先に帰ることにしたのだった。
紗里は弘樹の部屋を背にして、夜空を見上げる。星が瞬いていた。地上の光が夜空を照らしても、そんなものには負けまいと星は輝きを増しているようであった。
最後に幸成君と会った日。私は小学5年生で、やっぱり幸成君も小学5年生だった夜の公園。確か私は滑り台に座っていて、幸成君はそんな私を見つけた。あの時もこんな夜空だったな。幸成君の顔もまともに覚えていないのに、星のことは覚えているなんて。
そうして紗里が夜道を歩き出そうとすると、後ろから彰の声がした。
「紗里。俺も帰ることにした」
「そう。私は駅に行くけれど、彰君はこっちじゃないでしょう」
「駅まで送るよ」
「どうも」
紗里が歩き出すと、彰は紗里の隣を歩いた。紗里は彰をちらと見やる。彰の端正な横顔がそこにはあった。紗里はその横顔を見たことを悟られないよう、すぐに視線を正面に戻した。
「今日は楽しかったな」と彰は言った。
「そうだね。あの4人で集まったのは、なんだかんだ初めてだったし」と紗里。
「紗里は来てくれないんじゃないかと思ってたよ」
「どうして?」
「なんとなく」
「ふぅん」
その後、しばらくの沈黙が流れた。会話もなく、ただ黙々と歩く。しかし紗里は特にそれを気にしてはいなかった。
なんだか落ち着く。気を使わなくていい。彰君もきっとそう思っているはずだ。こんな寂しい夜道でも、彰君が隣を歩いてくれている。それが私を安心させてくれる。
そうして紗里は歩きながら、自分の右手を見た。
あの時、幸成君が握った私の右手。幸成君は透明人間だった私に色をつけてくれた。私に勇気を教えてくれた。はさみを振り回したのは、そしてはさみを投げたのは、決して褒められたことじゃない。そんなことは当たり前だ。でも、人間ではなかった私達に、他に何ができただろう。幸成君は自分の力で道を切り開き、さらに私をも助けてくれた。
「ねえ、彰君の初恋っていつ?」紗里は質問した。
「初恋? 小学生の時かな」
「その人の顔、覚えてる?」
「覚えてるよ。中学も高校も一緒だったから」
それって、もしかして。
「前に話してた幼馴染の女の子? 両親がいなくて、身長が低かったっていう」
「そう。高校生になっても低かったよ。ああ、でも当時の顔をちゃんと覚えているか、っていうことであれば、少し自信がないかもしれない」
「そりゃそうだよね。もう何年も前のことだもの。それで、その子とは何かあったりしたの?」
「いいや、何もなかった。小学生だったし、好きだから付き合うとかそういう考えがなかったからね」
「その後は?」
「もしかしたら前も言ったかもしれないけれど、中学でも高校でも、その子とは話すことすらなかった。不思議と一度もクラスが同じにならなかったのもあるかな。俺は彼女がいた時もあったし、その子も俺に話しかけることはなかった」
「今、その子のことをどう思う?」
彰は少し考えてから。
「わからない」と言った。
「わからないっていうその感覚、よくわかるよ」
「そう?」
「うん。私もそうだから」
彰君は正直に答えてくれたのだと思う。彰君はきっとこう考えたのだろう。そんな昔のこと、どうでもいい。でももしかしたら、俺の心のどこかで特別な人なのかもしれない。その可能性は排除できない。だから、わからない。と。
もちろんそれは私の勝手な想像だ。彰君の考えていることは彰君にしかわからない。それでもやっぱり、彰君は信頼できる人だと思える。そして私は、彰君のことを悪くは思っていない。
いや、むしろ私は彰君のことを……。
「間違いなく言えるのは、俺は今、紗里のことが好きってことだ」彰は紗里を見て言った。
しかし紗里は彰の顔を見なかった。彰からの視線を感じながら、しかし紗里は夜空を見上げた。星は静かに紗里を見守っている。
幸成君は、今どこで何をしているのかな。どんな人になったのかな。私はようやく、恋愛を始めました。幸成君のおかげで、今の私はある。
彰君は私を真っ直ぐに想ってくれている。彰君の言葉に嘘偽りはない。きっと彰君は私を信頼してくれているし、私も彰君を信頼している。それなら。
私も、進まないとな。茨の道を進む彰君の方へ。
「……いいよ」と紗里は呟いた。
「ん?」
「彰君の彼女に、なってもいいよ」
「え?」
「もう言わない」
紗里は自分の耳が赤くなっていくのを感じた。鼓動が爆発している。困惑して立ち止まっている彰を置いて、紗里は早歩きで駅の方へと向かった。
「紗里!」紗里の背中に、彰の声がぶつかった。
紗里は立ち止まった。しかし彰の方を振り返ることができずに、無言でただ立ち止まるだけだった。その瞬間、突然周りの音が消えたように紗里は感じた。
「これから、よろしくお願いします!」と彰は言った。
数秒経って、紗里はようやく振り返る。彰は頭を下げていた。紗里はそんな彰を見て、ふふっ、と笑った。
ああ、間違いじゃなかった。私はこの人のことが好きなんだな。
「……よろしく、お願いします」紗里は笑顔でそう言った。
紗里は弘樹が一人暮らしをしている部屋から外に出たところであった。22時を過ぎていて、外は当然のように暗い。部屋の中にはまだ弘樹と加奈、そして彰が残っていた。4人で弘樹の部屋に集まっていたが、家までそれなりに距離のある紗里は先に帰ることにしたのだった。
