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【第四章「吉原の死闘」】

四十七 剣と戯作~江戸っ子の矜持~

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「いくぞ、おらぁ!」
「死ねぇい! この世を乱す戯作者の子が!」

 裂帛の気合いとともに、全力の斬りあいをする。
 ぶつかりあう正宗と村正は火花を散らし、鉄の焦げる匂いがした。

「らああああああ!」

 鍛えあげた剣の腕は、このときのためにある。
 そう確信しながら、梅次郎は正宗を振るい続ける。

「ぬうううううう!」

 英之進は恨みと嘆きと苦しみの混じった唸り声をあげて、力任せに村正を振り回す。

 互いに死力を尽くした剣戟は、容易に勝敗を決しさせてくれない。
 ただ、かすり傷は確実に増えていく。

(強ぇなぁ! こんちくしょう! なんでこの剣の腕をほかのことに使えなかった!)

 刀をかわしあい、情が通じる。
 暗い感情が積み重なり、こちらの心まで重くなっていくかのようだ。

(闇に呑みこまれてたまるか! 俺には仲間がいるんだ!)

 梅次郎は剣を通して、多くの人に出会えた。

 幼い頃に居合を教えてくれた師匠、剣術のなんたるかを叩きこみ江戸市中隠密見回りの役目を任せてくれた勝小吉、そして、江戸を守るために力を貸してくれる玉糸と音八。

 みんな、前を向いていた。
 それぞれ決して恵まれた境遇とはいえないが、軽口を叩きつつ現実を生きていた。
 
 それが江戸人の生き方だ。
 笑いあいながら、苦しみに向かっていく強さがある。

「おめぇには江戸っ子としての矜持がねぇのか!」

 梅次郎は渾身の力で正宗を振るう。

「ぬううっ!?」

 梅次郎が放った大上段の一撃は、村正を弾き飛ばした。

「おのれぇっ!」

 英之進は懐に手を伸ばして、黒い玉を取り出した。

「かくなる上はおぬしごと道連れにしてくれる!」

 英之進は黒い玉を叩きつけようとしたが――。

「――させないよっ!」

 音八の声とともに小太刀が英之進の腕に刺さる。

「ぐああっ!?」

 英之進は苦鳴をあげて、黒い玉を取り落とした。
 衝撃が足らなかったのか、黒い玉から煙は噴き出さずコロコロと転がっていく。

「これで、おしめぇだ! 神妙にお縄につきな!」

 梅次郎は油断なく正宗を構えつつ、英之進に降参を促した。

「おのれ……! おのれぇ! おのれぇええーーー!」

 現実を受け入れられない英之進は、なおも梅次郎に襲いかかってくる。

「この馬鹿野郎が!」

 梅次郎は即座に反応して踏みこみ、英之進の後背部に峰打ちを見舞った。

「おごっ……!?」

 そのまま英之進は地面に叩きつけられ、昏倒する。

「……ったく、往生際の悪ぃ野郎だ。その執念を別のことに使やぁよかったんだよ」

 虚しさが去来した。
 剣術の稽古で勝てば嬉しいが、真剣勝負に喜びはない。

「音八、助かったぜ。この変な玉、どうせろくなもんが入ってねぇだろ」
「アイ、困ったときはお互い様さ。この玉は、毒の煙でも出るんだろうね。こんなものを持っているってことは忍者と組んでたんだねぇ」

 音八はヒョイッと黒い玉を拾って、縫い目を確認する。

「ああ、さっき忍者を倒したからな。これで全員返り討ちにできたか」
「途中で見たけどさ、勝様とお弟子さんたちが浪人者たちをボコボコにしていたよ。つくづく運の悪い奴らだったねぇ」
「悪いことをする奴ぁ運も悪くなるってことだな。よりによって勝様と道場連中が来てるときに攻めてくるたぁな」
「運を引き寄せたのは梅の字さ。ずっと吉原のことを警戒してただろ?」
「まあな。夜鷹、辰巳芸者と来たら、次は吉原の花魁だと思ったからな」

 そう思いあたることができたのも、戯作のおかげだ。

(……親父のまいた種を親父の落とした種の俺が始末するたぁ笑い話にもならねぇ)

 梅次郎は英之進が確実に気絶していることを確認すると、正宗を収めた。
 役人が来たら引き渡すが、死罪は免れないだろう。

「……まあ、自分の好き嫌いを正義と履き違えるのは危ねぇってことだな」
「そうさね。芸者も花魁も、そんな客ばかりが相手さ」
「てぇへんだな」
「大変だよ。ふふ。だから、梅の字みたいな利口な男は、いい男なのさ」
「へっ。おだてたってなんも出ねぇぜ」

 そんな話をしていると幕府の役人たちがドタドタ向こうからやってくる。

「ちっ、お役人様たちはいつも動きが遅ぇや。役人というより役立たず人だな」
「だからこそ、梅の字はご飯が食えるんじゃないか」
「違ぇねぇ。俺ぁ本当にありがてぇ身分だぜ」
 
 軽口を叩いているうちに生きているという実感がわいてきた。

(まぁ、終わりよければすべてよしってな。戯作じゃねぇが、めでたしめでたしだ)

 こうして梅次郎たちの活躍で吉原襲撃計画は完全に防げたのであった――。
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