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本編
第3話 卒業式の続き
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庭園を出たオリヴィアは、王宮の門の方向へとアルバートと共に歩いていた。
自分の内心が奇妙に落ち着いていることに、困惑がある。
婚約破棄を告げられた瞬間には、大きな衝撃を感じていたはずだ。
物心ついてすぐに交わされた婚約。
それから十年以上、王妃になるために生きてきたと言っても過言ではない。
それを否定された。
自分の過去と現在と未来の全てを否定されたのだ。
そのことを理解したとき、大地が崩れ去るような衝撃を感じていた。
そのはずだ。
だが、その衝撃が過ぎ去るよりも早く、とんでもなく過激な反応が別のところから起こってしまったので、呆気に取られているうちに過ぎ去ってしまったような気がする。
アルバートなら、「油田火災の爆風消火みたいなものか」と思ったかもしれない。
もう、そんなことはすでに過去のことのように感じてしまっていた。
自分の手の先。
少し前を歩く青年貴族を見上げる。
正装の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体は、王都に住まう宮廷貴族のそれではない。
王国内でも特に厳しい環境にある領地で生き抜く、戦士のそれだ。
「オリヴィア様!」
背後から声。
オリヴィアは振り向く。
急ぎ足でソフィアが追いついて来るところだった。
「オリヴィア様、大丈夫ですか?」
理知的な黒い瞳が、心配そうにオリヴィアを見つめている。
特別に深い付き合いのある相手ではないが、同期卒業であり在学年数も同じ五年。
顔を合わせる機会も、言葉を交わす機会も少なくなかった間柄である。
いつも通りに、表情を微笑みの形に整える。
いつも通りに振る舞うことに、何の困難も無かった。
「ええ。
衝撃が強すぎて、現実感が薄いだけかもしれませんが……」
話していると、次々と多くの貴族たちが追いついてきた。
これは、会場にいた人数の半数近いのではないだろうか。
式はどうなったのだろう、とオリヴィアが考えていると、一際体格の良い壮年の男が進み出る。
ノーマン辺境伯ギルバート。
隣には側室のマリアが控えめに寄り添っている。
ギルバートは辺境伯であるノーマン家の当主である。
ノーマン家において、当主は太陽神ニルスのようであるべし、とされているらしい。
ニルスは妹である月の女神セルナと共に、天の神々の軍勢を率いる指揮官だ。
ニルスは己の圧倒的な力で闇を打ち払い、大地の万物を明るく照らし、温もりを与える。
そのような人物でなければ、ノーマン領を治めることはできない、と。
ノーマン領はアルスター王国最北端の領地だ。
アルスターどころか、近隣のどの国にも、ノーマン領ほど北にある領地は無い。
その地の寒さは厳しく、麦が育つかどうかは毎年賭けであるという。
そのような土地だけに、人々は半農半牧のような暮らしを営んでいるらしい。
元々はもっと東の方からやってきた遊牧民の末裔で、それがアルスターの民と接触して農耕を覚え、ルガリア川の北岸の大平原に定住したということのようだ。
だから、昔からのアルスターの民と比べて、ノーマンの民は貴族も含めて顔立ちが違う。
もちろん、気質も違う。
過酷な土地で何としてでも生き抜くという逞しさ。
その根底の上に、能力主義、実用主義の風潮が根付いている。
役に立つのであれば、何であろうと、誰であろうと使う。
そして逆もまた然り。
王都の流行である華美な衣服や調度品は、ノーマン貴族にはどうにも抵抗感のある物のようだ。
貴族にとっての見栄を張ることの重要性は理解しているから、仕方なく付き合っている、という印象だ。
