シャチと征く海

長月 史

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プロローグ

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【注意事項】
この作品に以下の要素は含まれ『ません』
お求めの物と違うと感じられた方は、他作品に行かれることをおすすめします。

・ユニーク⚪︎⚪︎や極端なレア⚪︎⚪︎
・チートやバグの活用
・その他明らかにゲームバランスを崩壊させるであろう要素
・異常に高いプレイヤースキル
・異常なリアルラック

全体として、主人公のプレイ内容は他のプレイヤーでも再現可能です。
主人公にしかできない何か、という要素は登場しません。

それでも良いという方は、お付き合いいただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「イヤッッッホーーーイ!!!」
(わーーーい♪)
(やっほーい♪)
(いえーーーい♪)

 上昇。
 浮遊。
 落下。
 着水。



 水中に進入してすぐに、近くで大質量が着水した衝撃。
 生まれた水流に翻弄されかかるが、<水中活動>スキルの効果ですぐに平衡感覚が戻る。
 <水中視界>スキルのおかげで明瞭な視界に、白黒ツートンカラーの巨体が滑り込んでくる。



(つかまってーー♪)

 誘われて、リーシャの身長より大きなその背鰭に手をかける。
 同時に尾鰭が力強く水を打った。
 人間が真似して「ドルフィン・キック」などと呼ぶそれとは桁違いの推力が生まれ、満載の中型トラックに匹敵する大質量を加速させる。

 一気に水面に達した巨体が、そのまま空中へ。
 建物の二階ほどまでに達したその背中を、リーシャは蹴って飛び上がる。

「とおっ!」

 空中でくるくると宙返りした後、腕と体を伸ばして、指先から着水。
 小さな水飛沫と共に、リーシャの体は海中に突入する。
 両手両足で水をかいて水面へ。



 波間に顔を出して大きく呼吸をしたリーシャの背中を、誰かが突く。
 振り返ると、滑らかな流線型の口先でリーシャに触れる友達がいた。

 アイパッチと呼ばれる白い模様の前端にある目と、視線が合う。

(たのしいねー♪)
「ねー」

 送られてきた思念に答え、手を伸ばす。
 リーシャの相棒、シャチのヒカルがその手にすり寄ってきた。

 ヒカルの体格は、現実の地球で確認されている最大級の個体と同等だろう。
 体長は九メートル前後といったところ。
 体重は測る方法が無いが、現実の個体例から推測して十トン近いのではないだろうか。

 周りにはヒカルの群れの仲間たち。
 その数、実に二十頭。
 数が多すぎて、全員をシステム的に<テイム>できているわけではない。
 ヒカル以外で<テイム>しているのは、リーダーのメス「ラン」と、サブリーダーのメス「ヒメ」だけだ。
 だが、ヒカルたちを通じて意思疎通が可能な彼らは、みんなリーシャの大事な仲間だ。



「おねーちゃーん、ご飯できたよー!!」
「はーい!」

 妹のサーシャの声が聞こえ、リーシャは返事を返した。
 のんびりとそちらへ泳いで行く。

 その先には、一隻の船が浮かんでいた。
 いわゆる双胴船と呼ばれるタイプで、中央デッキには小さなコンテナハウスのような居住スペースが載っている。

 甲板に上がると、美味しそうな匂いが鼻に届いた。
 居住スペースの調理場で、エプロンをかけたサーシャが料理をよそっている。



(船、引っ張っとくね)
「ありがとー」

 ランの言葉と共に、海に垂らしてあった曳航ロープがピンと張り、船が進み始める。
 この船、「レプンカムイ」号は一応帆も張れるようになっているが、メインの動力は彼らによる曳航だ。
 二つの胴それぞれの舳先にロープが取り付けられており、それぞれがY字に二股に分かれ、先端同士を繋ぐ横棒が取り付けてある。
 これを一頭ずつのシャチが咥えて泳ぎ、牽引するのだ。

 別に扱き使っているわけではない。
 彼らにとっては遊びの一種らしく、先を争うように交代で曳いてくれるのだ。
 おかげで、風の向きや強さに影響されず、長期間の航海が可能となっている。
 最初に見た時、サーシャが「シル⚪︎ラじゃないんだから!」と言って笑っていたが、どういう意味だろうか。



 ともあれ、ご飯だ。
 サーシャの料理は、現実でも、このVR空間でもかなりの物だ。

「今日はアクアパッツァにしてみたよ」
「美味しそー!」

 その声が聞こえたのか、部屋の隅に置かれた壺の蓋が、内側から開いた。
 中からにょろりと、吸盤の並んだ触手が伸び、体を外へと引っ張り上げてくる。
 マダコのカイトだ。
 吸盤の並びからして、オスのはずだ。
 彼もリーシャがテイムした友達で、こうして一緒に旅をしている。

 リーシャの足元に辿り着いたカイトは、そのすらりとした脚から細身の胴体へとするすると登り、肩口に頭を乗せる。
 ペットが飼い主にじゃれつくような行動なのだが、体のラインが浮き出る黒いウェットスーツを着た若い女性が相手だと、多少の問題があった。

 想像していただきたい。
 左肩に乗ったタコ。
 その触腕のうち三本が左腕に巻きつき、一本は右肩を回って右腕へ。
 二本は右の脇を抱くようにして腹部に回り、二本は左の胸元から脚へと張り付いている。

 何と言うか……葛飾北斎が喜びそうな絵面だった。
 と言うか、喜んでいる者がリーシャの目の前にいた。

「サーシャ、目が怖いよ?」
「あ、あはは、ごめーん」

 頬を紅潮させ、息を荒くしながら凝視していたサーシャが、目を逸らす。
 いい子なんだけど時々こういうことがあるんだよね、とリーシャは呑気に思いながら、手を合わせて「いただきます」。
 箸を取って食べ始める。
 カイトもリーシャの腕を伝ってテーブルに移動すると、触手のうち二本を器用に合わせた後、彼のために用意された生きたままの貝やエビを食べ始める。
 気を取り直したサーシャも続く。



 二人と一匹の団欒を見守るように穏やかな潮風が吹き抜ける。
 天気は快晴。
 風は帆船が航海するには弱めかもしれないが、彼らには関係無い。
 むしろ波が穏やかな分、ありがたいくらいだった。







 ここはVRゲーム『Another Earth Online』の中に再現された地球。
 その日本近海の太平洋上だ。

 敢えて現代の地球と同じ地形データを使用していながら、この世界には現生生物だけではなく、古生物やファンタジー生物も住んでいる。
 そして、プレイヤーを含む人間は、魔法やスキルを使用して、それらと渡り合うことができる。

 様々なプレイヤーが、様々な楽しみ方を見出している。
 恐竜と剣一本で戦おうとする者。
 エルフや獣人と交流しようとする者。
 魔法や錬金術を使用したクラフトに挑む者。
 仲間たちと共にダンジョンに挑む者。



 そして、『シャチと一緒に泳ぎたい!』という、ただその一心で飛び込んだ者もいる。

 これは、そんな彼女が、図らずも『海』を切り拓いて行く物語。


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