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【第四章「吉原の死闘」】

四十八 清らかな月

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※ ※ ※

 江戸は吉原。
 今宵も艶やかな花魁が客をもてなす。

 吉原襲撃から五日が経ち、さまざまな雑務を終えた梅次郎は志信屋へ登楼していた。

「梅さん、祝杯でありんすよ」
「おう。ありがてぇ」
「だめでありんすー!」

 玉糸から梅次郎に渡された杯は、横から玉雛にかっさらわれた。

「ちょ、なにをしやがる」
「梅さんはわっちたちが危ないときに助けにきてくれなかったじゃないでありんすか~。花魁が防いでくれなかったら、わちきたちは斬られてたでありんすよー!」

 玉雛は腕を組んでプンプンと怒る。

「それはすまねぇ。だが、玉糸は只者じゃねぇと思ってたからな。いざとなったら自分の身は自分で守れるんじゃねぇかとは思ってたぜ」

 しかし、玉糸は唇を尖らせる。

「アレ、憎いでありんすねぇ。それでも助けに来てもらったほうが女としては嬉しいものでありんすよ?」
「すまねぇ。ちっと忙しかったんだよ。忍者がふたりをどうにか倒したと思ったら辻斬り野郎まで襲いかかってきやがったからな。色男は辛ぇぜ」
「ホホホホホ、やっぱり梅さんは男に人気がありなんすねぇ。いっそ梅さんを主役にした衆道ものでも書いたら面白そうでありんす」
「ちょ、やめてくれ! 冗談にもならねぇ!」

 やっぱりいつの時代も婦女子は衆道ものが大好きだった。
 そこへ三味線を持った音八が入ってくる。

「オヤ、梅の字。お楽しみのところ悪いねぇ」
「音八。腕の調子はもう大丈夫なのか?」
「アイ、おかげさまで。今日から三味線稼業も再開さ。でも、まだ辰巳に戻るまでに腕を慣らしておかないといけないからねぇ。しばらく志信屋さんで使ってもらうことになったのさ。元の鞘の抱え芸者さね」

 そう言いながら、音八は梅次郎の横にピタっと寄り添った。

「お、おい、なんで俺にくっつきやがる」
「ふふふ、ようやく辻斬り事件が落ち着いたんだし、ちょっと恋の戦いもいいんじゃないか?」
「アレ、音八さんはわちきと梅さんを取りあいしなんすか?」

 玉糸は目を細めて笑うが……口はキュッと引き結ばれている。

「そのつもりさね。今回の件でやっぱりわたしには梅の字が必要だって思ったから」
「それはわちきもでありんす。梅さんの働きで吉原は救われたでありんすから。ほんにわちきにとって大事な人でありんす」

 玉糸も梅次郎の横へ座り直し、袖を摘まんだ。

「おいおい、どういう風の吹き回しでぇ」
「どうもこうもないさ。芸者たるもの、いい男は捕まえておかないとねぇ」
「それは花魁も同じでありんすよ。いい男は逃がさないのが廓の掟でありんす」

 ふたりは袖どころか腕を掴んで、引っ張りあう。

「いてててて! おいおいおい、俺が真っ二つになっちまうじゃあねぇか!」
「まったくこんな男のどこがいいのかわっちにはわからないでありんすね~。ほら、この宴が終わったら、またこき使ってやるから覚悟するでありんすよー!」

 玉雛は腕を組んで梅次郎を見下ろしていた。

「ふふふ、しっかり働いて稼ぎなよ梅の字」
「ホホホ、剣客も楽な稼業ではないでありんすねぇ」
「ったく、やっぱり女にゃあ敵わねぇ。どんな剣客と戦うよりも大変だぜ!」

 賑やかな笑いとともに吉原の夜は更けていく。

 江戸の鬼門にあたるこの地で、これからも町人剣客と花魁と芸者と暴れん坊旗本は町の平和を守り続けることだろう。

 清らかな月が、不夜城を静かに照らしていた――。

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