そんなノーマン領では、統治者たる辺境伯に求められる理想も高い。
誰よりも強く、優しく、
領地の隅々にまで目を届かせ、不正を許さず、領内の万物を遍く照らし出す。
頭上を振り仰いだ平民が、この方の庇護下にいれば安心して暮らせると思える人物。
付き従う貴族たちが、この方の旗の下であれば死んでも惜しくないと思える人物。
太陽神ニルスのように。
それがノーマン辺境伯に求められる人物像だ。
故に、ノーマン辺境伯家の相続は長子相続ではない。
子供達の中で最も優れた者が選ばれるのだ。
実際に、現当主であるギルバートは三男だ。
そのことに対して、二人の兄は一切異を唱えていない。
対するソフィアは、学校では月の女神セルナのようだと噂されていた。
それはその艶のある美しい黒髪が夜闇を連想させたからでもあるだろう。
だが、それは理由のほんの一部でしかない。
セルナは、女神でありながら軍神である。
圧倒的な力を持つ太陽神ニルスが明朗快活、豪放磊落な武勇の将であるとするならば、セルナは個の力では劣るが故に、星々の神々を率い、衆の力を束ねて戦う頭脳明晰、冷静沈着な叡智の将だ。
セルナの指揮に、星々の神々は一片の乱れも無く付き従う。
宮廷学校でソフィアの率いるノーマン貴族の派閥は、まさにそのような印象だった。
一糸の乱れも無い統率。
だが、盲目的に上位者に従うのではなく、誰もが上位者の意図を理解し、その意図を最大限に達成するために進んで従う。
そんなソフィアの派閥は、理路整然とした弁論術もあり、討論会では無類の強さを誇ったものだ。
そんなギルバートとソフィアの二人を先頭にノーマン貴族の集団が揃っているのは、ただいるだけで迫力があった。
何しろノーマン貴族の成人男性は、一人の例外も無く、自ら実戦に身を投じる筋骨隆々とした戦士なのだ。
学生たちですら、未成年ながら帰省期間中に実戦を経験している者は少なくない。
「アルバート、何やら面倒なことになったな」
「全くもって面倒なことです」
王家を真っ向から敵に回すような行為を行ったにも関わらず、ギルバートはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。
対するアルバートにも焦りや怯えの色は無い。
「で、この後はどうする?」
「たとえ王家といえど、このような侮辱には報復しなければなりません。
ただ、武力を用いるわけにはいかないでしょう」
言葉を切ったアルバートは、集団の中に姿の見える卒業生たちを見やり、考える。
そして何かを思いついたのか、にやりと笑った。
「そうですね。
ここにいる面々で勝手に式の続きをしてしまうと言うのはどうでしょう」
「……ふむ。良いな。
ならば会場はウチが提供しよう」
アルスター王国内は平和になったが、それは大規模な戦争が無いという話だ。
ちょっとしたことで、殺し合いくらいはすぐに起こるような荒っぽい時代である。
舐められたら終わりなのは貴族もチンピラも変わらない。
やられたらやり返すのは義務とすら言える。
そうしなければ、家族も家臣も領民も守れないのだ。
とは言え、今回のことで武力行使までするのはやり過ぎだ。
だが、意趣返しくらいはしなければならない。
アルバートのその提案は、ギルバートにも納得のいく物だったのだろう。
ギルバートは自身の従者に声をかけ、伝令に走らせた。
アルバートがオリヴィアに向き直る。
「すっかり巻き込んでしまっておりますが、よろしかったでしょうか?」
「構いませんわ。
わたくしに何か落ち度があったにせよ、婚約を解消するのであれば順序や手続きというものがございます。
このような強引な行いは王家の横暴。
王宮の秩序を預かる当家としても、強い抗議をしなければなりません。
場を整えていただけるのであれば、当家も乗らせていただきます」
「感謝します。
それでは、貴家の派閥の方々にお声がけいただけますか?