紗里は弘樹の部屋を背にして、夜空を見上げる。星が瞬いていた。地上の光が夜空を照らしても、そんなものには負けまいと星は輝きを増しているようであった。
最後に幸成君と会った日。私は小学5年生で、やっぱり幸成君も小学5年生だった夜の公園。確か私は滑り台に座っていて、幸成君はそんな私を見つけた。あの時もこんな夜空だったな。幸成君の顔もまともに覚えていないのに、星のことは覚えているなんて。
そうして紗里が夜道を歩き出そうとすると、後ろから彰の声がした。
「紗里。俺も帰ることにした」
「そう。私は駅に行くけれど、彰君はこっちじゃないでしょう」
「駅まで送るよ」
「どうも」
紗里が歩き出すと、彰は紗里の隣を歩いた。紗里は彰をちらと見やる。彰の端正な横顔がそこにはあった。紗里はその横顔を見たことを悟られないよう、すぐに視線を正面に戻した。
「今日は楽しかったな」と彰は言った。
「そうだね。あの4人で集まったのは、なんだかんだ初めてだったし」と紗里。
「紗里は来てくれないんじゃないかと思ってたよ」
「どうして?」
「なんとなく」
「ふぅん」
その後、しばらくの沈黙が流れた。会話もなく、ただ黙々と歩く。しかし紗里は特にそれを気にしてはいなかった。
なんだか落ち着く。気を使わなくていい。彰君もきっとそう思っているはずだ。こんな寂しい夜道でも、彰君が隣を歩いてくれている。それが私を安心させてくれる。
そうして紗里は歩きながら、自分の右手を見た。
あの時、幸成君が握った私の右手。幸成君は透明人間だった私に色をつけてくれた。私に勇気を教えてくれた。はさみを振り回したのは、そしてはさみを投げたのは、決して褒められたことじゃない。そんなことは当たり前だ。でも、人間ではなかった私達に、他に何ができただろう。幸成君は自分の力で道を切り開き、さらに私をも助けてくれた。
「ねえ、彰君の初恋っていつ?」紗里は質問した。
「初恋? 小学生の時かな」
「その人の顔、覚えてる?」
「覚えてるよ。中学も高校も一緒だったから」
それって、もしかして。
「前に話してた幼馴染の女の子? 両親がいなくて、身長が低かったっていう」
「そう。高校生になっても低かったよ。ああ、でも当時の顔をちゃんと覚えているか、っていうことであれば、少し自信がないかもしれない」
「そりゃそうだよね。もう何年も前のことだもの。それで、その子とは何かあったりしたの?」
「いいや、何もなかった。小学生だったし、好きだから付き合うとかそういう考えがなかったからね」
「その後は?」
「もしかしたら前も言ったかもしれないけれど、中学でも高校でも、その子とは話すことすらなかった。不思議と一度もクラスが同じにならなかったのもあるかな。俺は彼女がいた時もあったし、その子も俺に話しかけることはなかった」
「今、その子のことをどう思う?」
彰は少し考えてから。
「わからない」と言った。
「わからないっていうその感覚、よくわかるよ」
「そう?」
「うん。私もそうだから」
彰君は正直に答えてくれたのだと思う。彰君はきっとこう考えたのだろう。そんな昔のこと、どうでもいい。でももしかしたら、俺の心のどこかで特別な人なのかもしれない。その可能性は排除できない。だから、わからない。と。
もちろんそれは私の勝手な想像だ。彰君の考えていることは彰君にしかわからない。それでもやっぱり、彰君は信頼できる人だと思える。そして私は、彰君のことを悪くは思っていない。
いや、むしろ私は彰君のことを……。
「間違いなく言えるのは、俺は今、紗里のことが好きってことだ」彰は紗里を見て言った。
しかし紗里は彰の顔を見なかった。彰からの視線を感じながら、しかし紗里は夜空を見上げた。星は静かに紗里を見守っている。
幸成君は、今どこで何をしているのかな。どんな人になったのかな。私はようやく、恋愛を始めました。幸成君のおかげで、今の私はある。
彰君は私を真っ直ぐに想ってくれている。彰君の言葉に嘘偽りはない。きっと彰君は私を信頼してくれているし、私も彰君を信頼している。それなら。
私も、進まないとな。茨の道を進む彰君の方へ。
「……いいよ」と紗里は呟いた。
「ん?」
「彰君の彼女に、なってもいいよ」
「え?」
「もう言わない」
紗里は自分の耳が赤くなっていくのを感じた。鼓動が爆発している。困惑して立ち止まっている彰を置いて、紗里は早歩きで駅の方へと向かった。
「紗里!」紗里の背中に、彰の声がぶつかった。
紗里は立ち止まった。しかし彰の方を振り返ることができずに、無言でただ立ち止まるだけだった。その瞬間、突然周りの音が消えたように紗里は感じた。
「これから、よろしくお願いします!」と彰は言った。
数秒経って、紗里はようやく振り返る。彰は頭を下げていた。紗里はそんな彰を見て、ふふっ、と笑った。
ああ、間違いじゃなかった。私はこの人のことが好きなんだな。
「……よろしく、お願いします」紗里は笑顔でそう言った。
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