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【第四章「吉原の死闘」】
三十五 不意の来訪者と花魁道中
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「おっ」
門をくぐって音八がやってきた。
「音八じゃねぇか。どうした、深川のほうでなんか動きがあったのか?」
「梅の字。それがさ、勝様が『俺も吉原に行く!』って聞かなくてねぇ」
「おいおい、勝様が再び吉原にハマっちまったら俺が家族から怒られるぜ!」
「おい、梅。それはいらねぇ心配だぜ。俺には麟太郎ってぇ優秀な跡取りがいるからな。迷惑はかけられねぇよ。安心しろ。深川のほうは祈祷仲間に頼んで見回らせてるぜ。あいつらもあれでいてそれなりの使い手だからな」
音八の後ろからヌッと小吉が現れた。
「か、勝様! しかし」
「なんだい迷惑かえ?」
「い、いえ……」
師匠の横暴の前には、弟子の正論など屁のようなものだ。
(百人力の味方と厄介な巨人が同時に来やがったぜ)
敵の襲撃に警戒しつつ、小吉が遊ばないように気をつけねばならない。
そんなことを思っていると――。
「おっ、花魁道中じゃねぇか」
折がいいのか悪いのか。
どこかの見世から茶屋へ向けて、高下駄を履いた花魁が禿ふたりと若い者、新造、やり手を引き連れて歩いてきた。
外八文字と呼ばれる独特の歩法――外へ向かって円を描いてから戻すようなまどろっこしい歩き方――でゆったりと進んでいく。あるいは優美とも言えるか。
「おお、まさに傾城って感じの美女だな。血が騒ぐぜ。豪遊した若い頃を思い出すってぇもんだ」
「勝様、自重してくださいよ。俺が怒られます」
「梅。おめぇは花魁道中を見てもなんも思わねぇのか? 英雄ってのは色を好むもんだ。色を好まないってこたぁおめぇは英雄じゃねぇってことだ」
もっともらしく言っているが、ただの女好きである。
「まあ、確かに梅の字にはそういう部分が足らないっていうのはあるかもねぇ」
「そうだろ、そうだろ。音八つぁんは、さすがわかってるぜ。こいつに足らねぇのは女だ。ばか正直に剣のことだけやってて剣のことがわかるもんか!」
メチャクチャなことを言っているようだが、これで実際、江戸で無双の剣術使いなのだから困ったところだ。
しかし、ここで禅問答みたいなものにつきあっていたら、小吉の思うとおりになってしまう。そうしているうち見世に登楼しかねない。
「ここは音八に任せた。俺じゃあ勝様を抑えられる自信がねぇ。おまえは勝様が遊ばねぇように抑えてくれ」
「アイ、合点だよ」
「なんだおい、梅。俺ぁ遊びに来たんじゃねぇぞ。師匠をなんだと思ってやがる」
「師匠は師匠だと思ってます!」
小吉は腕だけでなく口も達者だ。
(いや、口が達者だから腕も達者なのかもしれねぇな)
どちらも未熟な梅次郎としては、退散するほかなかった。
門をくぐって音八がやってきた。
「音八じゃねぇか。どうした、深川のほうでなんか動きがあったのか?」
「梅の字。それがさ、勝様が『俺も吉原に行く!』って聞かなくてねぇ」
「おいおい、勝様が再び吉原にハマっちまったら俺が家族から怒られるぜ!」
「おい、梅。それはいらねぇ心配だぜ。俺には麟太郎ってぇ優秀な跡取りがいるからな。迷惑はかけられねぇよ。安心しろ。深川のほうは祈祷仲間に頼んで見回らせてるぜ。あいつらもあれでいてそれなりの使い手だからな」
音八の後ろからヌッと小吉が現れた。
「か、勝様! しかし」
「なんだい迷惑かえ?」
「い、いえ……」
師匠の横暴の前には、弟子の正論など屁のようなものだ。
(百人力の味方と厄介な巨人が同時に来やがったぜ)
敵の襲撃に警戒しつつ、小吉が遊ばないように気をつけねばならない。
そんなことを思っていると――。
「おっ、花魁道中じゃねぇか」
折がいいのか悪いのか。
どこかの見世から茶屋へ向けて、高下駄を履いた花魁が禿ふたりと若い者、新造、やり手を引き連れて歩いてきた。
外八文字と呼ばれる独特の歩法――外へ向かって円を描いてから戻すようなまどろっこしい歩き方――でゆったりと進んでいく。あるいは優美とも言えるか。
「おお、まさに傾城って感じの美女だな。血が騒ぐぜ。豪遊した若い頃を思い出すってぇもんだ」
「勝様、自重してくださいよ。俺が怒られます」
「梅。おめぇは花魁道中を見てもなんも思わねぇのか? 英雄ってのは色を好むもんだ。色を好まないってこたぁおめぇは英雄じゃねぇってことだ」
もっともらしく言っているが、ただの女好きである。
「まあ、確かに梅の字にはそういう部分が足らないっていうのはあるかもねぇ」
「そうだろ、そうだろ。音八つぁんは、さすがわかってるぜ。こいつに足らねぇのは女だ。ばか正直に剣のことだけやってて剣のことがわかるもんか!」
メチャクチャなことを言っているようだが、これで実際、江戸で無双の剣術使いなのだから困ったところだ。
しかし、ここで禅問答みたいなものにつきあっていたら、小吉の思うとおりになってしまう。そうしているうち見世に登楼しかねない。
「ここは音八に任せた。俺じゃあ勝様を抑えられる自信がねぇ。おまえは勝様が遊ばねぇように抑えてくれ」
「アイ、合点だよ」
「なんだおい、梅。俺ぁ遊びに来たんじゃねぇぞ。師匠をなんだと思ってやがる」
「師匠は師匠だと思ってます!」
小吉は腕だけでなく口も達者だ。
(いや、口が達者だから腕も達者なのかもしれねぇな)
どちらも未熟な梅次郎としては、退散するほかなかった。
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