この場の皆で、揃ってノーマン辺境伯邸へ移動する、と」
「承知いたしました」
オリヴィアはアルバートの腕から手を離し、優雅に一礼をした。
王宮から移動してきた各家の馬車が、順々にその主をノーマン辺境伯邸へと運び入れていく。
一斉に、といかないのは王都の道路事情の悪さによるものだ。
王都の、特に貴族の住む第一城壁内の道は曲がりくねっており、幅もそれほど広くはない。
もとはと言えば、今は王家となったヴェスタ家の軍事拠点だった城である。
臣下たる貴族たちの屋敷は、それ自体が城の防衛設備としての役割を持つように作られている。
道が直線でないのも、敵の進軍を妨げるためだ。
それがこういった時には渋滞の原因となる。
区画整理の提案は何度もされているが実現には至らず、未だに城門から王宮まで直線で行ける道は一本も無い。
まして、有力貴族とは言え、王国で最も新参であるノーマン家の邸宅は、王宮からそれなりに離れている。
辺境伯家の家人に案内された客人たちは、その庭園に急遽調えられた会場へと招き入れられた。
演壇は、急造のものとは思えないほど、花に溢れていた。
アルスター王国全域で好まれる雪割りの花だが、厳しい気候による切実さによるものか、ノーマン領では特に尊ばれていると聞く。
この庭園にも、おそらく傘下の貴族の庭園にも多く植えられており、それをかき集めたのではないだろうか。
移動の間に、日はだいぶ傾いていた。
気温も下がり始めており、真昼を想定している現在の服装では少し肌寒くなってきている。
だが、誰の顔にも、それが辛そうな様子は無い。
特に卒業生や在校生の顔は、昂揚感から紅潮しているようだった。
何しろ十代半ばの子供たちだ。
何年も共に過ごした仲間たちと、「みんなで渡る危ない橋」、「みんなでやるちょっと悪いこと」に楽しさを感じても不思議ではない。
むしろ、今回の事件も、彼らにとっては案外良い思い出になるのかもしれない。
人数は半数以下になってしまったが、先ほどまでと同じように整列する。
オリヴィアも、リオンだけが欠けた卒業生の列に並んだ。
在校生や父兄の列は、まだ少し動きがあるようだ。
このことが噂にでもなっているのだろうか。
今からこちらに合流してくる者たちもいるようだ。
途中で列に加わった者の中には宮廷学校の教授もいた。
視界の端には時折、慌ただしげに動く辺境伯家の家人の姿が映る。
この間に、邸宅内では大急ぎで準備を整えているのだろう。
卒業式後の夜会に向けての準備だ。
卒業式後に行われる夜会は、卒業生たちが成人後に初めて参加する夜会となり、新成人の社交界デビューの場ともなる。
ある意味、新成人にとってはこちらが本番と言えるかもしれない。
通常、この夜会は王家の主催で王宮で行われるものだ。
だが、この状況で王家主催の夜会は実施されるのだろうか。
この場に集まった面々を考えて、オリヴィアは思う。
祝われる側の卒業生は、リオン以外の全員がこちらに参加している。
王宮は相当混乱しているとも聞いているし、先ほど父である宰相からも使いが来て、執務が終わり次第こちらに合流するとの連絡もあった。
王宮が実施したとしてもかなり寂しい夜会になってしまうのではないだろうか。
頭を振って、そんな考えを振り払う。
自分はもう、王家の心配をする立場ではないのだ。
壇上に、在校生代表の学生が上がった。
前代未聞の「卒業式の続き」が始まる。
オリヴィアは自分のことに意識を向け直した。
自分の内心が奇妙に落ち着いていることに、困惑がある。
婚約破棄を告げられた瞬間には、大きな衝撃を感じていたはずだ。
物心ついてすぐに交わされた婚約。
それから十年以上、王妃になるために生きてきたと言っても過言ではない。
それを否定された。
自分の過去と現在と未来の全てを否定されたのだ。
そのことを理解したとき、大地が崩れ去るような衝撃を感じていた。
そのはずだ。
だが、その衝撃が過ぎ去るよりも早く、とんでもなく過激な反応が別のところから起こってしまったので、呆気に取られているうちに過ぎ去ってしまったような気がする。
アルバートなら、「油田火災の爆風消火みたいなものか」と思ったかもしれない。
もう、そんなことはすでに過去のことのように感じてしまっていた。
自分の手の先。
少し前を歩く青年貴族を見上げる。
正装の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体は、王都に住まう宮廷貴族のそれではない。
王国内でも特に厳しい環境にある領地で生き抜く、戦士のそれだ。
「オリヴィア様!」
背後から声。
オリヴィアは振り向く。
急ぎ足でソフィアが追いついて来るところだった。
「オリヴィア様、大丈夫ですか?」
理知的な黒い瞳が、心配そうにオリヴィアを見つめている。
特別に深い付き合いのある相手ではないが、同期卒業であり在学年数も同じ五年。
顔を合わせる機会も、言葉を交わす機会も少なくなかった間柄である。
いつも通りに、表情を微笑みの形に整える。
いつも通りに振る舞うことに、何の困難も無かった。
「ええ。
衝撃が強すぎて、現実感が薄いだけかもしれませんが……」
話していると、次々と多くの貴族たちが追いついてきた。
これは、会場にいた人数の半数近いのではないだろうか。
式はどうなったのだろう、とオリヴィアが考えていると、一際体格の良い壮年の男が進み出る。
ノーマン辺境伯ギルバート。
隣には側室のマリアが控えめに寄り添っている。
ギルバートは辺境伯であるノーマン家の当主である。
ノーマン家において、当主は太陽神ニルスのようであるべし、とされているらしい。
ニルスは妹である月の女神セルナと共に、天の神々の軍勢を率いる指揮官だ。
ニルスは己の圧倒的な力で闇を打ち払い、大地の万物を明るく照らし、温もりを与える。
そのような人物でなければ、ノーマン領を治めることはできない、と。
ノーマン領はアルスター王国最北端の領地だ。
アルスターどころか、近隣のどの国にも、ノーマン領ほど北にある領地は無い。
その地の寒さは厳しく、麦が育つかどうかは毎年賭けであるという。
そのような土地だけに、人々は半農半牧のような暮らしを営んでいるらしい。
元々はもっと東の方からやってきた遊牧民の末裔で、それがアルスターの民と接触して農耕を覚え、ルガリア川の北岸の大平原に定住したということのようだ。
だから、昔からのアルスターの民と比べて、ノーマンの民は貴族も含めて顔立ちが違う。
もちろん、気質も違う。
過酷な土地で何としてでも生き抜くという逞しさ。
その根底の上に、能力主義、実用主義の風潮が根付いている。
役に立つのであれば、何であろうと、誰であろうと使う。
そして逆もまた然り。
王都の流行である華美な衣服や調度品は、ノーマン貴族にはどうにも抵抗感のある物のようだ。
貴族にとっての見栄を張ることの重要性は理解しているから、仕方なく付き合っている、という印象だ。
そんなノーマン領では、統治者たる辺境伯に求められる理想も高い。
誰よりも強く、優しく、
領地の隅々にまで目を届かせ、不正を許さず、領内の万物を遍く照らし出す。
頭上を振り仰いだ平民が、この方の庇護下にいれば安心して暮らせると思える人物。
付き従う貴族たちが、この方の旗の下であれば死んでも惜しくないと思える人物。
太陽神ニルスのように。
それがノーマン辺境伯に求められる人物像だ。
故に、ノーマン辺境伯家の相続は長子相続ではない。
子供達の中で最も優れた者が選ばれるのだ。
実際に、現当主であるギルバートは三男だ。
そのことに対して、二人の兄は一切異を唱えていない。
対するソフィアは、学校では月の女神セルナのようだと噂されていた。
それはその艶のある美しい黒髪が夜闇を連想させたからでもあるだろう。
だが、それは理由のほんの一部でしかない。
セルナは、女神でありながら軍神である。
圧倒的な力を持つ太陽神ニルスが明朗快活、豪放磊落な武勇の将であるとするならば、セルナは個の力では劣るが故に、星々の神々を率い、衆の力を束ねて戦う頭脳明晰、冷静沈着な叡智の将だ。
セルナの指揮に、星々の神々は一片の乱れも無く付き従う。
宮廷学校でソフィアの率いるノーマン貴族の派閥は、まさにそのような印象だった。
一糸の乱れも無い統率。
だが、盲目的に上位者に従うのではなく、誰もが上位者の意図を理解し、その意図を最大限に達成するために進んで従う。
そんなソフィアの派閥は、理路整然とした弁論術もあり、討論会では無類の強さを誇ったものだ。
そんなギルバートとソフィアの二人を先頭にノーマン貴族の集団が揃っているのは、ただいるだけで迫力があった。
何しろノーマン貴族の成人男性は、一人の例外も無く、自ら実戦に身を投じる筋骨隆々とした戦士なのだ。
学生たちですら、未成年ながら帰省期間中に実戦を経験している者は少なくない。
「アルバート、何やら面倒なことになったな」
「全くもって面倒なことです」
王家を真っ向から敵に回すような行為を行ったにも関わらず、ギルバートはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。
対するアルバートにも焦りや怯えの色は無い。
「で、この後はどうする?」
「たとえ王家といえど、このような侮辱には報復しなければなりません。
ただ、武力を用いるわけにはいかないでしょう」
言葉を切ったアルバートは、集団の中に姿の見える卒業生たちを見やり、考える。
そして何かを思いついたのか、にやりと笑った。
「そうですね。
ここにいる面々で勝手に式の続きをしてしまうと言うのはどうでしょう」
「……ふむ。良いな。
ならば会場はウチが提供しよう」
アルスター王国内は平和になったが、それは大規模な戦争が無いという話だ。
ちょっとしたことで、殺し合いくらいはすぐに起こるような荒っぽい時代である。
舐められたら終わりなのは貴族もチンピラも変わらない。
やられたらやり返すのは義務とすら言える。
そうしなければ、家族も家臣も領民も守れないのだ。
とは言え、今回のことで武力行使までするのはやり過ぎだ。
だが、意趣返しくらいはしなければならない。
アルバートのその提案は、ギルバートにも納得のいく物だったのだろう。
ギルバートは自身の従者に声をかけ、伝令に走らせた。
アルバートがオリヴィアに向き直る。
「すっかり巻き込んでしまっておりますが、よろしかったでしょうか?」
「構いませんわ。
わたくしに何か落ち度があったにせよ、婚約を解消するのであれば順序や手続きというものがございます。
このような強引な行いは王家の横暴。
王宮の秩序を預かる当家としても、強い抗議をしなければなりません。
場を整えていただけるのであれば、当家も乗らせていただきます」
「感謝します。
それでは、貴家の派閥の方々にお声がけいただけますか?
この場の皆で、揃ってノーマン辺境伯邸へ移動する、と」
「承知いたしました」
オリヴィアはアルバートの腕から手を離し、優雅に一礼をした。
王宮から移動してきた各家の馬車が、順々にその主をノーマン辺境伯邸へと運び入れていく。
一斉に、といかないのは王都の道路事情の悪さによるものだ。
王都の、特に貴族の住む第一城壁内の道は曲がりくねっており、幅もそれほど広くはない。
もとはと言えば、今は王家となったヴェスタ家の軍事拠点だった城である。
臣下たる貴族たちの屋敷は、それ自体が城の防衛設備としての役割を持つように作られている。
道が直線でないのも、敵の進軍を妨げるためだ。
それがこういった時には渋滞の原因となる。
区画整理の提案は何度もされているが実現には至らず、未だに城門から王宮まで直線で行ける道は一本も無い。
まして、有力貴族とは言え、王国で最も新参であるノーマン家の邸宅は、王宮からそれなりに離れている。
辺境伯家の家人に案内された客人たちは、その庭園に急遽調えられた会場へと招き入れられた。
演壇は、急造のものとは思えないほど、花に溢れていた。
アルスター王国全域で好まれる雪割りの花だが、厳しい気候による切実さによるものか、ノーマン領では特に尊ばれていると聞く。
この庭園にも、おそらく傘下の貴族の庭園にも多く植えられており、それをかき集めたのではないだろうか。
移動の間に、日はだいぶ傾いていた。
気温も下がり始めており、真昼を想定している現在の服装では少し肌寒くなってきている。
だが、誰の顔にも、それが辛そうな様子は無い。
特に卒業生や在校生の顔は、昂揚感から紅潮しているようだった。
何しろ十代半ばの子供たちだ。
何年も共に過ごした仲間たちと、「みんなで渡る危ない橋」、「みんなでやるちょっと悪いこと」に楽しさを感じても不思議ではない。
むしろ、今回の事件も、彼らにとっては案外良い思い出になるのかもしれない。
人数は半数以下になってしまったが、先ほどまでと同じように整列する。
オリヴィアも、リオンだけが欠けた卒業生の列に並んだ。
在校生や父兄の列は、まだ少し動きがあるようだ。
このことが噂にでもなっているのだろうか。
今からこちらに合流してくる者たちもいるようだ。
途中で列に加わった者の中には宮廷学校の教授もいた。
視界の端には時折、慌ただしげに動く辺境伯家の家人の姿が映る。
この間に、邸宅内では大急ぎで準備を整えているのだろう。
卒業式後の夜会に向けての準備だ。
卒業式後に行われる夜会は、卒業生たちが成人後に初めて参加する夜会となり、新成人の社交界デビューの場ともなる。
ある意味、新成人にとってはこちらが本番と言えるかもしれない。
通常、この夜会は王家の主催で王宮で行われるものだ。
だが、この状況で王家主催の夜会は実施されるのだろうか。
この場に集まった面々を考えて、オリヴィアは思う。
祝われる側の卒業生は、リオン以外の全員がこちらに参加している。
王宮は相当混乱しているとも聞いているし、先ほど父である宰相からも使いが来て、執務が終わり次第こちらに合流するとの連絡もあった。
王宮が実施したとしてもかなり寂しい夜会になってしまうのではないだろうか。
頭を振って、そんな考えを振り払う。
自分はもう、王家の心配をする立場ではないのだ。
壇上に、在校生代表の学生が上がった。
前代未聞の「卒業式の続き」が始まる。
オリヴィアは自分のことに意識を向け直した。
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